科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

災害時の命をつなぐ食事のポイント:不要な不安を抱かせないために

児林 聡美

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2024年1月1日、帰省先の夫の実家の富山から東京へ戻ろうとしていたところ、我が家の家族は大地震に遭遇しました。
北陸新幹線は止まってしまったため、夫の実家にもう3日させてもらい、ようやく東京へ戻ってくることができました。幸い、家族や親戚の健康状態や家の被害はありませんでした。
けれども、被害の大きかった地域では、避難所生活を強いられていると聞きます。
食事は、災害時の命を守るときに意識しておかなければならないことのひとつです。

そして災害時に一時的に命を守るための食事と、日常生活を送っているときの健康の維持・増進のための食事を、同じ考え方で提供することはできません。

私はこれまでFOOCOMコラムで、健康の維持・増進のための日常的な食事のガイドラインである「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」の2020年版の内容を、2020年から34回にわたり連載してきました。
食事摂取基準は日常の食事のためのガイドラインであり、記述してある内容を災害時に誤って参照しないようにという留意事項も書かれています。

今回は、災害時の食事の考え方を、食事摂取基準やその他参考資料を引用する形でまとめます。
また、こういった災害時に被災地にいない疫学者や栄養士のみなさんがいかに行動するべきか、体験談を交えながら意見を述べたいと思います。

●災害時の栄養摂取のポイント

災害発生時に最初に確保しておきたいのは水、そしてエネルギー源となる栄養素です。
炭水化物や脂質でできたおにぎりやパンは、衛生的に運搬することもできて便利です。
続いてたんぱく質を含んでいる肉や魚を使った衛生面に配慮した料理が食べられるといいですね。

そして、なるべく1か月以内に、水溶性ビタミンであるビタミンB1やビタミンCがゼロという状態は脱していたいところです(文献2,3)。

被災地に届く食品がおにぎりやパン、そしてカップ麺などばかりで心配、という声があったらしいとも聞きます。

けれども、衛生的に運搬がしやすいこと、そしてカップ麺にはビタミンB1やB2などの水溶性ビタミンが添加しているものがあることなどを考えると、災害発生直後にこれらの食事で命をつなぐことは、特別心配することではありません。

●食事摂取基準から見る災害時の留意点

一方で食事摂取基準(文献1)は、健康の維持・増進のために、日常的に摂取すべき栄養素の量(基準値)を定めているガイドラインです(誰のため?何のため?:これでわかった!食事摂取基準2)。

このような視点で基準値を定めているために、災害時にもその状況を適応しようとすると、大きな問題がないにも関わらず「ある栄養素が足りない!」といった、不要な不安を引き起こすことになります。

特に、ビタミンB1、B2、Cの基準値は、欠乏症を防ぐ量よりもかなり多めの量が基準値として採用されている可能性があることは、各栄養素の回で説明してきました。
今一度ご確認をお願いします。

指標を下回っても慌てないで、ビタミンB1とB2:これでわかった!食事摂取基準18

研究不足の中での指標づくり、パントテン酸、ビオチン、ビタミンC:これでわかった!食事摂取基準21

●被災地にいない栄養士や疫学者の役割

さて、このような情報を、被災している人、そしてその人たちを支援している人たちに届ける必要があります。

恩師の佐々木敏先生(東京大学名誉教授)は東日本大震災のときだったか、「被災地にいない栄養士や疫学者は、冷静に情報を伝えるのが仕事だ」というようなことをおっしゃっていました。
そのような教育を受けた私たち研究室出身者は声をかけあって、今回の地震発生後、SNSを活用した情報発信を始めました。

発信した内容は、今回のコラムで紹介しているような、災害時に優先して摂取したい栄養素、そして、すぐに食事が偏ってもすぐに栄養素の欠乏状態が生じることはないことなどです。

そうしているうちに、それらの情報発信のときに参照した文献3の「栄養と料理」2016年4月号「食料支援の順序は?」の回がSNS上で全文公開となりました。

「栄養と料理」2016年4月号「食料支援の順序は?」

この「栄養と料理」の記事には、災害発生直後にまず摂取しておきたいのは水やエネルギー源となる栄養素である炭水化物と脂質、そしてたんぱく質であること、そしてそれまで普通に食事を摂取している人であれば、他の栄養素は1か月くらい食べなくても欠乏症という深刻な状態は避けられることが、研究論文を引用しながら説明されています。

今まさに被災地への物資輸送に関わる人たちにはぜひ知っておいてほしい情報です。
また、平時からすべての人が知っておくといいなとも感じます。

●食料が足りない?

こうして、できることをやってきたつもりでしたが、私の元には被災地に近い地域で生活する知り合いからこんな情報が届きました。

「被災地でレトルト食品などの食料品が足りないなど、食料の不足の声が挙がっている一方で、医療品は必要な物資が届けられている印象がある」というのです。
これはあくまである人の主観であり、これを根拠に議論をするのはよくないと思いますが、災害時の医療品と食料の運搬・供給は体制が異なり、食料品には課題があるのかもしれない、と感じました。

たとえば、医療品は災害時の専門チームが現地で状況を把握して物資を供給することがあるが、食料は行政の連携で行われていて、縦割りにより栄養関連部署の人たちの声が物資供給に伝わりにくいとか、医療品は必要な人に供給すればよい一方で食料は全員に供給する必要があるためにマンパワーが不足しがちなどの課題が考えられました。

こういった状態をどう今後改善するか、今の私にすぐに解決策が提示できるわけでもありませんが、食事や栄養を業務にする人たちと一緒に考えていきたい課題だなと思い、ここでお伝えしておきたいと思います。

そして、今回取り上げた内容が、被災地への食料支援に関わる方に広まり、被災された方が不要な不安を感じないですむように願っています。

参考文献:

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.
  2. Tsuboyama-Kasaoka N, et al. Asia Pac J Clin Nutr 2014; 23: 505-13.
  3. 佐々木敏. 栄養と料理 2016; 82(4): 81-5.

※食情報や栄養疫学に関してヘルスM&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。ぜひご覧ください。

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします