科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

コロナウイルスの起源、ゲノム編集食品、除草剤グリホサート裁判、2025年を振り返る

白井 洋一

トランプの大統領返り咲きとともに、2025年は米国の福祉、保健、教育、環境政策に暴風雨が吹き荒れ、世界中が巻き添えになった年だった。トランプはさておき、当コラムで過去にとりあげた出来事にも変化があった。コロナウイルスの起源、ゲノム編集食品の将来、除草剤グリホサート裁判について振り返ってみる。

●コロナウイルスの起源いまだ不明 WHOレポート発表

世界中を混乱させた新型コロナウイルス、原因不明の感染症が中国・武漢市で確認されたのが2019年秋から初冬。あれから6年経つがコロナウイルス(COVID-19)の発生起源は今年もまったく解明されなかった。「コウモリ→中間宿主動物→海鮮市場で売られていた動物→人」という動物起源説と、病原体を扱う研究所から事故によって市中に流出したのではという説があり、いまだ決着がついていない。

2025年6月27日、世界保健機関(WHO)の起源調査科学諮問団(SAGO)が、発生起源について調査報告書を発表した。SAGOは2022年6月に一回目の予備的報告書を出し、今回が2回目だ。しかし、起源の解明はまったく進まなかった。

報告書は、現時点の情報、科学論文だけでは起源解明に結論は出せないとして、中国、米国、ドイツに政府機関の報告書だけでなく、根拠とした元の生データ(original raw data)の提出を求めた。中国政府が2020年1月以来、国際調査に協力せず、生データをほとんど出さないのは知られているが、米国やドイツ政府にも生データを要求したのはなぜか?

2024~2025年前半の動きを見てみる。

  • 米国下院小委員会最終報告書「研究所流出が有力」(Science News, 2024/12/3)
  • 米国エネルギー省、連邦捜査局(FBI)「研究所から流出した可能性」(日経新聞、2024/12/5)
  • 米国中央情報局(CIA)「Covid-19は中国の研究所から流出した可能性があるが、野生動物説も完全には否定できない」(ロイター通信、2025/1/28)
  • フランス医薬アカデミー「研究所から流出の可能性。中国のデータ開示ないので灰色決着」(EurActiv,2025/4/4)
  • トランプ「起源は武漢の研究所」とするウェブサイトをホワイトハウスに開設(ロイター通信、2025/4/18)

WHOの科学諮問団(SAGO)が、米国やドイツに生データの提出を求めたのは、このような報告が、しっかりした根拠情報をつけずに流されているからだ。研究所からの流出説では、初期の武漢型ウイルスの遺伝子配列に人工的に改変された可能性のある変異が見つかっていることが有力根拠として挙げられるが、決定的ではない。野生動物説も中間に介在した動物がいまだわかっていないなど、こちらも決定打がない。SAGOは米国、ドイツ政府に詳しい情報を持っているなら、それを見せてほしいと言っているのだ。

中国政府は、野生動物説にしても、研究所流出説にしても、重要な情報を持っているはずだ。しかし、中国がこれらを開示するとは思えない。今も「コロナウイルスは海外からの輸入食品に付随していた可能性がある」と主張している。研究所流出説が海外から出ると「この問題は解決済み、政治問題にするな」と開き直る。中国にごねられ、貿易制裁に出られると困るので、米国だけでなく、欧州各国も手が出せない。

米国はトランプが2025年1月に就任早々、WHOから離脱した。WHO加盟国と連帯して、中国に起源解明調査に圧力をかけることもできなくなった。トランプがホワイトハウスに設置したサイトは、科学的根拠に乏しいものだ。トランプの取り巻きや共和党の議員たちは、もっと理詰めに結論を導くことができたはずなのにお粗末だった。中国政府の思うつぼ、このまま闇に葬られることになるのだろうか。

WHO・SAGO報告書(2025/06/27)
https://www.who.int/news/item/27-06-2025-who-scientific-advisory-group-issues-report-on-origins-of-covid-19
ロイター通信(2025/06/27)
https://www.reuters.com/business/healthcare-pharmaceuticals/who-says-probe-into-covid-19-virus-origin-still-ongoing-2025-06-27
過去の関連記事
コロナウイルス2019の起源 再び研究所流出説(2023年3月16日)

●欧州連合 ゲノム編集食品でようやく合意へ

ゲノム編集とは、DNA切断酵素を使って、狙った遺伝子配列を正確に取り除いたり、新たに導入できる技術だ。医学分野での利用が進んでいるが、農業でも作物や魚、家畜の品種改良に利用できる。ゲノム編集によって品種改良された作物や動物の扱いをどうするか、世界各国で検討されてきた。

一部の遺伝子配列を取り除くだけで、新しい外来遺伝子は導入しないタイプ1は、従来からの遺伝子組換え(GMO)のような規制や厳しい審査はしないというのが、日本を含む世界の大勢になっている。

遺伝子組換え食品、作物に過度な拒否感、警戒感を示す欧州連合(EU)だが、EUから離脱した英国は

2023年に法律を制定し、2025年11月から施行となった。世界の大勢とほぼ同じだが、今のところ作物だけで家畜や魚はこれから検討するようだ。

EUはさらに遅れていたが、2025年12月4日、欧州委員会の提案を閣僚理事会と欧州議会が暫定的に合意した(欧州委員会,2025/12/04)

議会での正式承認はまだで、表示や知的所有権(特許)の詳細も決まっていない。それでも、EUもGMOの呪縛から解放されて、小規模の遺伝子配列を取り除いたゲノム編集作物と食品は、GMOのような規制はしない方向に道を開いたといえる。

それは良いのだが、欧州委員会の合意歓迎メッセージでは気になることがある。小規模の遺伝子配列を取り除いただけのゲノム編集をカテゴリー1(タイプ1と同じ)とし、その他のゲノム編集はカテゴリー2となり、従来のGMO と同じ規制ルールが適用される。メッセージでは、新しいゲノム編集技術で、気候変動に耐性のある作物を育成したり、病害虫に強く農薬の使用を減らす作物が可能になる。また、化学肥料の投入も減らせる作物も可能だと、バラ色の未来が描かれている。

しかし、バラ色の未来がカテゴリー1の作物、家畜だけで可能とは書いていない。バラ色の未来達成のためには、カテゴリー2の採用が必要とも書いていない。暑さに強い作物や病害虫に耐性のある作物をカテゴリー1で育成することは、いくつかの品種では可能かもしれないが、広く普及する作物で可能なのか疑問だ。新規の外来遺伝子を導入したカテゴリー2をGMOと同じ扱いにしておくと、実際には利用できなくなり、問題になるはずだ。

これは現在、タイプ1の作物、魚だけを登録している日本でも同じだ(日本のゲノム編集食品の登録状況 2025年11月現在)。

栄養分豊富なトマトや、肉厚マダイが悪いとは言わないが、気候変動や環境汚染に対応できる骨太な品種は、タイプ1だけでは作出されないだろう。

過去の関連記事
欧州委員会 ゲノム編集作物の一部を規制対象外に(2013年7月13日)

●米国 グリホサート裁判 被告バイエル社に有利な司法見解

米国では、除草剤グリホサートを巡る裁判が話題になる。2015年3月にWHO(世界保健機関)に属する国際がん研究機関(IARC)が「グリホサートはおそらく発がん性あり」とグループ2Aにランクしたのが騒動のきっかけだ。グリホサートを製造したモンサント社(買収されて現在はバイエル社)は、発がん性を知っていながら、製品に表示しなかったとして、がん(白血病の一種)患者を募集して、名うての弁護士らが集団訴訟を起こした。陪審員による1審裁判で、バイエルが敗訴し、多額の賠償金を課せられると、メディアは大きく報道した。グリホサートは遺伝子組換えの除草剤耐性ダイズやトウモロコシなどに使われ、大きな利益を得たバイテク会社の製品ということもあって、日本でも、大手メディアも大きく報道した。

陪審員裁判でもグリホサートに発がん性のおそれはないという判決も多く出ている。バイエル社の専用サイトによると、25戦17勝でバイエルが勝訴している(2025年5月時点)。しかしマスメディアは敗訴した8敗を大きく取り上げるので、グリホサート発がん性のイメージは強いままだ。

賠償金だけでなく、集団訴訟解決費用も莫大なもので、投資家(株主)の不満は高まり、バイエル社に大きな負担となっている。「グリホサートは適正に使えば安全、発がん性はない」と環境保護庁(EPA)は認可しているのに、州によって異なる判決がでる。同じ州の陪審員裁判でも異なる判決がでる場合もある。これはおかしい、連邦最高裁の意見を聞きたいとバイエルは申し立てた(2025/04/04)。

これに対する訴訟長官の見解が12月2日に出た(ロイター通信、2025/12/02)。

農薬に関する連邦政府(EPA)の規制が州の裁判判断に優先するという見解である。陪審員裁判はともかく、2審の州控訴審は連邦法に従うべきということで、バイエル社も歓迎メッセージを載せた

確かにバイエル社にとっては追い風の司法判断だが、今後の陪審員裁判や控訴審がすんなり解決するかは分からない。多額の費用を投じた集団訴訟の解決金が戻ってくるわけでもないだろう。

2018年8月以降、グリホサート発がん裁判の動きを見ていると、被告のバイエル社の戦略のまずさ、一貫性のなさが目につく。1回目の陪審員(2018年8月)ではバイエル敗訴、2審も敗訴したが(2021年3月)、最高裁には上告せず2審で賠償金2050万ドルが確定した。

2回目の陪審員裁判(2019年3月)、3回目の裁判(2019年5月)は、1審、2審とも敗訴したが、この2件は不服として最高裁に上告している。しかし、訴訟長官は最高裁の審理案件としてとりあげず、2審の賠償額で確定した(2022年6月)。当時のロイター通信によると、最高裁が取りあげなかったのは、1回目の裁判ではバイエル社が2審判決に従ったことが理由だろうと解説している。バイエルの弁護士には、戦略、思惑もあったのだろうが、1回目は上告しなかったのに、2回目、3回目はなぜ?というのは、市民感情として理解できる。

膨大な賠償金、裁判費用を課せられても、バイエル社は倒産する様子はない。仮に経営破綻に陥っても、農薬ビジネス、バイテク作物の種子ビジネスは、どこかの会社が引き継ぐので、農業生産者もそれほど困らないだろう。しかし、日本でも、「グリホサートは危ない農薬、がんになる」というニュースが流布しているという。これを「フェークニュースだ」と明快に説明できないところが難しい。

過去の関連記事
グリホサート 欧米事情(2023年12月21日)

●トランプの環境政策 民主党の政策潰しだけではない複雑さも

気候変動条約からの離脱、国内関連予算の大幅削減、風力・太陽光発電の新規設置抑制、火力発電所の奨励などなど、トランプの環境政策は時代に逆行するものが多く欠陥だらけだ。しかし、わりとまともな政策もある。2025年11月17日、環境保護庁は、「米国の水路(Water of US, WOTOS)の定義を見直す」と発表した(EPA,2025/11/17、 WOTUSの定義見直し)。

日本ではほとんど報道されず、「水質浄化法が改訂され、環境悪化が懸念される」といった認識だが、中味は複雑だ。WOTUSの定義とは、環境保護庁と陸軍工兵司令部が管理する水域の範囲で、私有農地の中を流れる水路や運河、湿地なども規制対象としたのが民主党政権だ。これは私有地への越権だと反対とする農民団体や複数の州が、連邦政府(民主党)を訴え、2010年代から論争が続いていた。

2016年にトウモロコシ生産者団体が来日し、セミナーを開催した時も、「我々農民も、水質浄化、環境保全の重要さはわかっている。しかし我々の農地の隅々まで、政府に管理されるのは許せない。環境保全は自分たちの責任でやる」と話していた。後で、個人的に話を聞いたが信頼できると感じた。その後、注意して、WOTUS関連の記事を追っているが、やはり私有農地内の水路への管理は行き過ぎではないかという印象をもった。今回のトランプ政権のWOTUS見直しについて、米国の農業生産者団体は歓迎している。他の環境政策はともかく、WOTUS改訂はまともな政策だと思う。

トランプの復活。1期目の2017~2020年では、多くの閣僚や幹部職員が途中で辞任した。2期目は共和党に優秀な人材は残っていないのではと他人事ながら心配したが、それは杞憂だった。2期目は、最初にトランプに忠誠を誓ったものだけを任用したので、仲たがいで辞任することはない。ワクチン接種嫌いで怪しい健康食品信奉者でもあるケネディ厚生長官のように、巧みにトランプを利用してやろうという輩もトランプ政権を支えている。トランプの人格や政治手法には否定的だが、トランプや共和党に投票した、まともな米国国民も多いようだ。2026年からあと3年、トランプの暴走は続くのだろう。影響がはっきりするのはこれからだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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