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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

新型コロナウイルスの発生起源 中国は2回目の合同調査に協力するのか?

白井 洋一

2019年10~11月頃に中国・武漢市で最初に確認されたと言われている新型コロナウイルス感染症。2021年3月30日、世界保健機関(WHO)は現地調査報告書を発表し、4つのシナリオの可能性を検証したが、人への感染経路は不明のままだ。

5月下旬、米国の大手メディアから、中国の武漢ウイルス研究所から事故によって流出したのではないかという記事が出た。トランプ大統領時代にも流れていたが、欧米のメディアは正面から取り上げなかった説が再燃している。7月16日、WHOは武漢研究所の監査を含む2回目の現地調査を提案した。これに対して、中国政府筋は、3月の調査報告で研究所流出説は否定された、科学を無視した政治的思惑の強い再調査には応じられないと反発している。

これらの報道で気になるのは、日本のメディアでも「3月の調査報告で研究所流出説は否定された」と中国の主張をそのまま伝える記事が多いことだ。3月の合同調査報告書で、どんなデータが提出され、どのように検討されたのか詳しく書いていないものも多い。WHOの調査は犯人探しではなく、今後の再発防止のために感染源を明らかにするのが目的だ。合同調査の内容を含め、これまでの動きを整理する。

●主な動き

  • 2019年10~11月頃 中国・武漢市で新型コロナ感染症発生
  •    12月31日 中国、WHOに新規の肺炎発生を通報
  • 2020年5月19日 WHO総会 中国が終息後を条件に発生起源調査に同意
  •    11月11日 WHO  現地調査の具体案示す
  • 2021年1月14日~2月10日 中国17人と中国外17人の専門家による合同調査実施
  •    3月30日 WHO 合同調査報告書発表 4つのシナリオの可能性を検証
  •    3月30日 日米欧など14国 報告書の内容に懸念を示す共同声明
  •    4月12日 WHO、OIE(国際獣疫事務局),UNEP(国連環境計画)連名で食品市場での野生動物販売禁止を呼び掛け(3月30日の報告書には言及せず)
  •    5月24日~5月31日 WHO総会
  •    5月26日 バイデン米国大統領 コロナウイルス起源に関し米国情報機関に再調査を指示
  •    7月16日 WHO  武漢研究所の監査を含む2回目の現地調査案を提示
  •    7月22日 中国国家衛生委員会 WHOの提案拒否 米国などの中国敵対視を改めて批判

●合同調査の結果

2021年3月30日、WHOと中国側それぞれ17人の研究者による合同調査の報告書が発表された。調査終了時には、すぐに概要を発表し、数週間後に全体版を出すとしていたが、延び延びになり、全体版(120頁)が3月末に出た。

WHO報告書 WHO-convened global study of origins of SARS-CoV-2: China Part

この報告書は今後の再発防止のために起源を調査するのであって、中国側の責任を追及するものではないと断っている。そのうえで(1)今回の調査は中国側が用意したデータを審査したもので、(2)次の段階の調査では、WHOや中国外の研究者が求めている現地調査や生の原簿データの調査を求めると明記している。後でもふれるが、この文書の書きぶりにしても中国側の要求と抵抗があったことが予想される。

メインは4つのシナリオの検証だ。起源の可能性は1から4の順だ。

  1. 感染源動物から別の中間宿主動物を介して人に感染した。これは「可能性が高い~非常に高い」(likely to very likely)と評価される。
  2. 感染源動物から直接人に感染した。これは「可能性あり~高い」(possible to likely)。
  3. 海外から輸入した冷凍食品により感染した。これは「可能性あり」(possible)。
  4. 武漢ウイルス研究所から(なんらかの原因で)流出し、市中感染した。これは「極めて可能性が低い」(extremely unlikely)。

5つ目のシナリオとして、中国・武漢で確認される前の2019年9、10月頃にイタリア北部で新型コロナ患者が発生していたという論文は、遺伝子配列データの信頼性に問題があるとして、検討対象から除外された。

もっとも可能性が高いとされた1のシナリオでも、感染源動物(おそらくコウモリ)と中間宿主動物の種名はわかっていない。中国国内の8地域で約8万匹の野生動物の遺伝子配列を調べたが、類似した配列を持つ個体は存在しなかった。武漢の海鮮市場で売られていた動物から感染個体は見つからなかったというのが中国側の示したデータだ。

検証の結果、研究所流出説が強く否定され、中国への輸入食品の可能性が残されたので、中国側にとっては満足できる報告書だろうと、皮肉を込めて報じる欧米メディアも多かった。研究所流出説だけ、非常に高い安全基準(バイオセーフティーレベル、BSL)で管理されているので、extremely unlikelyと強調したのも、やや奇異に感じる。

●共同調査の実態は

WHOの報告書でも、(1)今回の調査は中国側が用意したデータを審査したもので、(2)次の段階の調査で、現地調査や生の原簿データの調査を求めると明記している。さらにこの報告書に対して、欧米や日本、豪州など14国は中国が十分にデータを提供していないと不満と懸念を示した。

WHO自身、中国側が提出したデータや調査団の扱いに不満なのはあきらかだ。現地調査の内容、提出されたデータはどんなものだったのか。Science News(2021/03/30)Nature News(2021/04/01)が詳細に紹介している。

調査は1月14日から2月10日までだが、最初の2週間、中国外研究者はコロナ対策で隔離されたので、実際の調査は1月29日から2月9日までだった。研究所や海鮮市場の見学には、中国側研究者だけでなく、多くの研究者以外の役人が同行し、常に研究者の行動を見守っていた。「監視されているようだった」とつぶやく研究者もいた。

武漢研究所の視察(見学)はわずか数時間で、WHO側が要求した実験記録や生データは提示されず、研究所に保管されているコウモリの冷凍サンプルデータも拒否された。中国側がまとめた集計結果だけから、可能性を検証したのだ。

武漢で最初に多数の感染者が出たとされる華南海鮮市場はすでに閉鎖されており、周辺を見学しただけだった。他の海鮮市場、野生動物市場も含めて調べた動物の遺伝子配列データも、実験記録付きの生データではなく、中国側がまとめた一覧だった。中国は野生動物の市場取引を禁止しており、海外からの違法輸入も(今は)ないというのが、中国の公式見解だ。今後、野生動物の調査をどう進めるのかも明らかにされていない。

華南海鮮市場以外から感染が広がった可能性もあるため、武漢市血液センターに保管されている2019年秋から初冬の約20万人分の血液データを調査する必要がある。新型コロナウイルス感染症の抗体が確認され、頻度も分かれば、感染源解明は進むと考えられるからだ。しかし、中国側は個人情報などさまざまな理由から、情報開示に応じなかった。

武漢研究所はもっとも高い安全基準(バイオセーフティーレベル4、BSL4)で実験しているので、誤って流出することはないという説明に疑問を持つ研究者もいる。中国の研究者自身、最高基準(BSL4)ではなく、より緩いBSL3やBSL2でコウモリの実験をしていたと認めた2020年7月24日のScience Newsにはまったく触れていないからだ。

●8月下旬 米国は再検証結果を発表予定だが

5月26日、バイデン大統領は研究所流出を含めコロナウイルスの起源に関し、政府の情報機関に再調査を命じた。これは5月23日に、米国のウォールストリートジャーナルが2019年11月に武漢研究所の研究者が体調を崩し病院で治療を受けたと報じたのがきっかけだが、トランプ大統領時代に出たさまざまな疑惑説も含め調査の対象だ。調査の期限は90日以内としたので、8月下旬にはなんらかの報告が出ることになる。

どんな報告が出るのかわからないが、研究所流出はvery likely(高い可能性がある)か extremely unlikely(きわめて可能性が低い)のような、断定できる結論は得られないと思う。米国は中国に対し、WHOが要求したようにWHO主導の調査に応じるよう強く要求するだろう。

これに対して、中国は3月末のWHO報告書で決着済み、中国を犯人視した調査には協力できないと拒否し、武漢研究所の査察や生データの提出には応じないだろう。もっとも可能性ありとされた野生動物由来の調査も公開で進展しない可能性がある。

起源解明は進まず、平行線、泥沼の状態が続く。研究所流出疑惑はさらに増幅し、中国にとっても他国にとっても良くない国際関係が続くのではないかと危惧される。

6月8日のNature News「 COVID研究所リーク説、:科学者が知っていることと知らないこと」に書いてあることがすべてだ。

リーク説や人工ウイルス説に根拠は無いのに、何故、科学者は否定できないのか?

それは、3月のWHOの調査報告で、中国の情報隠しがあるからだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介