科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

除草剤グリホサート 最近の欧米事情 サイエンスを離れた悲喜劇続く

白井 洋一

遺伝子組換え食品・作物は今でも環境団体や消費者団体の攻撃対象となるが、大手バイテクメーカーの農薬も攻撃されることが多い。バイエル社に合併された旧モンサント社の除草剤グリホサート(商品名ラウンドアップ)がその代表だろう。

2015年3月に世界保健機関(WHO)傘下の国際がん研究機関(IARC) が「グリホサートはおそらく発がん性あり」とグループ2Aに分類したことから、米国ではモンサント社を訴える裁判が急増した。

EU(欧州連合)でも、安全承認、使用期限の更新のたびに、政治問題化している。欧米とも、発がん性など科学的評価ではなく、活動家の波状攻撃や政治家やメディアが騒ぐ社会ネタだが、最近の情勢を紹介する。

●米国裁判 最高裁審理せず 2審で原告勝利確定

米国の裁判の原告は農家ではなく、公園の除草作業や家庭でグリホサートを散布したため、「非ホジキンリンパ腫瘍(NHL, 白血病の一種)になった」と訴えた作業者、一般人がほとんどだ。NHLは米国で1年に数万人の発症があるが、グリホサートとの因果関係は立証されていない。しかし、原告の弁護団は2015年のIARCの発表を根拠に、「モンサント社は発がんの危険があることを知りながら表示しなかった」として多額の「懲罰的損害賠償金」を勝ち取り、裁判に3連勝した。1審は素人が参加する陪審員だが、2審(控訴審)でも被告(現在バイエル社)は敗訴した。

バイエルは最高裁に上告した。「環境保護庁(EPA)はグリホサートの使用を認可しており、発がんリスクがあるとは言っていない。したがって当社に表示義務はない」という主張である。一応筋が通っている主張のようだが、問題は最高裁がこの上告をとりあげるかどうかだった。最初の3件の裁判の進行状況は以下のとおりだ。

1件目 1審(2018年8月) 加州 賠償金7800万ドル →2審(2020年7月)2050万ドルに減額 →上告せず確定(2021年3月)

・2件目 1審(2019年3月) 加州 賠償金2530万ドル →2審(2021年5月)2530万ドル → 上告するも最高裁受理せず(2022年6月21日)

・3件目 1審(2019年5月) 加州 賠償金8670万ドル(原告2人) →2審(2021年8月)8600万ドル →上告するも最高裁受理せず(2022年6月27日)

最近(2022年6月)、保守派の増えた最高裁(9人中6人)は中絶の権利、排ガス規制、州の銃所持規制は違憲とするなど保守的な判決を次々と出して話題になっているが、すべての上告を受理するわけではない。グリホサート発がん性も農薬事故と個人補償の事例なら、受理されない可能性もあった。しかし、バイエル社は最高裁に上告し、訟務長官の見解を求めた。

裁判所は受理に前向きとか、バイデン民主党政権は受理に否定的など、さまざまな情報が流れたが、6月21日、27日に2、3件目は最高裁では審理しないと伝えた。2審の判決で確定ということになる(Farm Press 2022/06/27)


●1審でバイエル勝訴もあり 裁判はまだまだ続く

最高裁でとりあげない可能性はあったが、保守派優位の最高裁にバイエル社は期待したのかもしれない。しかし、奇妙なのはバイエル社が1件目は上告せず、2審判決に従ったことだ。各種事情を考慮して上告件数を絞ったというが、「EPAが安全と認めた製品に発がんリスクを表示する義務はない」というなら、1件目も同じはずだ。個別訴訟だけでなく、集団訴訟の一括処理でもバイエル側の戦術は一貫していない。その場しのぎ的な対応も見られる。原告側が「懲罰的損害賠償金」で作戦勝ちしたのとは対照的に、バイエルの弁護団に問題があるのではないかと思えてしまう。

バイエル社のグリホサート裁判対策サイトをみると、1審(陪審員)でも、2021年10月から2022年6月に4つの裁判(加州、ミズリー州、オレゴン州)ではバイエルが勝訴しており、連戦連敗というわけでもない。一方で、1審で原告敗訴でも2審で原告勝訴などの報道もある(ロイター通信、2022/07/12)。バイエルは6月21、27日の最高裁見解を受けて、「最高裁の見解には敬意をもって同意しないが、州によって異なる扱いとなると混乱するだろう」と警告している。しかし、法的には最初の3件は2審で確定ということになる。

バイエルは個人の原告増加を防ぐため、家庭用、園芸用のグリホサート市場から撤退し、農業用、産業市場に特化する方針のようだが、個別訴訟、集団一括訴訟はまだまだ続くことになる。

参考 過去の当コラム

「グリホサート発がん裁判 1兆円の和解金払っても泥沼裁判は続く」(2020年7月2日)

「どうなるグリホサート裁判 陪審員評決は3連敗だが環境保護庁は発がん性を否定」(2019年8月21日)

欧州食品安全機関 グリホサートの安全評価 締め切り来年に先送り

ヨーロッパでは米国のような発がん性裁判はないが、グリホサートの安全性承認をめぐって、環境団体が反対し、遺伝子組換え食品反対のグループや政治家を巻き込み、政治ショー化している。

EUの農薬の使用期限は原則15年で更新される。グリホサートも2016年6月に再更新が予定されていたが、2015年3月のIARCの発がん性発表で、政治問題化した。2016年はとりあえず1年半延長し、2017年に5年間の更新で乗り切った。グリホサートはEUでも広く使われており、使用禁止になると生産現場は大混乱する。さらなる更新時期が今年(2022年)11月に迫っていた。

しかし、欧州食品安全機関(EFSA)は5月10日評価のタイムスケジュールを変更し、1年先送りし、2023年7月までに最終結論を出すと発表した(EurActiv, 2022/05/11)

延期の理由は、昨年行った意見募集(パブリックコメント)が膨大な量で、審査に時間がかかるためとしている。たしかにグリホサート反対派は複数の根拠論文をあげている。「審査機関は企業の作成したデータや都合の良い論文だけをピックアップしている」というキャンペーンも活発だ。しかし、これは2017年の5年更新時のドタバタ政治ショーの時もあったことだし、その後の根拠論文でも発がん性を決定づける強固なものはない。長年、世界中で使用されてきたグリホサートに対して、「何が起こるか分からない」、「予防原則にたって禁止すべき」という主張に振り回されているのだろうか。

添加剤(展着剤)などの安全性も含めて、リスク(確率)ではなく僅かなハザード(危害)を理由にグリホサートを使用禁止にするとしたら、グリホサート以外の農薬でもかなりの製剤が禁止になるだろう。EUがそこまで覚悟を決めて方針転換するようには思えない。EFSAの科学的見解が出るまで、欧州委員会や閣僚会議は承認手続きができないので、単に更新期限を半年か1年先送りにしただけだ。先送りにしても、世の中の情勢が変わるとは思えないのだが。

●科学者が論文を総合的に解析すると 発がん性の因果関係は認められない

政治や社会情勢に揺れるグリホサートだが、環境や人の健康への重大影響を決定づける論文は出ていない。グリホサートと非ホジキンリンパ腫瘍(NHL)の因果関係、発がん性に関して2022年3月に、多くの論文をまとめて総合的に解析した論文が、毒物とリスクアセスメント誌(2022年3月)に載った

包括的メタ解析では、それぞれの論文データの信頼性が重要であり、まずその選択基準の透明性が必要になる。そのうえで、同じ研究データを使っても、異なるリスク推定を選ぶと、異なる結論が得られることもある。グリホサートと非ホジキンリンパ腫瘍(NHL, 白血病)の因果関係については、可能性の信頼度は低いというのが結論だ。

因果関係なしと強く結論したわけでもないし、たとえそう結論したとしても、マスメディアはこの論文に興味を示さないだろう。2015年3月のIARC発表以来、マスメディアが記事にするのは、「発がん性裁判でバイエル(旧モンサント)敗訴」とか「欧州でグリホサート使用禁止か」だけである。日本のマスメディアは米国の発がん性裁判に疑問を持っているらしく、ほとんど記事にしないが、ネットでは「グリホサートに発がん性」「裁判で巨額の罰金」「グリホサートが残留している農作物は海外から拒否される」などの情報があふれ、日本の農家が困惑している例もあると聞いた。

今回の米国の最高裁見解で「裁判で巨額の賠償金」は変わらないので、すべてがニセ情報とは言えないが、科学的に正しい情報とは言えない。難しい出来事だと思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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