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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

大丈夫か? 日本のバイテク作物育種 令和元~7年を新聞記事で振り返る

白井 洋一

平成から令和に年号が代わった2019年春に「遺伝子組換え作物・食品 平成時代を新聞記事で振り返る」を載せた。新聞記事の見出しで時の流れを振り返ったものだ。令和はまだ6年半しかたっていないが、思うところがあって、この間の新聞記事の見出しをまとめた。

記事は購読している毎日新聞のほか、主要日刊紙、農業紙などのウェブサイトから抽出した。「遺伝子組換え」、「ゲノム編集」などの用語から検索する方法は採用しなかった。これは平成時代と同じ方法に合わせ、なるべく同じ基準で比較できるようにしたためだ。

●過去のサイト

平成元~12年
遺伝子組換え作物・食品 平成30年間を新聞記事で振り返る (第1回 平成元年~12年)

平成13~16年
遺伝子組換え作物・食品 平成30年間を新聞記事で振り返る(第2回 平成13年~16年)

平成17~19年
遺伝子組換え作物・食品 平成30年間を新聞記事で振り返る(第3回 平成17年~19年)

平成20~23年
遺伝子組換え作物・食品 平成30年間を新聞記事で振り返る(第4回 平成20年~23年)

平成24~31年
遺伝子組換え作物・食品 平成30年間を新聞記事で振り返る(第5回 平成24~平成31年)

令和元年(2019年)(令和は5月から)

4月 スギ花粉症なくなる日が来る? ゲノム編集や飛散防止剤(朝日)

4月 ゲノム編集食品 無審査販売へ 厚労省は安全というけれど(東京)

4月 ゲノム編集食品 想定外おこる可能性 農家や消費者 不安は尽きず(東京)

4月 激変する社会 弊害は AIやゲノム編集 使い方次第(朝日)

5月 論点 ゲノム食品の表示 村中俊哉大阪大教授Vs森田満樹フーコム代表(毎日)

5月 ゲノム食品表示議論 消費者庁ヒアリング開始(毎日)

6月 ユーグレナ ミドリムシの高効率ゲノム編集法確立(朝日)

6月 ゲノム編集で毒を減らしたジャガイモ 社会実装は4、5年後 理化学研(日経バイオテク)

6月 ゲノム編集食品解禁への危惧 塚谷裕一東大教授(毎日)

6月 ゲノム編集食品「食べたくない」4割 東大チーム調査(毎日)

6月 ゲノム食品表示の義務化困難 消費者庁 従来の品種改良と区別難しく(朝日)

6月 ゲノム編集 遺伝子改変食品 表示義務化見送りへ 違反特定困難(毎日)

6月 ゲノム編集作物で指針案 改変・安全情報届け出(日本農業)

6月 ゲノム食品 情報開示に課題(毎日)

7月 植物のミトコンドリアをゲノム編集 イネとナタネで 東大など(日経バイオテク)

7月 薬産むニワトリ ゲノム編集で卵の中に成分 産総研(日経)

7月 ゲノム編集食品 選べることが必要だ(朝日)

7月 ゲノム編集で肉厚マダイ、クエは大量養殖 近畿大水産研(朝日)

7月 ゲノム編集でコムギ改良 雨でも発芽せず品質保持(共同)

7月 ゲノム編集でコムギの品種改良成功 コムギ粉の品質向上も(朝日)

7月 熱狂ゲノム 身近に迫る技術(1) 遺伝操作で外来魚駆除(毎日)

8月 熱狂ゲノム 身近に迫る技術(2) 市民教室で遺伝子改変 会社員ら渋谷に集合(毎日)

8月 熱狂ゲノム 身近に迫る技術(3) 資源減 食品編集進む フグ、イネ、トマト(毎日)

8月 熱狂ゲノム 身近に迫る技術(4) ペット遺伝リスク除去 多様性奪う(毎日)

8月 遺伝子改変 どう規制? 一部に国承認必要 違反には懲役・罰金も(毎日)

8月 ゲノム編集 良品質コムギ開発 穂発芽耐性 岡山大ら(毎日) 

9月 ゲノム編集食品 来月から販売相談 厚労省(毎日)

9月 ゲノム編集食品 表示義務なし 消費者庁(毎日)

9月 ゲノム編集食品 消費者が選べるルールに(毎日)

9月 ゲノム編集食品 表示義務化せず 外部遺伝子入れぬ場合(朝日)

9月 ゲノム編集食品 想定外のリスク考慮を 内田麻理香東大講師(朝日)

9月 ゲノム編集で海洋微生物の脂質改善 広島大など(日経バイオテク)

9月 シャインマスカットに続き巨峰も ゲノム編集で果皮色改変 農研機構(日経バイオテク)

11月 ゲノム編集食品 有機農産物と認めず 農水省 規格改正方針公表(毎日)

11月 「培養肉」進む研究開発 動物の細胞から食用肉を作る(毎日)

11月 培養肉産業化へ 食料危機「切り札」なるか 畜産農家 競合警戒(毎日)

12月 遺伝子 安全、効率よく改変 ゲノム編集 大阪大が新技術(毎日)

●令和2年(2020年)

1月 ゲノム編集「ヒト家畜化」懸念 勝木元也基礎生物研名誉教授(毎日)

2月 ゲノム編集特許 商業利用でコスト増の恐れ 回避の余地も(日経)

3月 ゲノム編集 創薬に慎重 日本 基礎領域で停滞(日経)

3月 花粉症対策にゲノム編集 森林総研がスギの無花粉化を特定網室で確認(日経バイオテク)

3月 注目のゲノム編集技術クリスパー 特許の行方は(朝日)

6月 筑波大と国立台湾大 RNAiで花色改変した洋ランの米国販売手続き完了(日経バイオテク)

8月 マスクメロン安くなるかも 遺伝子改変で品種改良(共同)

8月 サナテックシード ゲノム編集高GABAトマト 2020年度内に試験販売へ(日経バイオテク)

9月 マスクメロン 手が届く値に 筑波大 ゲノム情報解読(毎日)

10月 後代交配種 販売前届け出求めず ゲノム編集作物の子孫(共同)

10月 ゲノム編集で「砂糖イネ」開発に成功 広範囲での生産可能に 名古屋大など(時事)

10月 ゲノム編集に革新技術 ノーベル化学賞に米仏2氏(毎日)       

11月 交配品種 届け出不要 厚労省 ゲノム編集種の子孫(読売)

12月 ゲノム編集トマト 販売へ準備 国に事前相談 初の実用化か(共同) 

12月 ゲノム編集トマト 市場流通へ GABAを増量(読売)

12月 初のゲノム編集食品が流通へ 血圧下げるトマト 企業が届け出(共同)

12月 ゲノム編集トマト 来春から流通 苗を当面無償提供 国内初(共同)

12月 ゲノム編集育種の観賞魚 環境省が単独で対応へ(日経バイオテク)

●令和3年(2021年)

1月 ゲノム編集食品 外来遺伝子含まず 安全審査の対象外(毎日)

1月 ゲノム編集 食を救うか 1号トマト 来年流通(毎日)

1月 ゲノム編集食品 消費者の理解得る努力続けよ(読売)

2月 収穫30%増 組み換えイネ 食料、環境問題解決に期待(共同)

2月 イネ収穫量30%アップ 遺伝子組み換えで名大など(毎日)

2月 ゲノム編集食品 年内にも流通(北海道)

3月 ゲノム編集食品 「表示」はできるか? 課題めぐり議論(農業協同)

4月 ノーベル賞取ったゲノム編集の本命 米国が開発先行(日経)

4月 血圧上昇を抑える成分5倍 ゲノム編集トマトのピューレ販売へ(読売)

8月 組換えタバコ葉で魚病ウイルスの経口ワクチン開発 茨城大など(日経バイオテク)

8月 ゲノム編集で1.5倍肉厚にしたタイ 来月にも流通へ 魚では国内初(読売)

9月 ゲノム編集マダイ流通へ 京大など開発 動物性食品初(毎日)

9月 組換え作物の混入率を正確に評価 グループ検査法 国際標準化 農研機構(農業協同)

10月 ゲノム編集食品 消費者の選択へ表示を(日本農業)

10月 幹細胞から食肉の元 順天堂大など作成(毎日)

10月 国内初のゲノム編集トマトの苗木発売 筑波大発新興(日経)

10月 ゲノム編集のトラフグ流通へ 国内3例目 厚労省了承(毎日)

10月 ゲノム編集のトラフグ 流通へ 食欲旺盛になり早く成長(共同)

10月 ゲノム編集で成長1.9倍「22世紀ふぐ」試験販売へ(読売)

11月 森林総研 ゲノム編集無花粉スギの開発は「2026年までに届け出可能にしたい」(日経バイオテク)

11月 イカもエビもゲノム編集 京大発新興、品種改良しやすく(日経)

12月 ゲノム編集で甘いトマトに 技術いらずで安定供給も 名古屋大など(毎日)

12月 ゲノム編集で甘いトマト 大きさそのまま 糖度3割高く 名大(共同)

12月 組換えウイルス利用の遺伝子治療 カルタヘナ法手続き 欧米同様に段階的申請可能に(日経バイオテク)

12月 国産技術で魚をゲノム編集 大学発新興2社(日経)

12月 ゲノム編集「低攻撃性」サバ、有用性評価へ 九州大(日経バイオテク)

●令和4年(2022年)

1月 長浜バイオ大 ゲノム編集で「スーパーコオロギ」作出目指す(日経バイオテク)

3月 開花促す物質の新製法 東工大など 遺伝子組み換えで(日経)

3月 世界初 青色コチョウラン商品化 17年かけ開発 石原産業(農業協同)

3月 青いコチョウラン 世界で初めて一般栽培へ(日本農業)

4月 ゲノム編集トマト苗 「受け取る」ゼロ 道内の自治体・教育委(北海道)

4月 無花粉のスギ林できるかも 新潟大など原因遺伝子を特定(朝日)

4月 組み換えマウスが所在不明 旭川医大(北海道)

5月 昆虫ゲノム編集 容易に 専用試薬注射するだけ 京大開発(毎日)

5月 昆虫を注射1本でゲノム編集 安価・容易に品種改良(日経)

5月 GM条例初の改正へ 観賞用対象外へ 6月道議会提出(北海道)

5月 ゲノム編集技術を改良、安価普及へ道 山本卓広島大教授(日経)

6月 GM条例改正案 生態系への影響懸念の声 道が意見公募公表(北海道)

7月 食品衛生法 遺伝子組換え食品は安全性審査、欠失型ゲノム編集は届け出(日経バイオテク)

7月 サナテックシード ゲノム編集で「野菜の定義を変えたい」(日経バイオテク)

7月 食用コオロギのグリラス ゲノム編集食品の開発を明言させた「世の中の変化」(日経バイオテク)

7月 セツロテック社 ゲノム編集食品は「中小企業にチャンス」(日経バイオテク)

8月 ゲノム編集で青汁原料大麦の生産性が17倍に(日経バイオテク)

8月 グランドグリーン社 品種を問わず使える植物用ゲノム編集技術を活用(日経バイオテク)

9月 リージョナルフィッシュ ゲノム編集魚で20.4億円の資金調達を完了(日経バイオテク)

9月 理研・ユーグレナ ゲノム編集で遊泳しないミドリムシを作出(日経バイオテク)

10月 台風でも倒れにくいイネ ゲノム編集で効率よく 東京農工大(日経)

10月 産総研 ゲノム編集鶏卵でタンパク質生産を効率化(日経バイオテク)

10月 培養肉の主成分開発 日本ハム コスト削減 商用化へ(毎日)

12月 ゲノム編集トマト、機能性表示食品に サナテックシード(日経)

12月 遺伝情報を巡る利益配分を検討 大筋合意 生物多様性条約会議COP15(共同)

●令和5年(2023年)

1月 独自のゲノム編集技術でニワトリ作出成功 徳島大ベンチャー・セツロテック(農業協同)

3月 遺伝子組み換えた赤く光るメダカ 違法に飼育 愛好家5人逮捕(読売)

3月 遺伝子組み換え光るメダカ販売 警視庁 5容疑者逮捕(毎日)

3月 遺伝子改変メダカ、飼えないの?  未承認飼育・販売 生態系へ悪影響の恐れ(毎日)

3月 遺伝子改変 13年前に違法持ち出し 発光メダカ 贈り物が拡散(毎日)

3月 コメ型ワクチンMucoRice 製造方法改善 中止乗り越え再始動(日経バイオテク)

3月 ゲノム編集ワキシートウモロコシ 食品として届け出完了 上市時期は未定(日経バイオテク)

3月 ゲノム編集食品「もちもち」高めたトウモロコシを受理、国内4例目・海外企業は初(読売)

3月 食べると効く? 「スギ花粉米」は今 実用化なお不透明(日本農業)

4月 花粉症対策で農水相「花粉飛散しない苗植え替えと飛散防止剤散布を重点的に」(農業協同)

4月 ゲノム編集の効率や安全性 ガイドRNAの工夫で向上 九州大など(日経)

4月 ゲノム編集 精度3000倍向上 数年で実用化へ 九州大など(産経)

4月 アレルギーの原因除去した卵 広島大 ゲノム編集で作成(共同)

5月 青いカーネーションいかが 母の日を前に出荷ピーク(共同)

5月 政府の花粉症対策 花粉発生量を30年で半減 医薬品として「スギ花粉米」も(農業協同)

6月 少ない肥料で収穫3割多いイネ ゲノム編集で 東京大(日経)

6月 ゲノム編集「22世紀ふぐ」返礼品に波紋 「不安」「地元振興に期待」(産経)

6月 リージョナルフィッシュとNTT合弁会社 エピゲノム育種ヒラメ準備中(日経バイオテク)

7月 気候変動に強いイネ ゲノム編集で野生種を高速改良へ 国立遺伝研(日経)

7月 「花粉症緩和米」開発 政府が本格化へ 原因物質組み込んだイネから医薬品(読売)

8月 ゲノム編集でメロン長持ち 食品ロス削減に貢献 筑波大(毎日)

9月 CO2吸収2倍のゲノム編集イネ 農研機構 休耕田で栽培目指す(日経)

9月 電気不要の光る樹木 街路樹、照明に活用期待 奈良先端大(共同)

10月 「花粉症米」実用化を促進 政府 医薬品に活用 アレルギー緩和(東京)

11月 卵アレルギーが起きにくい卵 ゲノム編集で 数年後の商品化に向け臨床試験(読売)

12月 ファームドゥ、ゲノム編集で肉厚マダイを陸上養殖(日経)

12月 リージョナルフィッシュ、3種類目のゲノム編集魚「高成長ヒラメ」の届け出完了(日経バイオテク)

●令和6年(2024年)

1月 狙って作る新品種 広がるゲノム編集食品 消費者は8割「知らない」(朝日)

1月 遺伝子組み換え「光る熱帯魚ベタ」飼育容疑 逮捕(毎日)

1月 遺伝子組み換えで光る熱帯魚ベタを飼った容疑 店長ら逮捕、客も送検(朝日)

1月 光るコチョウラン 千葉大が7年かけて発色に成功(朝日)

2月 黄緑に光るコチョウラン 千葉大 遺伝子組み換えで成功(日経)

2月 米国Pairwise社 ゲノム編集「辛くないカラシナ」で米国人の栄養向上狙う(日経バイオテク)

3月 島根大 ゲノム編集「高ストレス耐性イネ」開発 栄養価と気候変動対応も可能に(日経バイオテク)

4月 丈夫で分解可能なバイオプラスチック 世界初の量産化 組換え微生物で 神戸大(共同)

5月 作れるか細胞培養「母乳」 海外ではベンチャー創業(毎日)

6月 最強生物クマムシをゲノム編集 耐性研究に 東大(日経)

7月 セツロテックと徳島大 ゲノム編集で卵の段階でニワトリの雌雄判別可能に(日経バイオテク)

8月 海藻をゲノム編集 北大 環境対策に応用も(日経)

9月 農水省来年度予算 スギ花粉米の研究開発で1億4千万円要求(日経バイオテク)

9月 培養肉 牛の味へ「筋トレ」 日清食品と東大が研究(日経)

10月 生物多様性COP16開幕 DNA配列情報の扱い 議論は難航も(朝日)

11月 DNA情報の利益「基金へ」 COP16中断し日程終了(朝日)

12月 ゲノム編集食品「知らない」9割 トマトや魚流通も 消費者庁調査(朝日)

12月 培養肉「本物志向」で勝負 大阪大や東大 植物使わず(日経)

●令和7年(2025年)

1月 組換えイチゴで製造した動物医薬「インターベリーα」海外進出 韓国で発売(日経バイオテク)

1月 「ゲノム編集食品」届け出制度化から5年 高GABAトマトなど流通も「知らない」9割超(読売)

2月 ワクチン開発早くなる? 政府 カルタヘナ法の手続きを簡略化(毎日)

2月 培養肉 安全指針案作成へ 消費者庁(朝日)

3月 「光るサル」誕生 遺伝子改変で 滋賀医大(共同)

5月 芽出ないジャガイモ ゲノム編集で開発中 無毒化でフードロス対策 大阪大(共同)

5月 マルハニチロ 培養マグロ開発へ シンガポール新興と(日経)

●大丈夫か 日本のバイテク育種研究

6年半の記事一覧を見て、思うことが2つある。

1つは、花粉症緩和米の可能性だ。2023年4月に当時の岸田総理が突如、国をあげて花粉症対策に取り組むと言い出し、10月に対策パッケージを発表した。このため、農研機構が2005年から試験栽培を続けてきた遺伝子組換えの花粉症緩和米の記事も復活した。しかし、農水省の重点対策は、花粉の少ないスギ品種に植え替えることと、花粉飛散抑制剤を空中から散布することのようだ。花粉の出ないスギ品種は従来の選抜・掛け合わせ育種法でも開発中だ。ゲノム編集で作る場合、外来遺伝子を導入せず遺伝子の機能の一部を欠失させるタイプなので、遺伝子組換え樹木のような厳しい制約は受けないはずだ。しかし、関係者は規制のハードルがあるからと実用化にはかなり慎重だ。いずれにせよ花粉症緩和米は農水省の対策の主力には入っていない。私はこれから10年かけても、花粉症緩和米が実用化(商品化)することはないと思う。毎年、1億円超の予算を使い、10年かけて、試行錯誤の研究開発を続けるようだが、そろそろ監督官庁の農水省が決断すべきだと思う。

もう1つはゲノム編集作物・食品の今後だ。言い換えれば、国内の研究機関(農研機構や大学)の作物開発、育種研究者たちの力量だ。2021年9、10月から、ゲノム編集食品の商業利用が始まったこともあり、ゲノム編集食品、特に国内発のトマトと魚に関する記事が増えた。栄養成分の多い高GABAトマト、肉厚マダイ、高成長トラフグ・ヒラメが大学発ベンチャー企業から商品化されている。これはこれで結構なのだが、将来の気候変動対策や化学農薬を減らした環境負荷低減(みどりの栽培システム)に役立つような品種は今のところで出ていない。多収性や高温ストレス耐性のような一般にも分かりやすい品種もない。

研究者たちは、外来遺伝子を導入せず、一部の機能を欠失させたタイプ1のゲノム編集利用だけを考えているようだ。これだと遺伝子組換え作物・食品のような厳しい審査が必要ないし、世間一般の風当たりも少ないからだ。しかし、外来遺伝子を導入しないタイプ1だけで、気候変動や環境負荷低減に貢献できる品種がどれだけできるのだろうか? 外来遺伝子を利用するタイプ2、タイプ3が必要になるはずだ。しかし、研究者も役人も「ゲノム編集は遺伝子組換えとは違います(→だから安全、安心です)」という姿勢だ。研究者は内心分かっているのだろうが、農水省や厚労省の役人の多くはこの流れを信じ切っている。これは早めに改めた方がよい。

ゲノム編集作物・食品では、イネ、小麦、大麦、ジャガイモなど試験栽培しているようだが、まだ一つも有望な結果はでていない。野球に例えれば、少年野球、リトルリーグで活躍したぐらいで、プロの世界で通用するレベルのものは一つもない。メディアの記事も、研究者のプレスリリースをそのまま報じるものが多く、実現可能性について深掘りしたものはほとんどない。令和も7年目。これから数年のうちに、農研機構や大学から、実用化できる足腰の強いゲノム編集作物・食品は誕生するのだろうか。今までの流れを見ていると、かなり悲観的になってしまうのだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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