科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

迷ったら最初に手にしよう:これでわかった!食事摂取基準34(最終回)

児林 聡美

エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介してきました。
前回までで、本文の内容の解説は終了しました。
今回は最終回ということで、まとめをお送りしたいと思います。

これまでの食事摂取基準の学びの重要ポイントをふり返りながら、私たちは日々の食事をどうすればよいのか、あらゆる食情報をどう扱えばよいのか、というところまで目を向けてみましょう。

●改めて、大切なのは基準値以外

第1回の食事摂取基準の解説の連載が始まったときにまずお伝えしたように、食事摂取基準は1日に摂取すべきエネルギーと栄養素の摂取量の基準を示すものです(基準値なのに大切なのはそれ以外?:これでわかった!食事摂取基準1)。

改定されるたびに、基準値である指標の値がいくつになったのか、その値が注目されます。
けれども、その値の意味や、その値に決まった背景が分からなければ、正しく使うことはできません。

「総論」では、指標の種類とその意味、活用の仕方が細かく解説してあります。
たとえば、目標量とは、真の目標値に到達するための中間的目標値といった意味合いが大きい指標です(「栄養素○○が健康にいい」はありえない:これでわかった!食事摂取基準4)。
この値に達成して安心するのではなく、もっと減らす(または増やす)ことが可能ならば、目標量にこだわらずに、その人用の新たな目標量を目標に設定していきたいところです。

また、「各論」では、個別の栄養素の指標の値がなぜその値に決まったのかが解説してあります。
たとえば、ビタミンB1は、欠乏実験の研究結果が十分にないため、もうこれ以上摂取しても吸収されない「体内飽和量」という値を参考に、推定平均必要量や推奨量が定められています(指標を下回っても慌てないで、ビタミンB1とB2:これでわかった!食事摂取基準18)。

そのため、推定平均必要量を下回ったとしても、すぐに欠乏症が生じるとは考えにくいのです。
災害時などにビタミンB1の摂取量が推定平均必要量を下回る日が数日続いたとしても、他の栄養素より深刻な問題ではない可能性があります。
急いでビタミンB1の摂取量を増やそうとする前に、他の栄養素の摂取状況はどうか、この摂取状況があとどのくらい続きそうかなどを考えながら、対策をとりたいところです。

このように、指標の値を記憶しているだけでは、その値を日本人の健康のためには正しく使えないのです。本文の内容をよく確認したうえで、正しく使うようにしてほしいと思います。

●当たり前こそ大切に

食事摂取基準では、34種類というたくさんの栄養素の指標が定められています。
改めて、以前に食事摂取基準の構成を説明した回(エネルギーなのに体重で管理?:これでわかった!食事摂取基準11)に使った図(図1)で、どのような栄養素の指標が定められているのかを確認してみましょう。

図1. 食事摂取基準(2020年版)各論の基本構造

たんぱく質、ビタミンC、鉄…、というような栄養素があり、多くは小中学校や高校の理科や家庭科でも習うような、有名で、よく耳にするような栄養素ではないでしょうか。

どの栄養素の指標の値を策定するかは、健康増進法という法律で決められています。
日本人の健康の保持・増進のために、不足しないように十分摂取することが望まれる、または摂りすぎると問題になる、とこれまでの状況や研究結果などから分かっている栄養素に関して、食事摂取基準が策定されるのです(図2)。

図2. 健康増進法に基づき定める食事摂取基準(文献1 Ⅰ図2):食事摂取基準を定めるとされている栄養素は健康増進法で定められています。

そうはいっても、指標を策定できるほどの研究結果が存在しなければ、指標の値は策定されません。
指標の値は、科学的根拠、つまり研究論文の結果をエビデンスとして活用し、エビデンスに基づいて策定されます。
食事摂取基準の指標の値自体が、その栄養素をこのくらい摂取するとよいと示している信頼度の高い食情報です(「エビデンスに基づく」が信頼度をはかるキーワード:これでわかった!食事摂取基準5)。

指標の値が定められていないような栄養素や化学物質よりも、食事摂取基準の指標の値は信頼度が高いわけですから、食事改善の中では優先して参照されるべきです。

日常生活で目にする食情報を見てみると、たとえばβ-クリプトキサンチンとか、レスベラトロールとか、イヌリンとか、健康によい影響を与えてくれそうな、あまり聞いたことのないかっこいい名前の化学物質がたくさん出てきます。
耳馴染みのない新規の物質にはつい期待をしてしまいがちですが、そのような物質に食事摂取基準は定められていないわけです。

つまり、これらを摂取することが健康の保持・増進に必須かどうかは、まだよくわからないということです。
それよりもまずは当たり前に聞いたことのある栄養素に関してのよく聞く当たり前の情報、たとえば「食塩は少なめに」といった食情報を大事にしていきたいものです。

●食事だからこそいい

食事摂取基準の指標の値を満たした食事すれば、健康に近づく可能性は大きくなります。
とはいえ、これを通常の食品以外の食品、たとえば健康食品やサプリメントといった形の食品から摂取して十分か、というと、それはわかりません。
指標決定の根拠にしている研究は、通常の食品から各栄養素を摂取しているものに限っており、サプリメントなどから摂取した場合にどうなるかまでは検討されていないのです。

各栄養素をサプリメントではなく、通常の食品を使った食事から摂取することの利点もあります。

たとえば、食品を摂取することによって、食品中の水も摂取することができます。
そして、日本人は飲み物由来ではなく食物由来の水の摂取が多いとの報告があります(基準値考慮不要?なクロムとモリブデン、必須なのにない水:これでわかった!食事摂取基準27)。
生命維持に必須なのにまだ基準値が示されていない水を十分に摂取するためにも、栄養素を凝縮させたサプリメントのような形ではなく、食品を食事として摂取することは効率的です。

●センターラインの役割

細かく数値の示された食事摂取基準を見ていると、食事を改善するということはとても難しく、途方もない難題のように思われることもあるかもしれません。
けれども食事摂取基準の指標の値はそもそもどういう値なのか、振り返ってみましょう。

食事摂取基準は「1日当たり」を単位として表現した量です。
つまり、実際にはおおむね1か月間程度の摂取量を平均した習慣的な摂取量が、食事摂取基準を満たせばよいわけです(指標活用のために必要な相棒とは?:これでわかった!食事摂取基準7)。

そして、常にきっちり守らなければならない値というわけでもありません。
食事摂取基準はガイドラインであり、道路のセンターラインのように扱うべきです。
走行中の車であれば、ときには事故が起こらないように、センターラインを超えて他の車を追い越す必要もあるでしょう。

このように、必要ではありますが、活用する対象者の特徴、背景、活用の場面に応じて、そのラインを起点に、柔軟に判断して活用すべきものなのです(ひとつの指標の決定に32の値の判断:これでわかった!食事摂取基準6)。
ぜひ、固くガチガチに考えずに、柔軟に考えてください。

●「基準値」と「現在の食習慣」を常にセットに

このように策定されている食事摂取基準は、食事や栄養を業務にする人たちの科学的根拠の拠り所です。
栄養業務を実践するには、食事摂取基準がすべてと言っても過言ではないように思います。
信頼できる食情報の宝庫である食事摂取基準を、様々な場面で活用していただきたいです。

一方で、基準値だけでは不十分という面もあります。
食事摂取基準の活用には、対象者の「食事調査によって得られる習慣的な摂取量」が欠かせません。
「現在の習慣的な摂取量」が基準値に比べて少ない(または多い)とわかったときに初めて、その栄養素を減らす(または増やす)といった改善ができるようになり、基準値の活用につながるのです(指標活用のために必要な相棒とは?:これでわかった!食事摂取基準7)。(図3)

図3. 食事摂取基準の中で示されている食事摂取基準活用法の概要図(文献1 Ⅰ図7):食事摂取基準を活用して食事改善を行うためには、各指標(右上)のみではなく、対象者の習慣的な摂取量(左上)が必要です。この2つを比較して差があることが分かったときに初めて、食事をどのように改善する必要があるのかが明確になります。

これは日常の食情報も同様です。
「○○は体によい」というだけで、その栄養素や食品を食べ増やすことはないでしょうか。
このときも、その栄養素や食品の現在の習慣的な摂取量がそもそも足りないのか、摂取を増やす必要があるのか、を一度見直す必要があります。
そのあとで、その栄養素や食品を食べ増やすかどうかを考えることが必要になります。

●迷ったら食事摂取基準に立ち返る

世の中に氾濫する食情報を鵜呑みにして試そうとする前に、ぜひ考えていただきたいことがたくさんあります。
まずその食情報は食事摂取基準のように信頼できる食情報なのか。
その情報を活用する前に優先する食事の課題はないのか。
簡単にその食情報を活用する(サプリメントなどで摂取するなど)ことで生まれる新たな弊害はないのか。
そもそもその食情報は自分にとって必要な情報なのか。

食事摂取基準を深く学ぶことで、食事や食情報と正しく付き合うコツが少しずつ分かってきたところでしょうか。

日常の食事を考えるとき、食情報を判断するときなど、食事のことで何かの行動を起こそうとするけれども迷うときは、最初に食事摂取基準を手に取る。
食事摂取基準と今後もそんな付き合いをしていただけたらいいなと思います。

参考文献:

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.

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児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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