科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

不安を煽らなければ売り上げは伸びない 有機食品産業と市民団体の販促コラボレーション

白井 洋一

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 米国の有機食品や自然食品の人気は日本以上だ。1990年、国内売り上げは1億ドルだったが、2013年には350億ドル(1ドル100円として3兆5千億円)に達し、全食品売り上げの約4.5%を占めるまでになった。人気の有機食品は果物、野菜が中心で、パン、シリアル、乳製品とつづく。官民のさまざまな市場調査ではこの分野の有機食品はまだまだ伸びるだろうと予測している。

 米国の有機食品の売り上げ上昇、特に2000年代に入ってからの右肩上がりの急上昇の原因は何か? 消費者はなぜ高い有機食品を好んで買うのか? 経済学者の味気ない論文だけでなく、有機食品団体や環境市民団体の発信する公表データと学術論文、合わせて162本を徹底分析したレポートが2014年9月に出た。科学を否定する大衆向け主張を検証することを目的とした研究者による非営利団体(NPO)、「アカデミックレビュー」による「有機食品市場レポート」だ。

 執筆者には遺伝子組換え推進派の研究者も入っているが、有機農業、市民団体憎しという感情的表現は極力抑え、米国農務省の有機農業政策の影響なども含めて、努めて冷静、客観的に分析している。

危険・不安を煽らないと成長できない 中間層を狙え
 消費者が有機食品を買う理由のトップ5は、農薬を使っていない(69%),成長ホルモン剤を使っていない(68%)、添加物を使っていない(66%)、遺伝子組換え(GMO)を使っていない(63%)、抗生物質を使っていない(63%)で、特にどれが嫌いというわけではない。有機食品はこれらすべてを使わずに生産されているので、有機食品を買う人はどれも嫌いなのだろう。

 有機食品を購入する人は5つのタイプに分けられる。
1.ロハス(LOHAS)(17%),2.ナチュラリスト(17%)、3.浮動層(24%)、4.慣行層(26%)、5.無関心層(16%)。ロハス(Lifestyles of Health and Sustainability)とは健康で持続可能な生活スタイルの信奉者で、確固とした意志をもって有機食品を買う。無関心層が有機を買う理由はよく分からないが、近年この層は減っている。残りの3つは、健康に良い、環境に優しいなどの情報によって、有機を買ったり、買わなかったり変化する。ロハスな人たちは宣伝しなくても買うので、売り上げ増には中間3層の関心を引きつけるのがカギと分析している。

 レポートの冒頭で、1999年の有機食品協議会での食品団体幹部の発言を紹介している。

 「安い普通の食品への不安、恐れがなくなれば、有機食品産業が発展する可能性は限られてしまう」、「普通の食品が安全だと分かってしまえば、多くの消費者は有機食品を買わなくなるだろう」

 スピーチの引用はここまでだが、要は「有機食品産業が発展し続けるためには、有機以外の普通の食品は危ないと消費者に信じ込ませなければならない」ということだ。危ない、健康に良くない、環境にも悪いものとしてターゲットにされたのが、化学農薬、成長ホルモン剤、抗生物質、添加物、そしてGMOだ。

市民団体とのコラボレーション
 有機食品企業は自社の製品の良いところを宣伝するが、あまり露骨なネガティブ活動はやらない。他人の商品の欠点ばかりを攻撃していると、中間層の消費者が離れてしまうことを彼らは知っている。そこで、反農薬、反GMOなどのネガティブキャンペーンは環境市民団体が中心となる。

 レポートでは、有機食品企業と関連の深い14の主要市民団体を一覧表で紹介している。以下の金額は公表されている2011年か2012年の年間予算だ。

 自然資源保全協会(1億400万ドル)、シェエラ(Sierra)クラブ(9780万ドル)、食品と水の監視(Food & Water Watch)(1110万ドル)、環境ワーキンググループ(590万ドル)、農業貿易政策研究所(390万ドル)、ロデール(Rodale)研究所(370万ドル)、食品安全センター(290万ドル)、農薬行動ネットワーク(230万ドル)、有機消費者協会(200万ドル)、農薬排除(Beyond Pesticides)(110万ドル)、オーガニックセンター(72万8千ドル)、コナコピア(Cornucopia)研究所(66万9千ドル)、ノンGMOプロジェクト(45万5千ドル)。 2011年にGMO表示運動のために結成された団体、「Just Lable It」の予算額はまだ公表されていない。

 予算額の多い上位2団体は、農薬やGMOへのネガティブ攻撃だけでなく、比較的まともな環境問題にも取り組んでいる団体だが、下位には食品安全センター、農薬行動ネットワークなど反農薬、反GMOキャンペーンで常に先頭に立つ団体が並んでいる。

 これらの団体への資金提供企業名も載っているが、有機食品大手のStonyfield Organic社, Organic Valley社, Whole Foods Market社はほとんどの団体に資金援助(寄付)している。米国ではNPOへの献金(寄付)は税金控除の対象になるので、企業の節税対策にもなる。

 有機食品企業と環境市民団体の密接な関係は必然的なものだ。企業の経営者が創設した団体も多いし、企業の社員が団体の役員(活動家)を兼務するのも珍しいことではない。昨今、米国各州で盛り上がっているGMO表示を求めるキャンペーン活動やGMO作物栽培差し止め裁判などを市民団体が率先することで、社会ネタとしてマスメディアがニュースにしてくれる。「GMOは危ない」、「農薬、抗生物質は危険」と報道してくれるので、消費者向けの宣伝効果は大きい。たとえ表示運動が実現しなくても、裁判に負けたとしても、消費者への宣伝効果は大きく、有機食品の売り上げ促進につながるのだ。

農務省の有機農業政策、有機認証シールの功罪
 レポートでは農務省の有機農業政策にもふれている。農務省は2000年に国家有機農業基準を決め、農薬、抗生物質、GMOなどを使わないで生産した農産物や畜産物に有機認証シールを使うことを認めた。制度そのものにも問題があるが、国が認めた有機シール食品と言うことで、有機食品企業は、「有機食品は健康に良い、環境にも良い」と宣伝するだけでなく、農薬や添加物やGMOを使っている「非有機食品」は健康に悪い、農薬やGMOは環境にも悪いと主張するようになった。一般消費者に誤った情報を広げるきっかけになったと、農務省の有機認証シールを批判している。

 米国はトウモロコシ、ダイズ、ワタ、シュガービートなどの約9割が組換え品種という世界一のGMO大国だが、農務省は「GMOも有機農業もどちらも米国農業にとって成長分野であり大事、片方だけを排除するものではない」というスタンスだ。この政策は間違っていないが、GMO食品に表示義務がない米国で、GMOを食べたくなかったら、有機表示のある食品を選択する方向に消費者を向かわせたのも事実だろう(その割合ははっきりしないが)。アカデミックレビューの農務省批判はやや八つ当たり気味のところもあるが、半分くらいは正しいのかもしれない。

 米国の有機食品企業は環境市民団体と密接に連携し、マスメディアを巧みに利用して販売促進戦略を進めている。なかなか見事な商法だ。しかしだ。「うちの有機食品はおいしいよ、健康にも良いよ」と宣伝しているだけでは商売にならない。「GMO、農薬、添加物は危ない、健康に悪い」と消費者の不安、恐怖をあおり、ネガティブキャンペーンを続けなければ成長できないとしたら、有機農業や有機食品産業はちょっと哀しいビジネスのようにも思えてしまうのだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介