科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

すべての日本人のために改めて情報を整理する対象特性の章:これでわかった!食事摂取基準28

児林 聡美

エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。

●「人」に注目した2章と3章

前回までで、食事摂取基準中の各論の1章「エネルギー・栄養素」で扱っていた、すべての栄養素の指標を解説しました。

エネルギーは、エネルギー摂取量そのものではなくBMIや体重を活用して管理すること、33種類の栄養素は、栄養素ごとに5つの指標のいずれかが必要に応じて設定されていること、指標の設定が求められているのに研究不足で設定できていない栄養素がいくつかあることなどをお伝えしてきたところです。

食事摂取基準の本来の目的は「健康な日本人の健康の保持・増進、生活習慣病の予防のために参照するエネルギー及び栄養素の摂取量の基準を示す」ことですから(誰のため?何のため?:これでわかった!食事摂取基準2)、1章の内容に、食事摂取基準の役目の大部分は盛り込まれていました。

そして、1章では栄養素ごとに項目が立てられており、それぞれの栄養素に注目して、その摂り方が説明されていたわけです。
1章の本文を読んでみると、18~64歳の成人の場合ではどのように指標を設定したか、という記述が多くなっています。

これは、食事摂取基準の対象である「健康的な日本人」には、その年代が最も多く含まれるということがありますし、研究結果も成人を対象にしたものが多いため、この年代を中心に指標を設定するのが科学的に妥当ということもあります。

けれども、実際に食事摂取基準が対象にしているのは、0歳の乳児から65歳以上の高齢者までのすべての年齢の日本人です。
成長をしている乳児・小児や、その成長を支えている妊婦・授乳婦、そして様々な疾患を抱えやすい高齢者という、18~64歳の成人以外のライフステージにいる人は、場合によっては一般成人とは異なる考え方で栄養素を摂取する必要があります。

また、食事摂取基準が対象にしている「健康的な日本人」の中には、ちょっとした疾患を持つけれども日常生活を送っている人も含んでいます(誰のため?何のため?:これでわかった!食事摂取基準2)。
このような人も、一般成人と同じ栄養素摂取の考え方では、健康の保持・増進が難しいことがあります。

そこで、食事摂取基準の各論は3章立てになっており、次の2章は「対象特性」という見出しで、妊婦・授乳婦、乳児・小児、高齢者にとって特に注意すべき栄養素の摂り方が解説されています。

また、3章は「生活習慣病とエネルギー・栄養素との関連」という見出しで、生活習慣病のリスクが高い人や、すでに疾患を発症していて重症化を予防したい人向けに注意すべき栄養素の摂り方が解説されています。

この各論が3章で構成されていることは、各論の解説の最初である「エネルギーなのに体重で管理?:これでわかった!食事摂取基準11」で簡単に解説しました。
各論の構成がどのようになっているか、再度図1で示しておきます。

図1. 食事摂取基準(2020年版)各論の基本構造


1章が「栄養素」に注目した項立てになっているのに対して、2章と3章は「人」に注目した項立てになっているのです。
それでは、今回は2章の「対象特性」の内容を解説します。

●2章の内容の多くはこれまでの振り返り

2章では、1) 妊婦・授乳婦、2) 乳児・小児、3) 高齢者というライフステージにいる対象者の食事の摂り方が解説されています。
とはいえ、多くの内容は、1章の各栄養素の項ですでに解説がされています。

そのため、2章の内容の多くは、1章の内容の再掲であり、1章の内容で個々の栄養素ごとにばらばらに示されていた情報を、今一度、この3つの対象者に関してまとめて掲載している、という位置づけです。
新しい情報も少しありますが、そこまで多くはありません。

確認し整理するために活用する章になります。

●妊婦・授乳婦には付加量を設定

妊婦に関しては、妊娠期間によって必要な栄養状態が異なるため、妊婦の区分をさらに初期、中期、後期の3区分にして各区分で指標が定められています。
授乳婦の区分は分かれておらず、授乳婦という区分のみです。

1章にはない新たな情報としては、妊娠期間中の体重増加量の解説があります。
とはいっても、食事摂取基準に基準が示されているのではなく、他のガイドラインを紹介する形で、参考値として示されています。
他の栄養素は既に1章で解説してあります。

妊婦と授乳婦の栄養素摂取に関しては、本人の健康維持に加えて、妊婦は胎児の、授乳婦は乳児の、成長と健康維持を含めて考えられています。
そこで、多くの栄養素では、本人の性・年齢区分の場合に必要な栄養素量に加えて、胎児や乳児のために必要な量をさらに摂取するという考え方で指標が定められており、その量は「付加量」として示されています。

各栄養素の推定平均必要量や推奨量の付加量は、胎児の成長に必要とされる栄養素量や、母乳中の含有量から、成人の指標の値を決めるときのように、細かく計算されて定められています。
それぞれどのように計算されているかは、1章の栄養素の項の本文に詳細に説明されていますので、そちらを確認するとよいです。

各栄養素の目標量は、妊婦や授乳婦を対象とした研究は不足しているため、非妊娠・非授乳中女性と同じ値になっています。
けれども、妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病といった疾患も存在し、妊婦専用の目標量を設定するべきなのかは今後の課題です。

●乳児・小児は成長を確認

食事摂取基準では、生後0か月から11か月の乳汁を摂取する期間の児を乳児、1歳から17歳までの体の成長を伴う期間の児を小児としています。
また、乳児のうち0~5か月は乳汁のみの摂取、6~11か月は乳汁が徐々に減り、離乳食の摂取が増える期間としています。
乳児に関して、栄養素の推定平均必要量や推奨量を決めるための研究を実施するのは大変難しいものです。

一方で、乳児が摂取する母乳中の栄養素の内容とその量は、乳児の栄養状態のために望ましいと考えられます。
そのため、0~5か月の乳児に関しては、多くの栄養素で、母乳中の栄養素濃度と健康な乳児の哺乳量から、目安量が定められています。
6~11か月の乳児は母乳からの摂取量のみではなく、離乳食からの摂取量も考慮して、目安量が定められています。

けれども、離乳期の栄養素摂取量を報告した研究結果は少ないため、すべての栄養素でこの月齢の児の摂取量から目安量を定めることはできていません。
そこで、0~5か月や1~2歳の値と参照体重を使って指標が定められていることもあります。

1~17歳の小児に関しては、成人の指標を決めるのと同様に、この年齢が対象の研究結果が活用できれば、その結果を活用して各種指標が定められています。

けれども、小児を対象とした研究は限られており、十分な研究結果が得られなかった栄養素に関しては、成人の値と小児の各性年齢区分の参照体重を用いて、指標が定められています。
乳児と小児の各栄養素の指標の値とその決め方の詳細は、1章の各栄養素の項にすでに説明してあります。

2章で新たに示されている情報としては、エネルギー摂取の考え方です。
成人の場合は目標とするBMIの範囲が示されていますが、乳児および小児のBMIは短期間に大きく変化するため、BMIでエネルギー摂取量の過不足を評価するのが困難です。
そのため、身長と体重を計測し、この値が成長曲線のカーブに沿っているか、成長曲線から大きく外れていないかなど断続的に観察して、エネルギー収支バランスを確認します。

●高齢者のフレイル予防は2020年版のテーマ

65歳以上の高齢者に関しては、2015年版以前は1つの年齢区分しか存在しませんでしたが、2020年版で初めて、65~74歳と75歳以上という2つの年齢区分に分かれました。
75歳以上の後期高齢者になると、たとえば低栄養の問題が大きくなったり、認知症やフレイルの問題が挙がったりして、それまでの年齢とは栄養摂取の課題も変わってくるということが理由にあります。

とはいえ、基本的には高齢者の多くの栄養素の指標では、成人の値の決め方と同じ方法をとっています。

そんな中で、高齢者特有の問題として挙げられるフレイルは、この2020年版で初めてしっかりと取り上げられることになりました。
食事摂取基準2020年版の策定方針には、高齢化の進展を踏まえて、2020年版では高齢者の低栄養予防やフレイル予防も視野に入れて策定を行うこととした、と説明されています。

ここでフレイルとはどういう状態かを改めて確認しておきます。
フレイルとは、老化によって体の機能が低下し、要介護状態になりやすくなっている状態のことを言い、介護予防のために予防したい疾患です。
フレイルの診断にはいくつかの方法がありますが、たとえば体重の減少、疲れやすい、活動量の低下、歩くのが遅くなる、握力が弱くなる、などの項目を測定し、診断することがあります。

フレイルの原因のひとつに、サルコペニアがあります。
サルコペニアとは、加齢に伴う筋力の減少や筋肉量の減少のことです。
サルコペニアにより、筋力が低下して動きにくくなり、動かないので消費エネルギー量が減少し、そのせいで食欲が低下して食事摂取量が減るために低栄養の状態になる、といった、フレイル・サイクルに陥ってしまう可能性もあります(図2)。

図2. フレイルサイクル(文献1 2-3 図1):サルコペニアの症状が現れることで、フレイルの状態が進み、それが低栄養を引き起こします。低栄養によるたんぱく質摂取量の不足はさらにサルコペニアのリスクを上げる可能性があります。

フレイルやサルコペニアを予防するには、骨格筋とその機能を維持する必要があり、栄養素としてはたんぱく質摂取量と関連があるため、たんぱく質の重要性が注目されています。

2020年版では、フレイル予防のための指標も可能ならば策定したいと考えて論文収集をしたものの、研究数が十分でなく指標の策定は見送られたこと、けれどもフレイル予防も視野に入れてたんぱく質の目標量を策定したことなどは、以前のコラム「今後の動きに目が離せないたんぱく質:これでわかった!食事摂取基準13」で解説したとおりです。

フレイルやサルコペニアの予防という観点に加え、認知症予防も高齢者の栄養問題を考える際に注目したいことです。
けれども、いずれも現時点では基準を策定できるほどの十分な研究がない状態です。

高齢化が今後も進行すると考えられる日本の現状を考えると、今後の食事摂取基準は高齢者の栄養問題を解決するための内容が充実することが求められており、その根拠となる研究結果がもっと必要なのです。

参考文献:

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.

※食情報や栄養疫学に関してヘルスM&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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