科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

脂質はいろいろ、指標もいろいろ:これでわかった!食事摂取基準14

児林 聡美

エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。

今回紹介する栄養素は脂質です。

●脂質には種類がたくさん

脂質とは、水には溶けず有機溶媒に溶ける性質を持つ化合物の総称です。
体の中では細胞膜の構成成分などとして体を作るのに使われています。
そして、エネルギーを産生させる栄養素であり、体に蓄えられて、必要なときに使われるように準備されてもいます。

脂質をもっと細かい単位で見てみると、脂肪酸という、炭素の長い鎖に水素が結合しているような構造をもつ化合物で構成されています。
この脂肪酸には、とてもたくさんの種類があります。
そのたくさんの種類の脂肪酸は、炭素つながり方によって、まず大きく3種類に分類することができます(図1)。

図1. 脂質とその構成(文献1 1-3 図1):脂質を構成している脂肪酸は種類がたくさんあります。構造の違いによってこのように分類されます。点線で囲んだ4項目が、脂質の項で指標が定められている脂肪酸です。

1つ目は、炭素の4つの結合できる手のうち、すべての炭素でお互いに1つずつを出し合って炭素同士が結合している飽和脂肪酸です。
残りの2つはいずれも、ところどころに炭素の手を2つずつ出し合って炭素同士が結合した、不飽和結合と呼ばれる結合部分を持つ不飽和脂肪酸です。
そのうち、不飽和結合がひとつ含まれるものを一価不飽和脂肪酸、2つ以上含まれるものを多価不飽和脂肪酸と言います。

この3種類の脂肪酸のうち、多価不飽和脂肪酸は、一番端に近い不飽和結合がどこにあるかによって、さらに細かく分類されます。
端から6番目の炭素のところにあればn-6系脂肪酸、端から3番目の炭素のところにあればn-3系脂肪酸です。
そして、これら脂肪酸は種類によって、体内での働きが全く異なるのです。

たとえば、飽和脂肪酸は生活習慣病の原因となる、摂りすぎに注意が必要な脂肪酸です。
一方で、n-6系脂肪酸とn-3系脂肪酸は体に必要なのに体内では合成できない必須脂肪酸で、不足しないように注意が必要です。
このような違いがあるため、これらの3つの脂肪酸は、それぞれの脂肪酸ごとに指標の値が定められています。

さらに、様々な脂肪酸からなる脂質全体としては、前回のたんぱく質の回で説明したように、たんぱく質、脂質、炭水化物などのエネルギー産生栄養素のうちの、どの栄養素からエネルギー摂取しているのかという比(バランス)が、生活習慣病の発症と関連があることが示されています(今後の動きに目が離せないたんぱく質:これでわかった!食事摂取基準13)。

そこで、脂質全体の摂取量に関しても指標を定めることになりました。
このような背景から、脂質の項では、図1の点線で囲まれた4つの項目に関して指標が定められています。
今回のコラムでは、食事摂取基準の本文中で扱われている順序ではなく、飽和脂肪酸、n-6系脂肪酸とn-3系脂肪酸の順で各脂肪酸の指標を確認し、最後に脂質全体の指標を確認していきます。

●摂りすぎに注意が必要な飽和脂肪酸

飽和脂肪酸は、不飽和結合を持たない脂肪酸です。
その結果、炭素の鎖の形が比較的まっすぐで、お互いがくっつきやすい状態のため、常温でも固体の状態になっていることが多いです。バターや、肉類に多く含まれます。

飽和脂肪酸は体内で合成することが可能で、不足するリスクはありません。
そのため、摂取不足を回避するための指標は定められていません。
一方、摂りすぎると、血中LDLコレステロールを増加させ、心筋梗塞をはじめとする循環器疾患の危険因子となります。
これは、飽和脂肪酸の過剰症というよりも、生活習慣病予防の観点で他の生活習慣と含めて考えていかなければならないことであるため、耐容上限量ではなく、目標量として上限値が定められることになりました。

ところが、過去の研究からは、飽和脂肪酸が血中LDLコレステロールを増加させることは知られているものの、どの程度の摂取量にすれば循環器疾患等の死亡率を抑えられるのかといった明確な値を得ることはできていません。
そのため、現在の日本人の飽和脂肪酸摂取量を調べた調査結果を基にして、その中央値を目標量の上限値とすることにしました。

その値は、表1のようにエネルギー摂取量全体に占める飽和脂肪酸からのエネルギー摂取割合(%エネルギー)で示されていて、成人と高齢者は7%エネルギー、小児は年齢によって8~10%エネルギーです(表1)。

表1. 飽和脂肪酸の食事摂取基準(% エネルギー)(文献1 1-3 P.150):飽和脂肪酸の指標の値に加えて、注釈で、コレステロールとトランス脂肪酸の摂取の仕方に関しての注意事項も記述されています。

この目標量は仮の目標量であり、今後研究が進んで適切な飽和脂肪酸摂取量が明らかになったときには見直されることになりそうです。
また、もし今後日本人の飽和脂肪酸の摂取量が増えて、さらに循環器疾患が増える傾向が認められたときには、この指標の定め方は見直されることになるのかもしれません。

●飽和脂肪酸以外の関連情報

ところで、表1の下には、コレステロールとトランス脂肪酸という2つの栄養素に関する注釈がついています。

コレステロールは、飽和脂肪酸と同様に、脂質異常症や循環器疾患のリスクとなる栄養素です。
体内で合成できる栄養素で、人によっては摂取量を制限するだけでは脂質異常症のリスクを抑制することができない場合があるため、生活習慣病予防の目標量は定められていません。
けれども、脂質異常症の重症化予防の観点では、研究結果を根拠に、1日あたりの摂取量を200 mg/日未満に留めることが望ましいとの考え方があります。

また、トランス(型)脂肪酸は、図1にあるように不飽和脂肪酸の一種であるものの、飽和脂肪酸と働きが似ていて、冠動脈疾患のリスクがある栄養素です。
日本人で多く摂取している人はあまりいないため、目標量は定められませんでしたが、もし国際的な基準である1%エネルギーを超える摂取をしている人は注意が必要ですし、それ未満でもできるだけ摂取量を抑えるべきだと考えられています。

これら2つの脂質関連栄養素の情報を提供する適切な場所が他になかったため、健康に与える影響が似ている飽和脂肪酸の指標が示されているこの場所に、注釈として示されているのです。

●不足に注意が必要なn-6・n-3系脂肪酸

n-6系脂肪酸、n-3系脂肪酸は不飽和結合を複数持つ多価不飽和脂肪酸です。
不飽和結合があると、炭素の鎖が折れ曲がった形になり、お互いが結合しにくく、そのため常温では固まらずに液体であるものが多いです。
植物油や魚に多く含まれています。

n-6系脂肪酸、n-3系脂肪酸ともに、体に必要であるものの、体内では合成できない必須脂肪酸です。
そのため、不足しないように摂取する必要があり、摂取不足を回避するための指標を定めることになりました。
けれども、どちらの脂肪酸に関しても、必要量がどの程度なのかを示したような研究(欠乏実験など)は行われておらず、そのため、推定平均必要量や推奨量を定めることができません。
そこで、目安量を示すことになりました。

具体的には、現在の日本人でこれらの脂肪酸の摂取不足は問題にはなっていないことから、全年齢区分で日本人の摂取量を調べた調査結果を用いて、その中央値を用いています(表2)。

表2. n-6系およびn-3系脂肪酸の食事摂取基準(g/日)(文献1 1-3 P.151):摂取不足のリスクを避けたい栄養素であるものの、必要量が分かっていないため、推定平均必要量と推奨量は定められていません。

これら脂肪酸の過剰摂取によるリスクは報告されていないため、耐容上限量は定められていません。
また、生活習慣病予防や重症化予防に関してもはっきりとした研究結果は得られていないため、目標量も定められていません。

●脂質全体で指標を定めるのは難しい

こうして、健康に大きな影響を及ぼす、飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸の摂取量に関しては個別に指標が示されました。

一方で、これらをまとめた脂質(総脂質)はエネルギー産生栄養素のひとつであり、脂質から摂取するエネルギー割合が増減すると、たんぱく質や炭水化物からのエネルギー摂取割合が変化して、生活習慣病に影響を与えることが示されています。

脂質の摂取割合が多すぎても少なすぎても、生活習慣病予防の観点からはよくないため、目標量の範囲を、%エネルギーで定めることになりました。
とはいえ、生活習慣病予防のために脂質の摂取量をどの程度にすればよいか、直接的に示すような研究結果はありません。
そこで、個別に指標を定めた飽和脂肪酸とn-6・n-3系脂肪酸の指標の値を活用して、脂質の指標を定めることになりました。

具体的にはまず、日本人の脂質摂取量とそれを構成している脂肪酸の内訳を調べた調査結果を参照して、日本人全体がこの調査の平均値で示すような脂肪酸の内訳(比)で脂質を摂取していると仮定します。
この比を使うと、成人の飽和脂肪酸の目標量は7%エネルギー以下ですから、脂質全体が30%エネルギー以下であれば、そこに含まれる飽和脂肪酸の目標量を超えないことになります。

一方、n-6系とn-3系脂肪酸の目安量を%エネルギーに換算するとそれぞれ4~5%エネルギーと1%エネルギーで、脂質全体が20%エネルギー以上であれば、そこに含まれるn-6系とn-3系脂肪酸の摂取量は目安量を下回らないことになります。

こうして、成人の目標量を20~30%エネルギーとし、この値を小児にも用いることになりました(表3)。

表3. 脂質の食事摂取基準(%エネルギー)(文献1 1-3 P.149):生活習慣病予防の観点から、目標量として、摂取量の範囲を定めています。具体的には、飽和脂肪酸を摂りすぎないように、かつ必須脂肪酸が不足しないようにという考え方で、指標が定められています。

この決め方で定めた目標量はかなりざっくりしたものです。
そのため、表の下にも注釈で、「おおむねの値」であると説明されています。
乳児では、母乳中の脂質はエネルギー源として重要であり、不足を回避すべきと考えられることから、母乳中の脂質割合と哺乳量を参考に、目安量が定められています。

●同じ脂質でこうも違う

このように、脂質と分類される栄養素でも、各脂肪酸で摂取の際に気をつける事柄が全く異なります。
そして、指標が定められている脂質の項目は4項目ですが、食事摂取基準の本文中では、その他の脂質に関しても注意点などが記述されています。

ぜひ、それぞれの脂質に関して、個々にまったく異なる栄養素の説明が書かれているのだと思って、各項にどのようなことが記述されているのかを確認してみてください。

参考文献:

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html


※食情報や栄養疫学に関してHERS M&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします