科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

指標を下回っても慌てないで、ビタミンB1とB2:これでわかった!食事摂取基準18

児林 聡美

エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。

今回から数回にわたって水溶性ビタミンを説明していきます。

●排出されやすいのが特徴

水溶性ビタミンは、その名のとおり比較的水に溶けやすいビタミンです。
多めに摂取しても尿から排泄されやすいという特徴を持っています。
食事摂取基準の設定されている水溶性ビタミンは、ビタミンB1、ビタミンB2、ナイアシン、ビタミンB6、ビタミンB12、葉酸、パントテン酸、ビオチン、ビタミンCの9種類です。

それぞれ不足すると健康上の問題が生じるため、不足しない十分な量を摂取することが必要と考えられていて、特に「摂取不足の回避」のための指標を設定しておくことが大事という観点で指標が定められています。

それではそれぞれの水溶性ビタミンの指標がどのように定められたかを見ていきましょう。
まずはビタミンB1です。

●脚気の研究は少ない

ビタミンB1は、体内でエネルギーが産生されるときなどに、それを助ける酵素の一部として働く栄養素です。
化学名はチアミンといい、食品中ではいくつかのリン酸が結合した形で存在しています。
サプリメントなどに含まれるビタミンB1は、多くの場合チアミン塩化物塩酸塩の形をとっています。

食品中の栄養素量が掲載されている日本食品標準成分表(文献2)では、ビタミンB1をチアミン塩化物塩酸塩の重量で表記しています。
食事摂取基準の指標の値もそれと同じように、チアミン塩化物塩酸塩としての重量で示すことになりました。

さて、ビタミンB1が欠乏すると、脚気の症状が現れることがよく知られています。
そのため、脚気を防ぐ観点から不足のリスクを回避するための指標を定めたいところでした。
ところが、脚気からの回復に必要なビタミンB1の摂取量を検討した研究で参考になるものは一部存在するもののとても少なく、指標を設定できるほどの十分な研究結果がありません。

一方で、ビタミンB1の摂取量と尿中排泄量の関係はいくつもの研究で調べられています。
それらの研究からは、ビタミンB1の摂取量がある程度増えるまでは尿中にはあまり排泄されず、ある摂取量を超えると排泄量が急激に増加することが示されています(図1)。

図1. ビタミンB1摂取量と尿中ビタミンB1排泄量との関係(文献1 1-6 (2) 図3):ビタミンB1の摂取量が少ないときは、尿中へはあまり排泄されませんが、ある摂取量を超えると、尿中への排泄量は急激に増加します。このときの摂取量は変曲点と呼び、体内へビタミンB1がこれ以上吸収できない飽和量に達していると考えられています。

排泄量が急激に増加するときの摂取量のことを「変曲点」といい、この摂取量のとき体内ではビタミンB1がそれ以上吸収できない飽和状態、つまりそれ以上摂取されても使われない状態になっていると考えられています。
変曲点を使い、これより摂取量が少ないときを「不足している」とみなすことで、研究結果という科学的根拠に基づいて指標を設定できることになります。
そのため、この体内飽和量を用いて推定平均必要量と推奨量を定めることになりました。

具体的には、図1を見るとわかるように、エネルギー摂取量1000 kcal当たりのビタミンB1(チアミン)が0.35 mgのときが変曲点、つまり体内飽和量です。
チアミン塩化物塩酸塩に換算すると、この量は0.45 mgとなります。

成人と小児では、この量と、各性・年齢区分の推定エネルギー必要量を用いて、推定平均必要量と推奨量が定められています。
乳児では、研究結果がないため、推定平均必要量と推奨量は設定されていません。
0~5か月の乳児は、現在摂取されている量が不足していない量であると推測して、母乳中の濃度と哺乳量から算出された摂取量の結果を用いて、目安量が定められています。
6~11か月の乳児は、他の年齢区分の指標の値と参照体重などを使って目安量が定められています。

通常の食品の摂取でビタミンB1の過剰症を発症したという報告はなく、耐容上限量を定める根拠となるような研究結果がないため、耐容上限量は定められていません。
ビタミンB1の摂取と生活習慣病予防との関連に関しても報告はなく、目標量も定められていません。
こうして、ビタミンB1推定平均必要量、推奨量、目安量は、表1のように定められました。

表1. ビタミンB1の食事摂取基準(mg/日)(文献1 1-6 P.257):ビタミンB1の推定平均必要量を定めるために、脚気を予防するための量は考慮できず、体内飽和量を用いています。このことが特記事項として記載されています。

●脚気発症の目安は知っておきたい

以上のように、ビタミンB1の指標を定めるときに、脚気との関係を論じた研究結果は用いられていません。
とはいえ、ビタミンB1と脚気の関係はよく知られていて、脚気を予防するビタミンB1摂取量がどのくらいになるのか、参考として知っておくことは、栄養業務を遂行する上で役立つ場面もあるでしょう。
そういうわけで、食事摂取基準のビタミンB1の項には、参考として、脚気との関係にも触れられています。

そこでは、ビタミンB1を完全に除去した食事が2週間以上続くと脚気の症状が起こる場合があること、1000 kcal当たり0.16 mgを下回ると脚気が出現するおそれがあること、0.3 mg以上であれば脚気が発生する可能性がほとんどないことなどが、数少ない研究結果に基づいて記述されています。

●ビタミンB2も体内飽和量を活用

次にビタミンB2ですが、この栄養素もエネルギーや他の栄養素が代謝されるのを助ける酵素の一部として働く栄養素です。
化学名はリボフラビンで、食品中ではいくつかのリン酸が結合した形で存在していますが、体内ではリン酸がはずれたビタミンB2に消化されてから吸収されます。

ビタミンB2が欠乏すると、口唇炎、口角炎、舌炎などの皮膚炎が起こることが知られています。
そこで、これらの欠乏症を防ぐための、不足のリスクを回避する指標を定めたいところでした。
けれども、欠乏症からの回復に必要なビタミンB2摂取量を調べたような研究結果が存在しません。

そこで、ビタミンB2もビタミンB1と同様に、摂取量と尿中排泄量の関係から導かれる変曲点を利用して、推定平均必要量と推奨量を定めることになりました。
具体的には、研究結果によると、エネルギー摂取量1000 kcal当たりのビタミンB2摂取量が0.50 mgのときが変曲点、つまり体内飽和量です。

成人と小児では、この量と、各性・年齢区分の推定エネルギー必要量を用いて、推定平均必要量と推奨量が定められています。
乳児では、研究結果がないため、推定平均必要量と推奨量は設定されていません。
0~5か月の乳児は、現在摂取されている量が不足していない量であると推測して、母乳中の濃度と哺乳量から算出された摂取量の結果を用いて、目安量が定められています。
6~11か月の乳児は、他の年齢区分の指標の値と参照体重などを使って目安量が定められています。

通常の食品の摂取でビタミンB2の過剰症を発症したという報告は見当たらず、多量摂取しても速やかに尿中に排泄されて影響を受けにくいことから、耐容上限量は定められていません。
ビタミンB2の摂取と生活習慣病予防との関連に関しても報告はなく、目標量も定められていません。

こうしてビタミンB2の推定平均必要量、推奨量、目安量は、表2のように定められました。

表2. ビタミンB2の食事摂取基準(mg/日)(文献1 1-6 P.258):ビタミンB2も推定平均必要量を定めるのに、欠乏症を予防するための量は考慮できず、体内飽和量を用いています。このことが特記事項として記載されています。

●不足しても慌てないこと

このように、ビタミンB1とビタミンB2は、どちらも欠乏症のリスクを回避するための量として指標を作成したかったものの、研究結果が少なくできませんでした。
代わりに指標を定めるのに使った体内飽和量は、これ以上体に吸収できない量であり、欠乏症を発症する可能性のある量よりはずいぶんと多い可能性があります。
そのため、これらの栄養素の推定平均必要量を仮に下回ることが少しくらい続いても、直ちに欠乏症を発症する可能性は小さいと考えられます。

栄養業務上でこのような状況に直面しても、慌ててビタミンB1やビタミンB2を補充する必要はなさそうです。

このことをしっかり伝えるため、これら栄養素の「活用に当たっての留意事項」の項には、推定平均必要量に関して、「災害時等の避難所における食事提供の計画・評価のために、当面の目標とする栄養の参照量として活用する際には留意が必要である」という記述があり、具体的な場面を示して活用するときに注意が必要なことを知らせています。

参考文献:

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.
  2. 文部科学省. 日本食品標準成分表2015年版(七訂). 2015.

※食情報や栄養疫学に関してHERS M&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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