食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。
生活習慣病やそのリスクが高い人が気を付けるべき食事の課題を説明している第3章の解説を進めているところです。
今回は4つの生活習慣病のうちのひとつである脂質異常症の解説です。
血液中の脂質の値が正常値ではない状態が脂質異常症です。
その血液中の脂質には複数の種類があるため、脂質異常症にも種類があります。
食事摂取基準では、脂質異常症のうち、高LDL(low-density lipoprotein)コレステロール血症、低HDL(high-density lipoprotein)コレステロール血症、高トリグリセライド血症の3つのタイプに関して、それぞれの栄養素摂取量との関連を記述しています。
3つの脂質異常症それぞれがどの栄養素と関連しているのかは、図1にまとめられているとおりです。
脂質異常症といっても、それぞれ病態も異なりますし、関連している栄養素も異なることが分かります。
それでは各脂質異常症と栄養素の関連をひとつずつ確認していきましょう。
LDLコレステロールが高いと動脈硬化性疾患のリスクを上げるため、血清中のLDLコレステロール値は基準値を超えないようにしたいところです。
基準値を超えてしまった状態が高LDLコレステロール血症(または高コレステロール血症の状態)です。
高LDLコレステロール血症と関連している栄養素のうち、発症予防や重症化予防との関連から重視するべき栄養素は、飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸、食事性コレステロールです。
それぞれ脂質の一種で、指標の値や摂取に関する注意事項は脂質の項で詳しく説明されています(脂質はいろいろ、指標もいろいろ:これでわかった!食事摂取基準14)。
飽和脂肪酸と食事性コレステロールは、血清LDLコレステロールの値を上昇させることが古くから知られています。
特に、主に肉や乳製品に含まれている常温で固まりやすい飽和脂肪酸は、血清LDLコレステロールと強く影響しています。
一方で、魚や一部の植物油(えごま油、大豆油など)に多く含まれている多価不飽和脂肪酸は逆に、血清LDLコレステロールの値を低下させることが知られています。
それぞれの脂肪酸が血清LDLコレステロールに与える影響を検討した研究で得られた結果は、図2のとおりです。
総エネルギー摂取量は変えず、総エネルギーのうちの5%を炭水化物から飽和脂肪酸または不飽和脂肪酸に食べ替えて血清LDLコレステロールがどの程度変化するか検討しています。
炭水化物から飽和脂肪酸に食べ替えると、血清LDLコレステロールは上昇します。
多価不飽和脂肪酸に食べ替えると、逆に血清LDLコレステロールは低下します。
食事中の炭水化物を減らし、代わりに肉などを多く摂取する食事法が健康によいと注目されることがありますが、血清LDLコレステロールへの影響を考えると、図2の結果からはあまり好ましくはなさそうです。
食事性コレステロールの摂取が血清LDLコレステロールに与える影響は個人差が大きく、一律に基準を定めるのは難しいため、食事摂取基準の中で指標の値は定められていません。
けれども、できる限り食事性コレステロールの摂取を控えることは好ましく、すでにLDLコレステロールの値が高い人は、脂質異常症の重症化予防の観点から、200 mg/日未満に留めることが望ましいとされています。
その他、食物繊維が血清LDLを低下させると示した研究結果もありますが、その効果はあまり大きくはないかもしれないとされています。
血清HDLコレステロールはLDLコレステロールとは逆で、値が高いほうが動脈硬化性疾患の予防につながるため、基準値以上の値であるほうが好ましいです。
この血清HDLコレステロールが基準値未満となってしまう状態が低HDLコレステロール血症です。
血清HDLコレステロールと栄養素の関連に関しては、実はあまりよく分かっていません。
炭水化物中の糖の摂取によって血清HDLコレステロールの値が低下することや、各種脂肪酸が血清HDLコレステロールの値をわずかに上昇させること、アルコールの摂取がHDLコレステロールを上昇させることが知られていますが、脂質異常症の発症予防、重症化予防の観点で活用できる研究結果は十分に得られていません。
食事摂取基準の中でも、望ましい栄養素摂取に関する記述はなく、今後の研究結果を待っているところです。
トリグリセライドは、日本語では中性脂肪と言われる脂質のことです。
血清トリグリセライド値が高いと動脈硬化性疾患のリスクとなるため、基準値未満であることが望ましいです。
この値が基準値以上となった状態が高トリグリセライド血症であり、トリグリセライドの値を下げることが必要です。
トリグリセライドは脂質でありながら糖質の摂取量に影響を受け、糖質の過剰摂取は血清トリグリセライドの上昇をもたらします。
炭水化物の摂取を控え、その分のエネルギーを各種脂肪酸で摂取した場合には、いずれの脂肪酸を摂取した場合でも血清トリグリセライドの値が低下します(図3)。
トリグリセライドの値が高い人にとって、炭水化物の摂取を控え、その分のエネルギーを肉や魚などの別の食品から摂取することは、重症化予防の観点から望ましい可能性があります。
以上のように、脂質異常症は種類ごとに、気を付けるべき栄養素が異なることがわかりました。
そして、脂質異常症と言いながら、様々な脂肪酸の合計である脂質(総脂質)自体は、各脂質異常症に直接関連していません。
すべての脂質異常症に影響を与えているのは、エネルギーの過剰摂取と運動不足が招く肥満です。
個別の栄養素摂取状況を細かく気にすることよりもまず、総脂質の摂りすぎによる肥満は、すべての脂質異常症で気を付けておきたいところです(図1)。
参考文献:
※食情報や栄養疫学に関してヘルスM&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします