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執筆者

小暮 実

東京農工大学農学部農芸化学科卒。東京都中央区保健所で食品衛生監視員として40年間勤務した後、食品衛生アドバイザーとして活動中。

保健所の現場から見た食品衛生

保健所業務と感染症

小暮 実

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新型コロナ禍で、保健所の重要性が再認識され、組織の維持増強についても検討されはじめている。保健所とはどのような組織なのだろうか。長年勤務した立場から解説する。

【保健所の成り立ち】

保健所は昭和12年に旧保健所法が施行されて誕生し、戦後昭和23年に新保健所法となり、平成6年に母子保健を含めた地域保健法に名称が変更されて今日に至っている。私が勤務した中央区保健所は、旧保健所法が施行される前の昭和10年に「東京市特別衛生地区保健館」として誕生しており、「都市型保健所発祥の地」という歴史のある保健所であった。

【保健所と設置自治体】

表1 保健所の設置状

保健所は、表1のとおり154自治体に設置が義務付けられている。近年、保健所ではなく保健センター等の名称も見受けられる。どちらも地域保健法に基づき設置されているが、保健所の設置は義務付けなのに対して、保健センターは市町村が設置することできる規定となっており、事業目的が異なっている。(注1)

保健所の仕事は地域に密着した行政であることから、東京都では昭和50年に区移管されている。その後、行政改革が進み、東京都全域で平成6年には71保健所あったが、地域保健法施行の平成9年に51保健所に、令和2年現在は31保健所に集約されている。(注2)

また、平成23年に町田市が保健所設置市に、平成27年に八王子市が中核市となったことから独自に保健所を設置している。図1に東京都と神奈川県の保健所を図示したが、同じ都道府県の保健所でも指揮命令系統が異なることがわかる。
今回の新型コロナの件でも、特別区はそれぞれ保健所を設置しているが、町田市や八王子市以外の都下の市町村では独自の保健所を持たないため対応に苦慮しているようだ(注3)。また、自前の保健所をもつ特別区や中核市でも、専門職の確保や検査室の維持管理など、小さな自治体で保健所機能を確保することについては難しい課題も多いのが実情である。

【保健所業務と専門職】
地域保健法に規定されている保健所の業務は表2のとおりである。呼称は自治体により異なるが、表3のとおり、保健所には予防課と衛生課があり、業務内容ごとに法令等で有資格者の配置が求められているため、行政機関の中でも専門職の多い職場である。
特に、公衆衛生を専門とした医師が不足していることから、東京都では区移管されて約45年経過しているが、保健所長や予防課長など医師の配属については、事実上、東京都の協力を得ている状況である。

【新型コロナ対応】
新型コロナや新型インフルエンザなどの感染症対策は、予防課の所掌である。感染症は、常時発生するものではないため、日常は母子、高齢者、精神保健といった業務を担当している保健師が対応することとなる。
新型コロナの発生があっても、中止できる日常業務が少ないため、今回の新型コロナの対応では、他部署からの応援を要請するほか、電話対応などの臨時職員を採用して対応せざる負えない状況である。
前回の新型インフルエンザの流行時には、私も防護服を着て、患者を保健所の車に載せて医療機関まで保健師とともに搬送したことを良く記憶している。
学校や保育園でのノロウイルス感染症の発生時や予防啓発には、日頃から保健師と食品衛生監視員が協働で指導に当たる事例も多い。飲食店など食品関連施設への三密回避の指導はもとより、クラスター発生施設の消毒や患者の行動調査についても、食中毒調査を行っている食品衛生監視員の知識や経験も役立っているものと推測している。

【食品衛生監視員】
衛生課の監視員も、医療・薬事・環境衛生・食品衛生の各監視員がおり、互換性を持たせるため異動も多くなっている。このため、私のように長期に食品衛生監視員だけを担当する職員はほとんどなく、多くが他の監視員を兼務することとなっている。つまり色々な法律を広く薄くカバーすることとなり、専門性が薄くなりやすい。
私も、約40年の保健所勤務の中で4年間は医事や動物愛護を兼務したが、その際は14の身分証明書の交付を受けてほぼ食品衛生に関連のない仕事に従事していた。
なお、食品衛生監視員の異動職場には、獣医師の配置が求められる食肉衛生検査所、食鳥検査センター、動物愛護センターがあり、水産の知識が求められる市場衛生検査所などがある。数年前、四国の某大学の獣医学部の新設が話題となったが、医師と同様に行政職としての獣医師は不足しているように感じている。この点は、医師や獣医師免許をした若者にとって公衆衛生を担当する行政職に魅力がないということも加味しなければいけないように思う。

【新興・再興感染症】
保健所では、平成になってから、エイズ、SARS、MERS、新型インフルエンザといった人由来の新興感染症とともに、結核、風疹といった再興感染症への対応も続いており、デング熱やウエストナイル熱を媒介する蚊の対策、レストスピラを媒介するネズミ対策、強い毒をもつセアカコケグモなど、事件が発生する都度、調査指導が行われている。
しかし、感染症や食中毒の調査指導は、事件が発生しなければ経験することができない。いつ発生するか解らないため、東京都では感染症マニュアルを作成して対応している。

私も約40年間、保健所の現場で実務に当たったが、個々の事件の対応に追われながらも充実した時間が過ごせた。これからの10年は、地球温暖化防止のための脱炭素社会の実現が急務となっており、地球温暖化にともない永久凍土からの古代ウイルスの出現なども危惧されている。今回の新型コロナ対応を教訓にして、こうした未知のウイルスにも備えていかなければならない。コロナ禍が1日も早く終息して、保健所業務が日常業務に戻ることを祈念するとともに、公衆衛生を目指す若い医師や獣医師が誕生することを期待している。

(食品衛生アドバイザー 小暮 実)

注1)地域保健法第5条、第18条
注2)論座「自前の保健所を持たない市長の叫び~東京都多摩市のコロナ対策
注3)地域保健法施行令第4条第1項に保健所長資格の例外規定あり
注4)東京の保健所のあゆみ 平成16年7月江東区保健所長 中西好子
注5)東京都感染症マニュアル2018

執筆者

小暮 実

東京農工大学農学部農芸化学科卒。東京都中央区保健所で食品衛生監視員として40年間勤務した後、食品衛生アドバイザーとして活動中。

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