科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

新型コロナウイルスの起源解明  WHO報告書から新情報をさぐる

白井 洋一

新型コロナウイルス騒動が始まって2年半。昨年(2021年)11月下旬に出現したオミクロン変異株は、病原性は弱いが人への感染力が強く、なかなか感染者数は減らない。さらに次の変異株や感染ピークが起きる可能性もあり、収束は見通せない。2019年の秋から初冬に中国・武漢周辺で最初の感染が始まったと言われているが、その起源、原因もまだ不明のままだ。

6月9日、世界保健機関(WHO)のコロナウイルスの起源に関する科学助言グループ(SAGO) が、予備的報告書(44頁)を発表した。「新型コロナ起源 情報提供不足 WHO、中国に不満」(毎日)、「WHO報告書まだ特定できず 中国流出説は追加調査必要」(読売)、「WHO初期報告書公表 進展乏しく」(日本経済)など各紙の見出しが示すように、調査に進展はなく、今後調査すべき課題をたくさんあげているが、いずれも中国側の情報提供が必要というものだ。WHOは「起源調査は犯人探しが目的ではない。次のパンデミック(世界的流行)が起こらないようにするため、起こったとしても早期に対策をたてるため」と強調し、「中国側がやるべき(そして公開すべき)調査は多い」と中国側に情報提供と現地調査に協力するよう呼び掛けている。

中国外務省は、今までも多くのデータを公開していると、WHOの報告書に不快感を示しており、WHOが特に求めている「2019年秋から初冬の初期段階」のデータ不足とはかみ合わない。今後、中国が積極的に情報提供に転ずる可能性は低いが、これまでの起源調査の経緯と今回の報告書で分かったいくつかの情報を整理した。

●これまでの経緯

まずはこれまでの経緯を振り返る。

  • 2019年10~11月頃 中国・武漢市で新型コロナ感染症発生
  • 12月31日 中国 WHOに新規肺炎の発生を通報
  • 2020年3月11日 WHO パンデミック宣言
  • 5月19日 WHO総会 中国 終息後を条件に起源調査に同意
  • 2021年1月14日~2月10日 中国17人と国外17人の専門家による合同調査実施
  • 3月30日 合同調査報告書発表 4つのシナリオの可能性を検証

上記の3月30日の合同調査では、可能性の高い順に4つのシナリオを評価した。

  1. 感染源動物から中間宿主動物を介して人に感染した。評価は「可能性が高い~非常に高い」
  2. 感染源動物から直接人に感染した。評価は「可能性あり~高い」
  3. 海外から輸入した冷凍食品により感染した。評価は「可能性あり」
  4. 武漢ウイルス研究所から(なんらかの原因で)流出し市中感染した。評価は「きわめて可能性が低い」

5つ目のシナリオとして「2019年9、10月頃にイタリア北部で新型コロナ患者が見つかった」という論文は、遺伝子配列データの信頼性に問題があるとして、検討対象から除外された。

合同調査とは言え、外国人専門家の行動は制限され、中国側の厳重な監視下で行われた。武漢ウイルス研究所や華南海鮮市場の訪問も限られていた。中国の提供した資料は生データ(原簿)ではなく、「2019年12月の武漢市民7万6千人からウイルスは検出されなかった」、「約8万匹の野生動物から類似の遺伝子配列は検出されなかった」など、行政府がまとめた結果一覧であり、専門家でなくても不満の残るものだった。

ここまでの詳細は、当コラム2021年8月4日「新型コロナウイルスの発生起源 中国は2回目の合同調査に協力するのか?」を参照していただきたい。

●米国の再調査でも結論は出ず

トランプ大統領は中国のウイルス研究所から流出したと根拠を示さず、主張していたが、バイデン政権は最初は静観していた。しかし、WHO合同調査報告書の不透明さ、情報開示不足を見て、2021年5月26日、中央情報局(CIA)、連邦捜査局(FBI)、国防情報局(DIA)など複数の情報機関に再調査を指示した。

情報機関を統括する国家情報長官室(ODNI)は8月27日に結果を公表し(Science News、2021/08/27)、10月29日に詳細版が追加された。詳細版でも大きな変更はなく、①武漢ウイルス研究所から流出して市中感染、②自然に動物から人への感染のどちらも決定的な証拠は得られず特定できなかったというものだ。研究所流出については、生物兵器として開発されたり、遺伝子組換え技術によって操作された可能性はないと断定し、ウイルスの封じ込めなど安全対策の不備による事故の可能性をあげている。いずれの説でも、解明には中国側の調査協力が必要というのはWHOと変わりない。

その後も海鮮市場の動物説を示唆する論文や、ウイルス研究所からの流出を示唆する情報が散発的に出ているが、どれも決め手に欠け、起源の特定につながらない。特に研究所流出関連では、「湖北省で医療検査機器が大量調達されていた」とか「衛星写真から見た研究所付近の異常な人の動き」など直接証拠としてはきわめて弱いものが多い。

●今回の報告書の新情報といえば

2021年の合同調査後、10月13日、WHOは2回目の現地調査を含むさらなる起源調査のための科学助言グループ(SAGO)を立ち上げた。メンバーは異なる国から計27人で、中国人も1人だけ、日本からは西条正幸氏(札幌市医療政策担当、前国立感染症研究所)が入っている。

今回のSAGOの報告書は、2回目の現地調査が実現しなかったので、発表済みの論文を中心にまとめたものだ。中国からの情報提供が少ないため、「海鮮市場、動物起源説」も「ウイルス研究所流出、市中感染説」のいずれも1回目の報告からほとんど進展がない。それでも44頁の報告書から、要点、新情報を拾って、まとめてみた。

  1. 感染源や中間宿主動物解明のため、多くの動物のコロナウイルスの遺伝子配列を比較した。中国南部やラオスのキクカシラコウモリのコロナウイルスが類似度96%でもっとも近いが、それでも新型コロナの武漢型とは開きがある。中間宿主動物が存在する可能性が高い。前に指摘された有鱗動物のセンザンコウ(パンゴリン)の類似度は90~92%でコウモリより可能性は低い。まだ中国では、コロナウイルスの調査をしていない家畜や野生動物が多数いるのでさらなる調査が必要。
  2. 感染初期の2019年秋から初冬の各国の人の血液や下水データがある程度得られた。多くは陰性だが、イタリア、フランス、米国、ノルウェーから陽性データが見つかっている。ただしさらなる精密な解析が必要。
  3. 中国武漢市の血液センターに保管されていた4万人分のデータが中国から報告された。2019年9月から12月に採血されたもので、200人が一次検査で陽性だったが、2次検査ですべて陰性で、擬陽性と判断された。
  4. ウイルス研究所からの流出は、職員の健康状態など調査すべき項目が多いが、ほとんど利用できる情報がないので、これ以上の評価はできない。
  5. 冷凍食品、コールドチェインを経由した国外から中国食品市場への「輸入」の可能性は、温度条件などウイルスの存続に関して調査すべきことが多数あるが、中国側から十分な調査データが出ていない。

もっとも注目されるのは3の武漢市民の血液データだろう。2021年1月の合同調査では、個人情報であり応じられないと言っていたが、2年間の保管期間が過ぎたら検査を行うと報道された(時事通信、2021/10/13)。このデータが提供されたのだろうか。WHOは1次、2次検査の詳細やサンプル履歴などの情報提供を求めているが、中国側の対応は不明だ。SAGOの報告書では武漢市民の血液データはProtein & Cellというオープンアクセスの電子ジャーナルに論文として掲載とあるが、2022年6月27日時点では確認できない。

4の研究所流出説の再調査は、中国、ロシア、ブラジルの委員が強く反対したとメディアは報じている。中国は起源探しが政治問題化していると欧米、日本、豪州などを非難しており、今回のサイエンスベースの専門家でも、ロシアとブラジルが中国を支持した。

参考

テドロスWHO事務局長スピーチ(2022/06/09)

Science News 2022/06/09

●新たな変異株の発生原因、保菌動物特定のためにも起源解明は必要

中国の協力なくして、新型コロナの起源や原因解明の見通しは暗いのだが、研究所からの事故による流出ではなく、コウモリや中間宿主動物を介した人への感染であったなら、感染動物の特定は、今後のウイルス対策にとってもきわめて重要になる。 SAGOの報告書(32-33頁)に書いてあるが、オミクロン変異株の起源解明と今後、注意すべき保菌動物特定の有力な情報になるからだ。

2021年11月に南アフリカで初めて報告されたオミクロン型変異株(日本では第6波)は、その前のデルタ株(第5波)から変異したものではなく、最初の武漢型に近い株から約2年を経て突如出現した。変異株の起源には3つの仮説がある(Science News,2021/12/01)

1つは南アフリカで感染者のゲノム解析が十分に行われず、見逃されたまま変異を繰り返していた。2つ目は、同じ感染者の体内で長期間に渡り変異を繰り返し蓄積された。3つ目は初期の型から、動物に感染し、動物体内で変異して、再び人に感染したというシナリオだ。現在もオミクロン株の出現ルートは不明だが、3番目の動物関与の場合、新型コロナウイルスに感染しやすい中間宿主動物の特定や動物体内でのウイルスの変異が分かれば、これからの変異株予測にも役立つ可能性がある。

最初に人への感染を介在した中間宿主だけでなく、人から新たに動物に感染し、その動物集団で感染を繰り返す場合は、ウイルスの新たな保菌動物(reservoir)となる。日本ではペットや野生動物への感染は起こっていないが、ヨーロッパでは毛皮用に養殖されているミンクや、米国ではオジロシカの集団で高い頻度の感染が問題になっている(米国農務省,2022/04/11)

養殖ミンクは人間の身勝手で殺処分されるが、野生のオジロシカ集団にウイルスが広がったら、人間は制御できない。保菌動物集団にウイルスが存続し、新たな変異株を生ずる可能性もある。起源動物や中間宿主の特定は、今後のコロナ対策にとっても重要なのだ。

2020年10月、野生動植物の宝庫、中国雲南省で開催予定だった生物多様性条約国会議(COP15)は何回か開催延期を繰り返した末、ついに中国政府が開催を断念した(6月21日)。代わりに12月にカナダで開催される予定だが、ゼロコロナ(完全封じ込め)政策を進め、コロナ起源問題も蒸し返されたくない中国にとっては、仕方のない決定だったのかもしれない。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介