科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

欧州 ゲノム編集応用作物の規制を再考 世界標準に従う方針

白井 洋一

ゲノム編集とは、DNA切断酵素を使って、ゲノム(全遺伝子情報)のねらった位置を正確に取り除いたり導入できる「切り貼り」技術だ。農作物の品種改良では、この技術を使っても、小規模な変異を誘導して遺伝子の機能をなくすだけで、途中で使った外来遺伝子が残っていない場合は、今までの遺伝子組換え作物・食品のような規制はしないと決めた国が多い。ゲノム編集の3つの区分のうち、タイプ1は規制対象外と明確にした豪州、アルゼンチン、日本などの他、米国も事例ごとに検討するが、基本的にこのタイプは規制しない方向だ。一方、欧州連合(EU)は、司法裁判所が、組換え作物・食品と同じ規制対象に該当すると判断したため、日本の消費者団体やマスメディアの一部は、「規制の緩い日米、厳しいEU」という対立構図でゲノム編集食品をとりあげてきた。

4月29日、EUに変化の兆しが見えた。欧州委員会が「小規模変異の誘導のみで外来遺伝子が残らない作物・食品は現行の組換え生物の規制では対応できない。扱い方を再考すべき」という見解を発表したのだ。

4月29日のロイター通信は「EUは遺伝子編集作物の規制の再考を求める」、欧州委員会の広報誌(EurActiv)は「持続可能性が強調される中で、欧州委員会は遺伝子編集の箱を再び開く」の見出しで伝えている。

これらの報道と、欧州委員会の公式発表から、これまで、今回の内容、これからを整理した。

EUのプレスリリース(2021年4月29日)https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_21_1985

●これまでの動き

小規模な変異誘導など、遺伝子組換え技術を使うが最終産物には外来の遺伝子が残らない品種改良技術を新育種技術と呼ぶ。当コラムでは2015年3月に初めて紹介した

EUはこれらの新育種技術を組換え体のような厳しい規制管理をしない方針で、2015年に公式見解を出す予定だった。しかし、発表が先送りにされる中、2016年にフランスの農民団体が、「変異誘導技術で作った品種改良は組換え体の規制対象となるのか否か」とフランス政府に判断を求めた。フランスは欧州司法裁判所に判断を丸投げし、司法裁は2018年7月に「組換え体と同じ法律(指令)によって規制される」という見解を出した。この見解だけが欧州の決定としてメディアでは取り上げられるが、司法裁は同時に「現行の法律では対応できない点もある。見直し、検討を行うべき」と注文を付けた。

さらに、2019年5月、オランダなど14国が共同ルール作りを要求し、11月には欧州閣僚理事会が、「司法裁の見解を踏まえた、新技術についての調査・分析を2021年4月末までに行うよう」欧州委員会に宿題を出した。期限ぎりぎりの4月29日に出たのが今回の欧州委員会の回答書だ。

●今回の内容

報告書は117頁、要約3頁だが、ゲノム編集、遺伝子編集という用語は使わず、「新ゲノム技術(New Genomic Techniques、NGT)」を使っている。動物や微生物のNGTは情報が少ないので今回は植物(作物)だけを扱い、組換え体を含むバイテク技術による植物・食品全般の法律の見直しは考えていない。

遺伝子組換えでは過去20年間、社会を二分、三分するような泥沼の論争を続けてきた反省からか、今回は「作物だけ、それも外来遺伝子を導入しない小規模変異誘導だけを考える」「遺伝子組換え指令全体の見直しには踏み込まない」ことにしたようだ。報告書の要点は以下のとおりだ。

  1. 新ゲノム技術を使った作物は、病害抵抗性や気候変動ストレス耐性、栄養成分改善など、持続的な食料生産に貢献する。
  2. 2030年に向けたEUの環境政策(green deal)や農業政策(Farm to Fork)にも利益になる。
  3. EU以外の国では、すでに商業利用が始まっており、このままではEUは遅れをとる。
  4. 食品、環境、生物多様性への懸念や、有機農業、非組換え農業との共存、表示の問題などが重要課題である。
  5. 新ゲノム技術には多様な手法があり、非組換え技術による品種改良と同じ程度の健康や環境へのリスクの小さい(安全な)ものもある。
  6. 現在の組換え生物に関する指令ができた2001年当時は、新育種技術は想定していなかった。小規模な変異誘導を導き、外来遺伝子が最終的に残らない産物について、現行の法律で解釈するのは時代に合わなくなっている。
  7. 最終産物に外来遺伝子が残っていない場合、従来の非組換え品種と区別する確実な方法は現時点ではない。このような状況でEUだけ、検知や表示に特別な規制をした場合、貿易上の混乱を招くおそれがある。

●今後の日程

今後の作業ステップとして、5月中に、農相閣僚会議で報告し、次いで欧州議会や利害関係者と意見交換を予定している。第三四半期(7~9月)に、今回の改訂を行った場合の(経済的影響を含む)影響評価を実施し、パブリックコメントをおこなう。影響評価は2019年の閣僚理事会からの要求にもあったが、今回は間に合わなかった。夏休み後の9月に公表し、パブコメに入ることになるのだろう。パブコメの期間、その後の対応などは今のところ未定だ。

●改正までのハードル

今回の発表に対して、グリンピースやフレンドオブアースなど有力環境団体は、「組換え技術を使っているのだから組換え体(GMO)に変わりない。健康や環境へのリスクは未知のままだ」と反対姿勢を変えていない。今回の報告書に対して、ドイツ、フランス、ポルトガル(現在のEU閣僚会議議長国)の農相はおおむね歓迎、支持をしているが、選挙が絡むと変わる可能性もある。例えばドイツは2021年9月に総選挙があるが、緑の党が政権に入った場合は、「ノー」という条件を付ける可能性もある。前回(2021年2月20日)のコラムで紹介したように、EUを離脱した英国も、小規模な変異誘導は規制対象外とする提案したが、EUがこのまま世界標準に参入できるかどうか、まだ予断を許さない。

ひとつだけ、今回のEUの報告で良かったのは、作物(植物)に限定したことだ。動物は組換え技術を含め品種改良の知見が少ないので今後の課題としたのは正解だ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介