科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

細胞膜に関わるビタミンE、血液に関わるビタミンK:これでわかった!食事摂取基準17

児林 聡美

エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。

今回は残りの脂溶性ビタミンをご紹介します。
ビタミンEとビタミンKです。

●細胞膜の働きを助けるビタミンE

ビタミンEは、体中の細胞膜の材料である脂質などの成分の機能を正常に保つ働きをする栄養素です。
形の違いにより8種類に分けることができますが、体の中で働いているのはほとんどがα-トコフェロールというという化合物です。
そのため、ビタミンEの食事摂取基準は、α-トコフェロールのみを指標にして、その摂取量を定めることになりました。

動物では不足すると欠乏症が現れることが示されていますが、ヒトでの欠乏症やその症状の報告、欠乏実験などの結果が十分にはありません。
必要量が不明で、推定平均必要量や推奨量を決めることが難しいため、目安量を定めることになりました。

ビタミンEの栄養状態を示す指標には、血中α-トコフェロールの値が使われます。
この値が12 μmol/L以上に保たれていれば、健康状態に特別な問題は生じないと考えられています。
少数の日本人を対象にして、α-トコフェロールの摂取量と血中α-トコフェロール濃度を同時に調べた研究によると、摂取量の平均値は5.6~11 mg/日で、そのときの血中濃度の平均値は22 μmol/L以上でした。

これは現在の日本人の摂取量の調査結果と近い値を示していて、この結果から現在の摂取量で不足のリスクはほとんどないと考えることができます。
これらのことから、現在の日本人の摂取量の調査結果を根拠に、それぞれの性・年齢区分の摂取量の中央値が目安量として定められました。
成人以外の小児や高齢者といった他の年齢区分でも同様の方法で定められています。

●摂りすぎは出血傾向の上昇に

次に過剰摂取のリスクを避けるための指標に関して見てみます。
通常の食品からの摂取量の範囲では心配はありませんが、サプリメントなどから大量に摂取した場合には、出血傾向が上昇することが知られています。
とはいえ、平均体重が62.2 kgの成人男性で800 mg/日の摂取を4週間続けた場合でも過剰症の兆候は見られなかったとの報告があります。
この量であれば健康に問題は生じないとして、この値と各性・年齢区分の参照体重を用いて耐容上限量が定められました。

また、ビタミンEの摂取と生活習慣病の関連に関しては、結果が一貫していないため、目標量は定められませんでした。

このように、ビタミンEには目安量と耐容上限量が定められました(表1)。

表1. ビタミンEの食事摂取基準(mg/日)(文献1 1-6 P.207):ビタミンEには8種類の形がありますが、摂取するものと体内で存在しているもののほとんどがα-トコフェロールです。そのため食事摂取基準ではα-トコフェロールのみに注目して、目安量と耐容上限量が設定されています。

●血液凝固に関わるビタミンK

ビタミンKは、血液の凝固を促進する働きを持つ栄養素です。
骨の形成にも関わると言われています。
形の異なる2種類のビタミンKに加えて、代謝されるとビタミンKとして働く栄養素もあります。
食事摂取基準では、それらを合わせたビタミンK相当量を、ビタミンK量として扱っています。

ビタミンKが欠乏すると、出血したときに血が止まりにくくなる、血液凝固遅延が生じます。
とはいえ、現在の日本で、ビタミンK不足により血液凝固遅延が起こる例はほとんど報告されていません。
そして、欠乏実験なども十分には行われていません。

そこで、現在の日本人の摂取量を調べた調査結果を参照して、目安量を設定することにしました。
ところが、ビタミンKの摂取量調査では、摂取量が比較的多めの人と、それほど多くない人の、2つの集団がいることが示されています。

というのは、ビタミンKを多く含む食品のひとつに納豆があり、日本人の場合、納豆を食べているか食べていないかで、ビタミンKの摂取量が大きく変わってきてしまうのです。

そこで、普段納豆を食べる人と食べない人に分けてビタミンK摂取量を調査した研究の結果を用いることにしました。
この研究では、納豆を食べない人でも特に健康上の問題は生じていないと報告されており、納豆を食べない人のビタミンK摂取量である150 μg/日が成人の目安量となりました。

高齢者では、成人以上にビタミンKが必要と考えられているものの、研究結果が十分にはないため、成人と同じ値を使っています。
小児は、成人の値をもとに、体重や成長因子を考慮して目安量が定められました。

乳児では、ビタミンK不足による消化管出血や頭蓋内出欠が生じることがあります。
そのため、現在の日本では、出生後の数か月間にわたってビタミンKの経口投与が行われています。
臨床領域でこのようなビタミンK経口投与が行われていることを前提にしたうえで、現在の母乳または食事から摂取しているビタミンK量で大きな問題が生じていないことを考慮して、現在の摂取量を目安量に設定しています。

●骨の健康との関係は今後の課題

ビタミンKを過剰に摂取した場合の健康障害は、今のところ特に認められていません。
大量に摂取して副作用が生じたという報告がないため、耐容上限量は設定されませんでした。

一方、生活習慣病との関連に関しては、ビタミンKが骨折のリスクを減少させるという報告があるものの、まだ十分な研究結果が得られていません。
そのため、目標量も設定されませんでした。

以上のようなことから、ビタミンKは目安量のみが示されています(表2)。

表2. ビタミンKの食事摂取基準(μg/日)(文献1 1-6 P.208):ビタミンKは血液凝固作用を持ちます。過剰症の報告はなく、生活習慣病との関連は十分明らかにはなっていないため、目安量のみが設定されています。

2回にわたり、脂溶性ビタミンを解説しました。
次は水溶性ビタミンに進みます。

参考文献:

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.

※食情報や栄養疫学に関してHERS M&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします