食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。
各論の説明に入り、前回は各論の最初の項目であるエネルギーの指標を紹介しました。
エネルギーは栄養素とは違って摂取量そのものに関する指標はなく、代わりに「適切な体格を維持できるだけのエネルギー量を摂取することが大切」という考え方に基づいて、目標とするBMIの範囲が示されていました(エネルギーなのに体重で管理?:これでわかった!食事摂取基準11)。
とはいえ、給食の献立を考えるような栄養業務の現場では、業務を進めるうえで、だいたいどの程度のエネルギーを摂取すると体格を維持できるのか、といった目安となるエネルギー摂取量の値を知っておきたいところです。
その目安となる値とは、「短期間の間そのときの体重を保つエネルギー量」であり、「エネルギー必要量」と言われています。
食事摂取基準では、エネルギーに関して、BMIの指標とは別に、このエネルギー必要量を参考に示すことになりました。
そこで、研究結果に基づいた、エネルギー必要量の値を知りたいところです。
体重が大きく変化しない場合には、エネルギー消費量とエネルギー摂取量は等しく、そのときのエネルギー量がエネルギー必要量になります。
そういうわけで、エネルギー必要量を知るには、体重が大きく変化しないときの、エネルギー消費量またはエネルギー摂取量のいずれかを測定すればよさそうです。
方法は大きく3つあります。
一番正確に測定するには、体重変化がないときのエネルギー消費量を測定する方法があります。
この方法では、二重標識水という水を対象者に飲んでもらい、その後尿を分析して調べることになります。
けれども、二重標識水は非常に高価で、測定には特殊な機械も必要なため、日本人を対象にした研究の結果はごくわずかしかありません。
そのため、この方法からエネルギー必要量を知ることは難しいと言えます。
そこで2つめの方法として、今度は体重変化がないときのエネルギー摂取量を調べる方法を考えます。
食事摂取量を調べるためには、食事調査を実施することになります。
ところが、食事調査で食事量を正確に調べることは、申告誤差(特に過小申告)と日間変動という2つの大きな問題があることによりほとんど不可能であることを、以前のコラムで説明しました(食事調査法の理解が必須:これでわかった!食事摂取基準8)。
そういうわけで、食事摂取量からエネルギー摂取量を測定してエネルギー必要量を知ることも、不可能であるということになります。
そこで3つめの、推定式を用いた方法を考えてみます。
3つめの方法は、体重変化がないときのエネルギー消費量を、推定式から調べる方法です。
様々な研究結果により、色々な推定式が提案されています。
そのため、どの方法を使うかの判断に迷うところですが、いくつもある推定式の中から、日本人の結果が比較的多く得られている、基礎代謝基準値や身体活動レベルの結果を活用する式を用いることになりました。
基礎代謝基準値というのは、全く活動しない状態でも自然に消費している、体重1 kgあたりのエネルギー量のことです。
日本人を対象にして基礎代謝基準値を調べた研究結果が図1です。
小児の間は年齢とともに減少していき、成人では男女ともに、高齢者を含む多くの年齢で、おおよそ20~25 kcal/kg体重/日の値を示しています。
ここで得られた値と参照体重から、基礎代謝量を計算することができます。
そして、身体活動レベルというのは、活動することで、基礎代謝量の何倍のエネルギー量を消費するのかを示す係数です。
食事摂取基準では、身体活動レベルを「低い」「ふつう」「高い」の3つの区分に分け、それぞれの区分の値を研究結果に基づいて示しています。
このような基礎代謝基準値、参照体重、身体活動レベルを用いて、日常生活を送る日本人のエネルギー消費量を推定することができます。
このエネルギー消費量のことを、推定式で推定したエネルギー必要量ということで、食事摂取基準では「推定エネルギー必要量」と呼んでいます。
ここまでに説明した方法は、「体重変化がないとき」という前提があり、成人ではその方法で推定エネルギー必要量を算出することができます。
ところが、乳児、小児、妊婦の場合、健康を維持するためには体重を適切に増やさなくてはなりませんし、授乳婦の場合は出産後の体重をもとに戻すことと母乳の合成で消費するエネルギーのことを考慮しなくてはなりません。
詳細な説明はここでは省略しますが、たとえば小児では、推定エネルギー必要量を求めるときに、成人と同じ方法で算出したエネルギー消費量に加えて、体重増加に必要な、組織へのエネルギー蓄積量を付加しています。
妊婦や授乳婦も、妊娠前の推定エネルギー必要量に付加するエネルギー量を、細かく計算して示しているのです。
こうして、様々な細かい計算をして求められた推定エネルギー必要量ですが、食事摂取基準の指標としては扱われていません。
あくまで参考にする値ということで、エネルギーの項の「参考表2」という位置づけで示されています(表1)。
生活習慣病の食事指導では、体重当たりの推定エネルギー必要量を用いられることが多いため、成人での値が表1の値を基にして計算されており、おおよそ30~40 kcal/kg体重/日であることも本文中に記述されています。
けれどもエネルギーの指標としては、前回のコラムで説明したように、エネルギー摂取量と消費量のバランスを維持する指標として提示されている、目標とするBMIの範囲を使います。
このBMIの範囲に入っていない場合には、食事の改善点としてエネルギーの不足または過剰があるため、推定エネルギー必要量の値を参考にしつつ、体重管理を行って、BMIを目標の値に近づけていきます。
「エネルギー摂取量を○○kcal/日にする」という目標を立てたとしても、申告誤差や日間変動の問題があることから、エネルギー摂取量を正しく測定することはできず、目標を達成できているかを確かめることはできないのです。
それに、エネルギー必要量には個人差が大きいため、推定エネルギー必要量として示されている量のエネルギーを摂取することが本当にその対象者の体格を適切に維持できるとは言い難いと考えられます。
表1に示したように、推定エネルギー必要量の表にも、エネルギーの過不足は体重変化で管理するようにとの注釈があります。
推定エネルギー必要量を示している表の形式が、他の栄養素の食事摂取基準の指標を示している表の形式と似ていて、つい推定エネルギー必要量が食事摂取基準の指標のひとつであるかのように感じてしまいやすいのですが、これはあくまでも「参考表」で、「エネルギー摂取量は体重で管理する」が基本です。
健康維持のためにエネルギー摂取量を管理しようとする場合、栄養価計算によって献立のエネルギー量を細かく計算して、エネルギー摂取量が多かった、少なかったと気にするよりも、毎日の体重測定を習慣にして、体重が増える傾向にある場合は食べる量を少なめに、減る傾向にある場合は反対に食べる量を多めに、という方法で管理することを、食事摂取基準では勧めています。
参考文献:
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html
※食情報や栄養疫学に関してHERS M&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
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