科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

ひじきが教えてくれた「健康的な食べ方」と「食情報への姿勢」

児林 聡美

我が家の長男(5歳)は、年相応に好き嫌いがあり、唐揚げや餃子などのお肉は大好き、でも野菜はちょっと苦手という状態です。
それでも最近、そこそこ野菜も食べるようになってきています。

そんな中、なぜか長男が好きなのが、ひじきの煮物。
特に味に工夫をこらすわけでもなく、一般的なしょうゆ、みりん、砂糖、だし汁で味付けしてあるひじきの煮物です。
先日もひじきの煮物を食卓に出したとたんに、もりもり食べ始め、おかわりしていました。

そんな姿を見て、ふとひじきにまつわる色々なエピソードを思い出しました。

●一本の電話から始まった

私が食品安全委員会事務局に勤めていたとき(2008年;平成20年)のことです。
あるとき、食品安全委員会に設けられている、消費者からの食の質問を受け付ける電話に、ある子育て中のお母さんが、泣きながら電話をかけてきたそうです。

電話を受けとったのはその部署の担当者で、私はその内容を後で聞いたのですが、「ひじきが体によいと思って毎日たくさんのひじきを子どもに食べさせていた。けれども最近、ひじきにはヒ素が含まれていて体に悪いと知った。自分は子どもに大変なことをしてしまったのではないか。子どもの体は大丈夫か。」という内容だったそうです。

●ひじきは食べないほうがよい?

その当時、ひじきにはヒ素が含まれているということは、食品安全の専門知識を持つ人たちの間では知られていることでした。
そしてヒ素には発がんのリスクがあるという理由で、海外では、国民にひじきは食べないようにという勧告を出した国もありました。

それで日本の一部のメディアでは「ひじきを危険」と伝えているものもあったのでしょう。
そのような動きをうけて、厚生労働省は海外の勧告が出された直後に、ひじき中のヒ素をどう考えたらよいかという情報を公開していました

ヒジキ中のヒ素に関するQ&A(厚生労働省)

これが2004年のことです。
電話をくださったお母さんは、こういった動向はあまり知らずに、どこかから得た「ひじきにはヒ素が入っていて危険」という情報で心配になって、電話をかけてこられたのでしょう。

●伝統的な調理法がカギ

この厚労省の公開している情報を読むと、ひじき中にヒ素は含まれているものの、現在日本人が食べているひじきの平均値を毎日食べているくらいでは、危険な量には達しないとあります。

ただ、先ほどのお母さんは「毎日『たくさん』食べさせていた」ということで心配になっていたので、食品安全委員会事務局の担当者は「今の時点で何かの症状が出ていないのであれば特別心配することはない。けれども今後は毎日でなく、たまに食べるくらいにしてはどうか。」と伝えて、そのお母さんに落ち着いてもらったようです。

また、ひじき中のヒ素は、乾燥の状態では多く含まれていますが、通常調理をするときに行う、水で戻す、ゆでる、といった工程の中で、水に溶け出てひじきから除去されていくそうです。
そういった情報が、たとえばこのような形でWebサイト上に公開されていました。

ひじきに含まれるヒ素(東京都保健医療局)

ヒジキに含有されている無機ヒ素について(内閣府食品安全委員会)

日本で伝統的に行われてきた通常の調理工程で、ひじき中のヒ素はかなり減らせそうです。
そういったこともお伝えしたということでした。

●ひじきには鉄がたっぷり?

それにしても、そのお母さんはどうして、ひじきを子どもに毎日たくさん食べさせていたのでしょうか。
ひじきが体によいと思い込んでいたということでしたが、その内容は詳しくはわかりません。

ひとつの想像としては、ひじきには鉄が多く含まれていると耳にすることが多いため、それを聞いて「体によい」と思ってしまったのかもしれません。
ところが、この「ひじきには鉄が多く含まれる」と言われていたことがくつがえった出来事があります。

それは、食品中の栄養素の量を示している「食品成分表」が改定された2015年のこと。
それまでに使われていた、食品成分表2010年版(文献1)では、干しひじきの100 g中に、鉄は55 mg含まれていると公表されていました。

ところが、2015年に改定された新しい食品成分表(七訂)(文献2)では、干しひじきの成分値が2種類掲載されたんです。
干しひじきを作るときには、海からとってきたひじきを一度釜茹でして乾燥させる必要があるそうですが、そのときにステンレス釜を使ったものと、鉄釜を使ったものの2種類が示されました。

その値は、ひじき100 g中の鉄の量は、鉄釜を使うと58.2 mgであったのに対し、ステンレス釜を使った場合には6.2 mgでした。

そして、現在の食品の流通工程を考えたときに、私たちが食べているひじきは、ステンレス釜を使ってゆでている場合が多くありそうです。
ひじきが鉄たっぷりの食品というのは勘違いで、調理工程によってその量は変わる、ということなんですね。

●毎日違う食品を少しずつ

どんな食品でも体に必要な栄養素を色々含んでいますし、場合によっては、まだ気づいていない、体に有害な物質を含んでいる可能性もあります。
ある食べ物が体によいと聞いたからといって、それを毎日大量に食べるということは、もしかしたら有害な物質を摂取していて、健康によくない可能性もあるわけです。

そういったリスクを減らす食べ方としては、単独の食品を大量に、毎日のように食べるよりも、毎日異なる様々な食品を少しずつ食べるほうが理にかなっています。

そして、科学は日々進歩しています。
新しい測定法が開発されたり、新しい研究が実施されたりすれば、これまで健康的と思っていた食事には悪影響があると分かるなど、真実と思っていたものはくつがえされ、今の時点の新しい事実を受け入れなければならなくなるわけです。

科学に基づく情報には、常にそういった柔軟な姿勢が求められます。
ひじきにまつわるいくつかのエピソードは、私にそういった、食事に対する様々な考え方を学ばせてくれました。

という様々なことを思い出していたところで、はっと我に返りました。

長男がひじきを「おかわり!」と言っています。
今日は家で1か月ぶりくらいのひじきの煮物ですから、まあおかわりして大量に食べても、悪影響はないでしょう。

それよりも、普段の野菜少なめの食事で不足している、食物繊維をしっかりとってもらいましょう。
と思いながら、またたっぷりのひじきの煮物をよそって渡したのでした。

参考文献:

  1. 文部科学省. 日本食品標準成分表2010. 2010.
  2. 文部科学省. 日本食品標準成分表2015年版(七訂). 2015.

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執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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