科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

個別化対応が重要な糖尿病:これでわかった!食事摂取基準32

児林 聡美

エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。

生活習慣病と食事の関連を扱っている第3章の解説しているところです。
今回は4つの生活習慣病のうちの3つめ、糖尿病の項を解説します。

●インスリン作用の不足に基づく

慢性的に高血糖となり、ぶどう糖、脂質、たんぱく質などの様々な代謝系に異常が生じている状態が糖尿病です。
インスリンという、血糖を調節するホルモンの作用が不足することによって生じます。
遺伝因子と環境因子によって発症し、その原因は様々です。

発症の機序の違いにより、大きく1型と2型に分けられています。
1型糖尿病は、主に自己免疫によってインスリンの欠乏を来して発症する糖尿病です。
2型糖尿病は、インスリン分泌低下を来す複数の遺伝因子に、過食、運動不足などの生活習慣に起因する内臓脂肪型肥満が加わり、インスリン作用の需要と供給のバランスが崩れて発症する糖尿病です。

●糖尿病と関連する食事

2型糖尿病の発症には、エネルギー摂取過剰による肥満が影響を与えています。
そのため食事摂取基準では、主に2型糖尿病の予防の観点から、総エネルギー摂取量を適正にし、肥満の解消を目指すことを軸に据えて、食事に関する注意点を記述しています。

栄養素と高血糖の関連は、図1にまとめられているとおりです。

図1. 栄養素摂取と高血糖との関連(文献1 3-3 図2):栄養素としての糖質が直接的に血糖に影響することに加えて、過剰なエネルギー摂取による肥満が、高血糖と糖尿病の種々の病態に影響を与えています

エネルギー産生栄養素である、たんぱく質、脂質、炭水化物が取り上げられています。

●エネルギー過剰摂取による肥満に注意

インスリンが作用しにくくなる状態をインスリン抵抗性といいます。
内臓脂肪型肥満により発症することがあります。
これが糖尿病の発症に結びつくため、糖尿病予防のためには肥満を予防することが重要です。

そのためにはエネルギー摂取量を適正にしておく必要があります。
食事摂取基準では、エネルギー摂取量に関して、エネルギーそのものではなくBMIで管理するという考え方を用いていました(エネルギーなのに体重で管理?:これでわかった!食事摂取基準11)。

たとえば50~64歳の健康な人の目標とするBMIの範囲は、最も死亡率の低いBMIを参考に、20~24.9 kg/m2と設定されています。
2型糖尿病患者でも、総死亡率が最も低いBMIはこの範囲との結果があり、糖尿病の人の目標とするBMIは健康な人の値を参考にすることができそうです。

とはいえ、実際にはBMIよりも体脂肪率のほうが適切に死亡率との関連を示していることも知られています。
糖尿病などの生活習慣病の人の場合、BMIが範囲内にあったとしても、個々の体脂肪率、そして糖尿病の状態を表す血液中のHbA1cの値などを評価しながら、個別に目標とする体重を決めることが必要になります。

一律に基準を定めることよりも、食事摂取基準や糖尿病の関連ガイドラインを参照して、個別対応することの重要性が説明されています。

●栄養素摂取バランスは個別対応が大切

糖尿病の状態が進行すると、動脈硬化性疾患や糖尿病腎症といった様々な慢性疾患のリスクが上がります。

さらに、糖尿病の発症の背景には肥満症があります。
これら慢性疾患には、関係する学会から食事のガイドラインが示されています。
糖尿病といっても、個々の病態や特性が異なるため、高血糖を予防するだけではなく、様々な観点から個別に食事の目標を設定することが重要です。

糖尿病診療ガイドライン2016では栄養素摂取に関して、炭水化物を50~60%エネルギーで食物繊維は20 g/日以上、たんぱく質20%エネルギー以下、脂質20~30%エネルギーを目標に、脂質が25%エネルギーを超える場合には多価不飽和脂肪酸を増やすなど、食事摂取基準とほぼ同様の内容を推奨しています。

食事摂取基準では、この糖尿病診療ガイドラインの総合的な基準値を紹介し、この基準値を参照しながら、たとえば動脈硬化性疾患は脂質、糖尿病腎症は食塩とたんぱく質、肥満症は総エネルギー摂取量に関して、個別に目標を立てる必要性を伝えています。

●低炭水化物食の効果は不明

炭水化物摂取量を抑えた低炭水化物食に関して、糖尿病との関連の観点から様々な研究がなされています。
けれども、現時点では一貫した結果は得られていません。

食事摂取基準では、糖尿病管理に低炭水化物食の長期的な効果は確認されていないという結論を紹介していて、特に勧めてはいません。
一方で、果物に含まれる果糖は、比較的血糖値を上昇させにくい糖であることから、糖尿病管理には有効と考えられています。
けれども過剰に摂取すると、血中中性脂肪や体重増加の懸念があります。

食事摂取基準では、果物の摂取は糖尿病を進行させることはなく、勧めてもよいとありますが、その量は病態により個別化が必要ともあります。

また、果物ジュースは糖尿病発症のリスクを高めたとの報告もあります。
果物は食べ方や量に注意しながら摂取するのがよさそうです。

●特別な制限は不要?たんぱく質

たんぱく質の摂取が腎症の発症リスクになることを示したような研究結果はありません。
そのため、糖尿病だからといって、特にたんぱく質を制限する必要性はなさそうです。

けれども、腎機能障害を合併した場合に、たんぱく質摂取量が腎障害の増悪に関わるとする報告はあります。
また、たんぱく質摂取比率が20%エネルギーを超えた場合には、糖尿病リスクが高まる可能性が示唆されています。

こういった研究結果を根拠に、糖尿病診療ガイドライン2016では、たんぱく質の摂取量は20%エネルギー以下を目安にすることを推奨しています。
この値は食事摂取基準で示された目標量の範囲に含まれており、糖尿病患者の人も一般の人と同じ基準値が適応されていることがわかります。

●総脂質よりも脂肪酸組成に注意

脂質と糖尿病のリスクに関しては、脂質の種類によって導かれる結論が異なるようです。
多くの研究で飽和脂肪酸が糖尿病発症リスクとなり、多価不飽和脂肪酸がリスクを低減することを示しています。
けれども、たとえばn-3系脂肪酸と糖尿病の関係を検討した研究でも、一貫した結論は得られておらず、その効果は人種により違いがある可能性があります。

このように研究結果が未だ不足している状態であり、総脂質と飽和脂肪酸摂取比率を食事摂取基準の目標量(20~30%エネルギー、7%エネルギー以下)より厳格に設定する積極的根拠はありません。

しかし、糖尿病が動脈硬化性疾患の大きなリスクであるため、動脈硬化症疾患ガイドライン2017年版で動脈硬化症予防のために示されている総脂質25%エネルギーを上回る場合は、飽和脂肪酸を減らし、多価不飽和脂肪酸を増やすといった、脂肪酸の種類に注意する必要性が示されています。

●穀物の食物繊維を積極的に摂取

食物繊維は、2型糖尿病をはじめ、がんや心血管疾患の発症率、そして全死亡率など、様々な生活習慣病との負の関連が示されている栄養素で、積極的に摂取しておきたいところです。
糖尿病との関連を検討した研究では、食物繊維の平均摂取量が20 g/日を越えたあたりから、糖尿病発症の有意な低下傾向が認められています。

ただし、果物や野菜の食物繊維と糖尿病発症リスクとの関係は認められていません。
一方で、穀物の食物繊維が糖尿病発症リスクを低減するとする報告が多く見られています。
そのため、特に穀物の食物繊維の摂取を促すことは、糖尿病の発症予防に有効と考えられます。

現在の日本人の食物繊維全体の摂取量の平均値が17~19 g/日と少ないことから、糖尿病診療ガイドライン2016では、食物繊維の目標量を 20 g/日以上とすることを推奨しています。

●食事の内容だけではなく行動にも注目

糖尿病とその他の栄養素や食事要因との関連もいくつか、食事摂取基準で取りあげられています。
たとえば、アルコールは中等度の摂取量であれば糖尿病発症リスクを低下させるという研究結果もあります。
けれども、この効果はアルコールと一緒に摂取している食事の影響ではないかとも考えられています。

アルコールを摂取するときには、摂取するアルコール飲料に含まれる他の炭水化物のエネルギー摂取も考えなければなりませんし、アルコール摂取直後は低血糖を来す可能性もあります。
また、大量のアルコール摂取では糖尿病発症リスクは高まります。
糖尿病患者の飲酒には、これらの状況や患者の飲酒習慣を勘案しながら個別に考える必要があります。

その他、食事の摂り方としては、朝食の欠食、遅い時間帯の夕食が、肥満を助長し、血糖コントロールの不良など、糖尿病管理を困難にすると言われています。

食事の摂取が不規則なシフトワーカーでは、2型糖尿病の発症リスクが増すとの報告もあります。
多様な働き方が広がる中で、食事の内容だけでなく、食事の摂り方といった行動も、生活習慣病の予防の観点から検討すべき課題になっています。

参考文献:

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.

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執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします