科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

「栄養素○○が健康にいい」はありえない:これでわかった!食事摂取基準4

児林 聡美

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国が公表している、エネルギーと栄養素の摂り方に関するガイドラインである「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」はどういうものなのか、その内容を連載でご紹介しています。

食事摂取基準では、各栄養素の摂取が、1) 摂取不足にならないこと、2) 過剰摂取にならないこと、3) 生活習慣病を予防すること、を目的にして、5種類の指標を定めています。

前回はこのうち、1)の摂取不足にならないことを目的に定められた指標である、①推定平均必要量と②推奨量を説明しました(書かれていない秘密の前提や仮定とは?:これでわかった!食事摂取基準3)。
今回は残りの指標を見ていきたいと思います。

●目安量が語る栄養疫学研究の現状

目的1の「摂取不足にならないこと」を達成するための指標には、前回説明した推定平均必要量と推奨量という2つの指標があります。
必要量を調べた研究結果が存在する場合には、これら2つの指標を設定することが適切で、まず優先されます。

けれども、栄養素によっては、必要量を調べた研究結果が存在しないものもあります。
たとえば、はっきりとした欠乏症が現れないような栄養素では、必要量を調べる研究を実施することは難しいです。

このように、推定平均必要量や推奨量を定めたいけれども、研究が不足していたり、研究ができなかったりして、それらを定めることができない場合に設定されるのが、3つめの③目安量という指標です。

目安量は、次のような手順で定められます。

①もし、ある集団の健康状態と栄養素摂取量を調べた調査が行われていて、その調査結果からその栄養素の不足状態を示す人がほとんど存在していないような場合には、その結果から得られた栄養素摂取量の中央値を目安量とします。

②健康状態は調べてられていないけれど、健康な日本人を対象に、栄養素摂取量を調べた調査結果がある場合には、その結果から得られた栄養素摂取量の中央値を目安量とします。

これらの調査は多くの場合、成人を対象にしているものが多く、乳児の場合はこの方法で目安量を定めることができません。

③そのため、乳児の目安量は、母乳中の栄養素濃度と母乳の哺乳量を調べた研究結果を基にして、栄養素濃度と哺乳量の積から算出された栄養素摂取量を目安量とします。

この手順①~③で用いられる調査結果というのは、論文化されていないものも含まれています。

食事摂取基準の本文中には、目安量は「十分な科学的根拠が得られず『推定平均必要量』が算定できない場合に算定するものとする。」とあります。
つまり、目安量が定められている栄養素というのは、十分に研究が行われていない栄養素、ということを物語っているのです。

目安量は、少し根拠があいまいなまま「この程度摂取しているときにほとんどの人で不足していない量である」と分かったときの量であり、実際の必要量よりはかなり多い可能性もあります。

●疫学研究を根拠にしにくい耐容上限量

次に説明するのは、食事摂取基準の目的2である「過剰摂取にならないこと」を達成するための指標です。
この指標が4つめの指標である、④耐容上限量です。

この量を超えると、過剰症のリスクがゼロではなくなり、過剰症の可能性が生じてくるため、すべての人でこの量を超えないことが求められています。

実は5つの指標のうち、ほかの4つは、「通常の食品」からの摂取を対象にしていて、健康食品やサプリメントなどの「通常の食品以外の食品」から摂取した栄養素の量は考えていません。
けれども、耐容上限量は他の指標とは異なり、健康食品やサプリメントからの摂取も含めた摂取量で考えます。

過剰に摂取する場合というのは、通常の食品では起こらなくても、このような通常の食品以外の食品を摂取することよって起こることが頻繁にあるからです。

耐容上限量は、理論的には「健康障害が生じない最大の量(no observed adverse effect level:NOAEL)」と「健康障害が生じる最小の量(lowest observed adverse effect level:LOAEL)」の間となるはずです。

これらを、ヒトを対象にした研究で調べられればよいのですが、もしLOAELを調べようと思ったら、対象者に健康障害を引き起こさなければならず、そのような研究は倫理的に許されません。

そのため、ヒトで研究されることはほとんどなく、細胞実験や動物実験で得られたNOAELやLOAELの量の10分の1程度の量であればヒトが摂取しても問題はないとみなして、それらの量の10分の1として設定することが多いです。

もし、症例報告といった形で、通常の食品を過剰摂取したヒトの健康障害の論文があれば、細胞実験や動物実験よりもヒトの研究結果を優先して活用することになっています。

その場合、ヒトの個体差を考えてその論文の値の5分の1の値としたり、その論文の値をそのまま使ったりすることになっています。

●実現可能性を考慮した目標量

食事摂取基準の目的3である「生活習慣病を予防すること」を達成するために定められている指標が、5つめの指標である、⑤目標量です。

食事摂取基準で扱っている「生活習慣病」というのは主に、1) 高血圧、2) 脂質異常症、3) 糖尿病、4) 慢性腎臓病の4つで、主に疫学研究の結果を用いて、これら4つの疾患を予防できると考えられる量を目標量として定めています。

けれども、この値を定めるのは、なかなか難しいものです。
例として、図1のような疫学研究結果があるとします。

図1. 目標量を定めるときに使われる疫学研究の結果のイメージ図:ある研究で、摂取量の最も少ないD1群の人たちのリスクを1としたときに、それより摂取量の多い集団であるD2、D3、D4はリスクが直線的に上昇するという結果が得られたとします。この場合、摂取量が少ない方がよいことはわかりますが、閾値が存在していないため、D1よりも摂取量を小さくするべきなのか、D1程度でよいのかが分かりません。                              

これは、対象集団をある栄養素の摂取状況に従って4群に分け、最も摂取量の少ない人たちを基準としたときに、それより摂取量の多い人たちがどの程度疾患のリスクがあるのかを検討した研究結果のイメージ図です。

結果は直線的な右上がりのグラフで示されていて、たくさん食べる人たちほどリスクが高いことが示されています。

このような場合、この研究結果に従って、摂取量をどの程度に抑えればよいのでしょうか。

少なめにしたほうがよさそうなことはわかりますが、具体的に摂取量をいくらにすればよいのか、この研究結果から判断することができません。

D1群の摂取量程度に抑えたいところですが、もっと少なくすれば、もっとリスクを下げることができるかもしれないからです。

このように「閾値」が存在しない研究結果が多く、目標量を定めるときはこのような疫学研究を参考にしつつ、現在の日本人の食事摂取量と比べたり、他国の食事ガイドラインと比べたりしながら、実現可能な摂取量となるように設定しています。

具体的には、この図1のように、D1群程度の摂取量にするとかなりリスクが低く望ましいだろうと思われるにもかかわらず、現在の日本人の摂取量(調査結果の中央値)がD1群よりも多い場合には、D1群の摂取量と現在の日本人の摂取量の中間値以下を目標量とする、としています。

反対に、多めに摂取すればリスクが下がって望ましいという場合、現在の日本人の摂取量がそれよりも少ない場合には、その望ましい量と現在の日本人の摂取量の中間値以上を目標量とする、としています。

このことから、目標量は達成しても安心というわけではなく、真の目標値に到達するための中間的目標値といった意味合いが大きいです。

現在の目標量を達成できたとしても、実際にはもう少し多いまたは少ないほうが良い場合もあり、本来はどの程度の摂取量を目指すべきなのかといった、指標設定の背景も知っておく必要があります。

そして、現在の日本人の摂取量が全体的に現在の目標量に近づけば、改定のたびに目標量は変化していき、真の目標値に近づくことになります。

●栄養素の名前だけでは健康に良い、悪いを判断できない

ここまでで、食事摂取基準で定められている5つの指標の意味が確認できました。

ひとつひとつの栄養素に関して、研究結果が十分に存在すれば、これらの指標がそれぞれ設定されています。
ある栄養素に関して、各指標のうちの推定平均必要量、推奨量、目安量、耐容上限量がどのような位置づけとなるのか、食事摂取基準の中には図2のような概念図が示されています。

図2. 食事摂取基準の推定平均必要量、推奨量、目安量、耐容上限量を理解するための概念図:それぞれの栄養素に対して、研究結果が十分に存在すれば、ここで挙げられたような食事摂取基準の指標が定められます。そしてどの栄養素でも、少なすぎれば不足のリスクが、多すぎれば過剰のリスクが生じます。推奨量と耐容上限量の間の青信号の範囲の摂取量を摂取しているときが、どちらのリスクもゼロに近い状態です。

これはとても重要な図です。
図の横軸は習慣的な摂取量を示しています。
左の縦軸には、その栄養素の「摂取不足」による健康障害のリスクの程度が示されています。

摂取量が少ない、摂取量が左寄りの場合には、摂取不足による健康障害のリスクが高く、ほとんどの人が危険という意味で、赤信号となります。
そして、摂取量が右に近づいて徐々に増えれば、摂取不足のリスクは減っていきます。

ただし、どこかで急にリスクがなくなるわけではありません。
リスクは少しずつ減っていき、推定平均必要量の量のところでは、おおよそ50%の人が不足のリスクありとなります。

つまりリスクは最初の半分になっているのです。
信号で言えば、赤と青の間ということで、黄信号です。
さらに摂取量が増えて、推奨量以上を摂取すると、ほとんどの人に不足のリスクがなくなります。

このあたりの摂取量を摂取できていれば、青信号というわけです。
そして、それ以上摂取しても、摂取不足のリスクに関しては、影響はありません。
青信号が続きます。

目安量は、不足のリスクがなく、すでに十分摂取されていると考えられている量ですから、推奨量よりも多い摂取量という位置に示されます。

一方で、摂取量を増やせば増やすほど、今度は右の縦軸の、「過剰摂取」による健康障害のリスクを考える必要が生じてきます。
そして、耐容上限量を超えると、そのリスクがゼロではなくなることから、青信号から再び赤信号が点灯する、ということになります。

このように、すべての栄養素に関して、不足しても、過剰になっても、どちらでも健康障害が生じるわけです。
どのような栄養素に関しても適度に摂取することが大切であることを、この図は示しています。

健康に関しては、どの栄養素が健康によいか、という栄養素の「種類」ではなく、その「量」が問題なのです。

けれども、「ある栄養素をたくさん食べれば健康によい」といった食情報を耳にすることはありませんか。
この図から、そのようなことは決してないことが分かると思います。

どのような栄養素も量を考慮しなければ、健康に良いか、悪いかを言ことはできないのです。

ちなみに、この概念図には目標量が示されていません。
目標量は生活習慣病を予防することを目的とした摂取量ですが、生活習慣病は栄養素の摂取量以外にも、運動や睡眠といった他の生活習慣全般に大きな影響を受けるものです。

栄養素摂取量のみでリスクを語ることができないものですから、この図の中には含まれていないのです。

●「食事摂取基準を守ろう」だけでは不十分

食事摂取基準の5つの指標をおおよそ理解できたでしょうか。

それぞれ、異なる目的で設定されているため、指標の意味は異なりますし、どのような研究を根拠に設定しているのかということも異なります。

「食事摂取基準の基準値を守ろう」と一言に言っても、どの指標を守るべきなのか、そしてその指標をぎりぎり守れれば十分なのかは、その都度その場面によって、適切に考えなくてはなりません。

日常生活の場面で食事摂取基準の値を目にすることがあったら、どのような場面で、どの指標が使われているのか、ぜひ確認してみてくださいね。

参考文献:

1.厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html

2, 伊藤貞嘉・佐々木敏監修. 日本人の食事摂取基準(2020年版). 第一出版(2020)

※食情報や栄養疫学に関してHERS M&Sのページで発信しています。食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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