科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

コロナウイルス2019の起源 再び研究所流出説 科学的な解明は進むのか

白井 洋一

2019年10~11月頃に、中国・武漢市で最初の感染が確認された「新型コロナウイルス」。海外では2020年1月からCovid-19と呼ばれていたが、日本も「コロナウイルス2019」と呼称を変更するようだ。これで2019年が感染症の始まりだったと記憶に残るが、この感染症がどのようにして発生したのか、海鮮市場の野生動物由来か、ウイルスを扱う研究施設からの流出事故か、それとも第3の原因か、起源は今も不明のままだ。

2月27日、メディア各紙は「新型コロナの起源は武漢研究所 米国エネルギー省分析」と伝えた。出所はウォールストリートジャーナル電子版(2023年2月27日)だ米国にはCIA(中央情報局) 、FBI(連邦捜査局)など多くの情報機関があるが、野生動物由来説と研究施設流出説で調査機関によって割れており、政府も結論を出していない。今回のエネルギー省の分析も「情報の確度は低い」と断っており、(今のところ)具体的な証拠を公表していない。しかし、以前から流出説を主張し、政府に再調査を要求してきた共和党は勢いづいている。世界保健機関(WHO)も動揺している。メディアの社会面が騒ぐ、政治絡みの要素が強いのだが、これまでを振り返り、この先、果たしてサイエンスに基づく起源解明が進むのか考えてみたい。

●起源解明調査 これまでの動き

過去の当コラムでも書いたが、これまでの経緯を振り返る。

・2019年10~11月頃 中国・武漢市で新型コロナ感染症発生

・12月31日 中国 WHOに新規肺炎の発生を通報

・2020年3月11日 WHO パンデミック(世界的流行)宣言

・5月19日 WHO総会 中国 終息後を条件に起源調査に同意

・2021年1月14日~2月10日 中国17人と国外17人の専門家による合同調査実施

・3月30日 合同調査報告書発表 4つのシナリオの可能性を検証

合同調査では可能性の高い順に4つのシナリオを評価した。
1.感染源動物から中間宿主動物を介して人に感染した。評価は「可能性が高い~非常に高い」
2.感染源動物から直接人に感染した。評価は「可能性あり~高い」
3.海外から輸入した冷凍食品により感染した。評価は「可能性あり」
4.武漢ウイルス研究所から(なんらかの原因で)流出し市中感染した。評価は「きわめて可能性が低い」
合同調査とは言え、外国人専門家の行動は制限され、中国側の厳重な監視下で行われた。武漢ウイルス研究所や華南海鮮市場の訪問も限られていた。中国の提供した資料は生データ(原簿)ではなく、「2019年12月の武漢市民7万6千人からウイルスは検出されなかった」、「約8万匹の野生動物から類似の遺伝子配列は検出されなかった」など、行政府がまとめた結果一覧であり、専門家でなくても不満の残るものだった。

・2021年8月27日 米国政府 中央情報局(CIA)、連邦捜査局(FBI)、国防情報局(DIA)など複数の情報機関の再調査結果を発表。

(1)武漢ウイルス研究所から流出して市中感染、(2)自然に動物から人への感染のどちらも決定的な証拠は得られず特定できず。ただし、研究所流出については、生物兵器として開発されたり、遺伝子組換え技術によって操作された可能性はないと断定し、ウイルスの封じ込めなど安全対策の不備による事故の可能性を示した。

・2021年10月13日 WHO  2回目の中国現地調査の研究者27人を発表。

・2022年6月9日 WHO 文献情報に基づく「予備的報告書」発表。中国に現地調査と情報提供を改めて要請。しかし、2023年3月時点で2回目調査は実現せず。

詳細は当コラム参照
・中国は2回目の調査に協力するのか(2021年8月4日)
・起源解明 WHO報告書から新情報をさぐる(2022年6月29日)

●研究所事故流出説 共和党の主張する根拠

今回のウォールストリートジャーナル記事は流出説の具体的証拠を示していないし、過去の流出説でも論理性に欠けるものも多い。そんな中、2022年10月27日、米国共和党調査スタッフが発表した「Covid-19パンデミックの起源解明」という報告書は参考になる。

これは、米国の中間選挙直前の発表で、共和党が議会で多数派になったら、さらに起源解明するというものだ。そのため、「選挙向けで、決定的証拠、新たな事実はない」とScience News(2022/10/27)は冷ややかな反応だった。

しかし、共和党のレポートは、今までに公開された情報や文献から、研究所流出の可能性が高いと判断したと断っており、新たな事実がないのは当然だ。レポートは3項目に分けて分析している。

(1)動物からの感染の可能性
(2)武漢ウイルス研究所での過去の事故事例
(3)感染初期の中国のワクチン開発
(4)総合分析

内容は以下のとおりだ。

(1)起源はコウモリで中間宿主動物を介して人に感染したとする科学論文が多いが、中間動物が1例も見つかっていない。武漢の海鮮市場で最初に見つかった感染者のウイルス型はコウモリ由来のウイルスと大きく異なり、その間のギャップは大きい。
(2)ウイルス研究所では、生物安全レベル(BSL)のレベル2、3施設で過去に何度か事故が起きており、最も厳重なBSL4施設の維持管理の予算も十分ではなかった。
(3)2020年1月以降、ワクチン開発に向けた中国の取り組みは非常に早く、第1相の臨床試験までの日数は67日で、英国(103日)、米国(185日)よりきわめて短い。コロナウイルスの全遺伝子情報が解析されたのは2020年1月11日で、それから各国が一斉にワクチン開発を始めたが、中国のスピードは突出している。
(4)これらの結果から、野生生物説、研究所流出説、どちらも決定的証拠はないが、流出説の可能性が高いと判断した。

科学的説得力は弱い、消去法的な結論ではあるが、なるほどと思える点もある。多くの科学者、研究者はコウモリから中間宿主動物を介して人に感染した可能性が高いと主張しているが、今までに中間動物から1体も近似のウイルス型が見つからず、動物の種類も予測できないのは不思議といえば不思議だ。

武漢ウイルス研究所でBSL3の施設でコウモリの研究が行われていたのは公表されている事実なので、安全管理上のミスによる事故の可能性は否定できない。しかし、どうやって研究所から武漢の海鮮市場か、あるいは別な場所を経由して武漢市中に広がったのかは不明のままだ。

●世界保健機関も動揺 中国再調査は実現するか

今回の発表をめぐってWHOは混乱しているようだ。実は2月14日に、「WHO 中国への2回目の起源調査を断念か」という記事がNature News(2023/02/14)に載った。

2021年10月に2次調査のメンバーを決めたが、中国から協力の姿勢は見られない。今から現地調査に行っても、海鮮市場や研究所が当時のままの状態で残されているわけではない。初期の状況を知るにはあまりにも時間が経ちすぎている。WHOの公式発表ではないが、現実を反映したあきらめムードの記事だ。

しかし、米国エネルギー省の発表後、3月3日にWHOのテドロス事務局長は「起源調査計画は断念していない。中国に引き続き協力を求める」と強調した(ロイター通信 2023/03/03)WHOとしては、いまさら現地調査しても得ることはないから断念するとは決して言えないだろう。

2月14日のNature Newsで1つ明らかになった科学的知見は、感染が拡大する前の2019年9~12月の武漢市民の血液データの解析結果だ。2022年公表とあったが、2023年1月にProtein Cell に論文が掲載された。

今までは、武漢の献血センターに保存されている8万8千人の血清データと報道されていたが、新型コロナウイルスに対する抗体反応の有無を調べたのは約半分の4万3千検体だった。1次、2次検査の結果、抗体反応は1人も確認されなかった。論文では、2019年12月以前に、すでに武漢市内で新型コロナウイルスに感染していたという証拠は、今回の検査からは示されなかったと結論している。Protein Cell は中国の学会誌であり、論文の校閲チェック体制はどうなのかという疑問も残るが、今ところ、この論文の内容への異議、批判は少ないようだ。

●中国の失策

米国では3月8日から共和党主導でコロナウイルスの起源に関する議会公聴会が始まった。下院で多数派となった共和党は、4人の陳述人のうち、3人を流出説強調者で固め、民主党多数派時代の解明追及の甘さを攻撃するなど政治的要素の強い公聴会となったようだ(Science News, 2023/03/08)。今後も、米国の議会では、科学的事実に基づく起源解明は期待できないだろう。

中国は今回の米国エネルギー省の発表や議会の動きを、「政治的」「偏見を持った犯人探し」と強く批判している。中国はおそらくWHOの現地調査には応じないだろうし、起源解明につながる新たな科学的証拠や情報を提供しないだろう。

このまま迷宮入りになるのか、内部告発によって、真実が明らかになるのか分からないが、1つ忘れてはならないことがある。2019年11月には、武漢市内で多くの原因不明の肺炎患者が出ていたのに、武漢市や湖北省、中国政府は感染症としての対策をとらず、市中感染を拡大させたことだ。中国がWHOに通報したのは2019年12月31日(ないしは年明けの1月3日)になってからで、海外への出国を制限したのは1月23日だ。この間にコロナウイルスは世界中に広がった。発生起源の問題はさておき、初期対応の遅れは中国の大きな失策だった。これは忘れてはいけないことだと思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介