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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

近未来への備えと直面する現実への対応 米国農務省改訂案を深読みする

白井 洋一

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2017年3月9日、全米科学アカデミーは、「将来のバイテク製品への準備」と題する提言レポートを発表した。

これは2015年7月、ホワイトハウスの科学技術政策局(OSTP)が出した「バイテク製品の規制や管理について管轄する3省庁で再検討し、時代に合ったものにしなさい」という宿題の1つで、「将来の状況を分析する権限を役所以外の第3者機関の専門家に与えなさい」に応えたものだ。

1月19日に農務省と食品医薬品庁(FDA)が、ゲノム編集など新規バイテク製品の規制対象の考え方などを示した改訂案を出しており、これでOSTPからの宿題に一応すべて回答したことになる(詳細は2月9日、宗谷敏さんの「GMOワールドII」を参照)。

日本のバイテク研究者はゲノム編集を使った作物や動物が規制の対象となるかどうかが最大の関心事のようだ。米国でもFDAの厳しい規制案に対しトランプ政権は緩和令を出すのではないかという憶測も流れている。しかし、今回の一連の発表で私が注目したのは新規バイテク製品の規制対象よりも、直面するトラブル回避をめざした農務省の改訂案だ。

全米科学アカデミーの提言

内容はごく常識的なものだ。近未来(5から10年以内)に新規のバイテク製品はさまざまなタイプのものが多数、市場に登場する。今の3省庁の規制システムで対応できるものもあるが、重複するものやどこも対応できないものもある。その中には人の健康や環境にリスクを及ぼす可能性があるものもあり、人々の懸念に応えるためにも、的確なリスク分析法を開発する必要がある。過剰な規制やコストを課すことにならないよう、バランスのとれたものにする必要がある。そのためには、関係官庁や研究機関の規制科学分野に予算、人材を投資すべきというのが結論だ。学者の提言としてはこんなものだろう。

前回2008年農務省案は廃案に

農務省のバイテク製品(作物)に関する改訂案は、将来への対応とともに現実に直面するトラブル対策に多くを費やしている。今回の提案の前に、2015年2月に廃案になった2008年案をふり返ってみる。

2008年10月に出た改訂案の最大のポイントは、いままで届け出制で、当局の許可(事前審査)を必要としなかった小規模(10エーカー以下)の試験栽培も許可制に変更することだった。背景には害虫抵抗性トウモロコシ(Bt10)や除草剤耐性イネ(LLライス)などの試験栽培系統が、市場ルートに微量混入して輸出市場が大混乱したことがある。また、除草剤耐性アルファルファとビートの農務省の環境影響評価が不十分(連邦環境政策法違反)であると環境市民団体に訴えられ、裁判の形勢が不利だった時期でもある。

この提案には反対が相次ぎ、2009年の再提案でもまとまらず、結局2015年2月に農務省は断念した。この間、規制強化につながると反対した大学や研究所は、市場ルートへの流出を防止するための自主的なガイドラインを作り実行した。大手バイテクメーカーも社内の管理体制を強化し、最近は中国が輸入未承認のうちに商業栽培を始めたS社のトウモロコシ以外は大きな貿易トラブルはおきていない。環境影響評価も2段階システム(最初は開発者自ら、次に農務省)に強化された。特別な法律改正をしなくても、開発者側の自主管理と現行法の運用で、当時の課題の多くは解決できたと言える。

今回2017年農務省案のおもな内容

2017年1月に出された農務省改訂案は、2016年2月に提案した第1案の続編にあたるが、大幅に追加変更されている。ポイントは以下の通りだ。

1. まず規制ではなく、アグロバクテリウムなどを使って植物ペストとなるか、あるいは有害雑草化する可能性があるかを判断し、可能性のないものは規制対象にしない。
2. ゲノム編集など新規技術を特別扱いするのではなく、植物ペスト化あるいは有害雑草化の可能性から規制対象とするかどうか判断する。
3. 規制対象となるかならないかを開発者、申請者に早期に明示し、時間とコスト負担をへらす。

植物ペスト化だけでなく、有害雑草化を規制対象に加えた理由として、植物ペストの可能性がなくても、有害雑草化する場合もあり、バイオ燃料用のスイッチグラス(イネ科キビ属)を例にあげている。スイッチグラスは雑草化する性質があるので、バイオ燃料用に改良された品種は、組換え品種であるかないかにかかわらず注視する必要があるということで、大面積の商業栽培では考慮に値する指摘だ。このほか、ゲノム編集や新育種技術でも、用いる植物や導入する形質によって事例ごとに有害雑草化について検討するとしている。

改訂案のQ&Aでは、当面する現実的問題への対応もあげている。

1つは除草剤耐性作物の農務省と環境保護庁の承認時期のずれからおこるトラブルだ。農務省は植物ペスト化と有害雑草化の観点から審査するので、トウモロコシ、ダイズ、ワタなど農地外で雑草化するリスクのないものは比較的早く承認される。しかし、これらの作物に使用する除草剤の安全性は環境保護庁が審査し時間がかかることもある。実際、農務省が先に承認し種子が販売されたため、未承認除草剤使用のトラブルが2015、16年に起きている。この対策として、(1)すべての承認がおりるまで種子を販売できないように法制化する、(2)すべての承認がおりるまでは種子を販売しないよう、メーカーが自主的に規制する案を提示している。この2つ以外にも、より良い対策があればあげてほしいと意見を求めている。

もう1つは、今回の提案が海外市場に理解されるかどうかだ。米国だけが新制度を作り、規制対象範囲を決めても、貿易相手国の理解が十分でないと混乱が予想される。この点に関して、隣国カナダ、メキシコや経済協力開発機構(OECD)加盟国に積極的に情報提供するとともに、他の主要貿易相手国の理解も得るよう努力すると強調している。輸出あっての米国農業だ。バイテク作物が右肩上がりで普及していった2000年代前半には、農務省発の文書にこのような記載はほとんどなかったので、過去の貿易トラブルから学んだ教訓なのだろう。

トランプ政権の影響は?

今回の改訂案は当初、3か月の意見募集だったが、2月10日にさらに1か月延長して6月19日までとなった。

利害関係者が十分に検討して意見提出できるようにというのが延長の理由だが、今回の提案が多少の修正でまとまるのか、あるいは2008年案のように廃案となるのか、今のところまったくわからない。2008年案では「すべて許可制には断固反対」など各界の意見がメディアに登場したが、今回は目立った動きは伝わってこない。

行政の関与を減らし規制緩和路線のトランプ政権が介入するのではないかという見方もあるが、私はトランプの影響は大きくないと思う。トランプ政権は、環境保護庁予算30%カットとともに農務省予算も21%カットする2018年度予算案を議会に提出した(Farm Press、 2017年3月16日)。

農務省予算の約7割は低所得者向け食料費援助(SNAP、以前フードスタンプと呼ばれていた)だ。 2016年には約4300万人が援助を受けており、政府予算削減を掲げる共和党議員でも簡単には同意できないだろう。2018年11月には中間選挙があり、下院議員全員と上院議員3分の1が改選される。これだけでなく、外交、貿易、移民労働者、医療保険でつまずき、CIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)とも敵対するトランプ政権は早々に行き詰るのではないか。トランプ政権でこれからどうなるとあれこれ予測するよりも、現実無視の暴走路線がいつまで持つのか見極めるのが先のように思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介