科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

厳格なルールは有機農業の宿命 JAS有機だけがきびしいのではない

白井 洋一

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 2008年9月に農業環境技術研究所のウェブマガジンにGMO情報「有機農業と遺伝子組換え技術」というコラムを書いた。

 有機農業には使ってはいけない農薬や肥料、農業資材がたくさんあり、これは海外でも同じであることなどを紹介したものだが、現在でも、大きな変更点はないので、関心のある方は読んでいただきたい。

 有機農産物と呼べない有機栽培も

 このコラムの最後で、2006年に超党派の議員立法で成立した有機農業推進法と有機JAS規格(日本農林規格)の関係について書いた(以下、再掲)。

 2006年12月に 「有機農業の推進に関する法律 (有機推進法)」 が国会で成立したが、この法律で定められている「有機農業」 は今まで述べてきた世界や日本の JAS 規格の 「有機農業」 とはやや異なっている。有機推進法の第2条(定義) では、「有機農業とは、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」と定めている。

 上表にあげた有機 JAS 農産物の条件のうち、「2.禁止された農薬、化学肥料の使用禁止」と 「3.遺伝子組換え技術の使用禁止」 は同じであるが、「1.種まき、または植え付け前2年以上、禁止された農薬や化学肥料を使用していない田畑で栽培する」 は有機推進法では定めていない。また、たい肥作りや収穫後の汚染物管理についても、有機推進法では有機 JAS 規格のような厳格な条件を定めていない。

 有機 JAS 規格はコーデックス基準など国際的な動向に合わせて改訂された厳しい基準であり、一方、有機推進法は有機農業の普及・推進を目的として制定された。そのため、有機推進法に基づいて栽培された農産物が、必ずしも「有機JAS」 として認証され、「有機栽培」、「オーガニック」 と表示できるわけではない(再掲終わり)。

 ややわかりにくいかもしれない。実はこの後、つづきがあったのだが、農水省が作った有機農業推進法にけちを付けるようなので削った。つづきはこうだ。

 “同じ「有機農業」という用語を使いながら、国際的に認められず、国内でも有機JAS表示が使えない「有機農産物」が存在する。このような複雑なシステムが消費者や市場に理解され、「有機農業」が普及・推進していくのかひじょうに疑問である。”

 入門者向けと国際的にも通用する専門家向けの2つの基準があることをはっきり国民に説明しないと混乱するし、安易な気持ちで有機農業に入門してきた人も、後から「知らなかった。プロ向けはこんなに制約があるのか!」ということになるのではないかと思ったのだ。

有機JAS規格改正

 その厳しい有機JAS規格が2012年3月28日に改正され、4月27日から施行された

千野義彦さんの「農薬の今2」でも、新たに使えるようになった農薬と使用上の留意点を紹介している。

 今回の改正のポイントは、有機栽培で使用できる種子と苗の条件が厳しくなったことだ。今までは「入手が困難な場合は、遺伝子組換え以外であれば、農薬・化学肥料を使って生産した種子・苗を使ってもよい」だったが、「原則として、持続的効果を示す化学合成肥料・農薬を使用して生産した種子・苗は使用できない」と変わった。

 つまり、有機栽培と名のる以上、一般の栽培方法で化学肥料や農薬を使って生産した種子や苗を買ってきて使うのは禁止となり、種子や苗も有機栽培基準によって生産しなければならなくなったのだ。

厳しすぎる 現場の実態無視の声もあるが

 日本農業新聞(2012年3月29日)は「改正有機JAS 種苗使用厳しく 改正に現場置き去り」の見出しで、「日本では有機栽培で種子・苗を生産・販売する体制が整っていない、このままでは特に少量多品目の野菜栽培農家の多くが影響を受けるだろう」と、今回の改正を批判している。

 国内のことだけを考えれば、実態を無視した厳しい改正のようだが、今回の改正は世界で通用する有機農産物基準に合わせたものだ。欧米など主要国の有機農産物でも、種子や苗は有機栽培基準で生産されたものしか使えない。

 有機農業は地産地消が原則。輸出なんて考えず、日本風の「J有機」でよいではないかという考えもあるだろう。しかし、有機農産物は今や有望な国際市場になりつつあり、国際動向は無視できない。

 日本も米国と交渉を進め、2009年10月、有機JAS規格が米国の有機農業基準(NOP)に適合するとの承認を得た。

 2010年6月には、欧州連合(EU)でも有機JASが「有機農産物」として認められた

 最近では、米国とEUが有機農産物に関する相互協定を結び、2012年6月1日から施行された

 米国、およびEUそれぞれの基準で、「有機農畜産物」と認められた製品は、輸出相手国でも、そのまま「有機食品」として表示して販売できるという協定だ。両者の有機農産物基準は今までもほぼ同じだったが、抗生物質の使用条件が違っていた。米国有機では、抗生物質はリンゴやナシの伝染病対策を除き、原則使用禁止なのに対し、EUでは家畜の治療用の使用を認めていた。

 今回の協定では、輸出する農畜産物には、米国の果物やEUの家畜にも抗生物質は使用しないこととなっている。米国とEUは今後も協議を重ね、両者の輸出が進むようにシステムを改善していくと発表している。世界の有機食品の2大市場の協定なので、他国の有機農畜産業に与える影響は大きいだろう。

  化学肥料や農薬を使わず、遺伝子組換え技術はもちろん禁止。種子や苗の生産方法や家畜の飼育にもいろいろな制約があるのが有機農業だ。病害虫が大発生した時だけ、1回限りで化学合成農薬を使うのもだめ。米国有機基準では家畜が病気になっても、抗生物質の投与は原則禁止である。

 厳格というか、融通性がないというか、そういう決まりなのだから仕方ないが・・・。仏滅の日を避けて、神前結婚式をやり、お色直しは西洋風ドレスというのが多くの日本人の国民性だ。厳格でストイックなルールに縛られた「有機農業」は日本人にはなじまないのではないか。おそらく主流にはなれないように思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介