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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

欧米のバイテク農産物の規制動向(下)~英国 ゲノム編集利用に新提案

白井 洋一

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英国 ゲノム編集農産物の規制で独自の提案

欧州連合(EU)から正式に離脱した早々、2021年1月7日、英国の環境食料農村地域省は「遺伝子工学の規制をこれからどうすべきか」という意見募集を開始した。

意見募集は2部構成で、パート1では、ゲノム編集技術を使った品種改良について、パート2では、非組換え体(ノンGM)を含む、作物、家畜、食品、動物のエサ、医薬品の現在の規制の在り方についての質問だ。

メインはパート1のゲノム編集応用農産物の規制だ。従来の育種法や自然におこる突然変異で生まれるものと同じで、外来生物の遺伝子が入っていないことが確認された場合は、遺伝子組換え生物としての規制はしない。この判断基準は、すでに日本、豪州、アルゼンチンなど多くの国が採用していると、第一に日本を例にあげている。日本の判断基準は科学的に妥当だと英国政府は評価したようだ。

組換え生物のような規制をしないことによって、作物と家畜の品種改良が効率的に進み、気候変動や生物多様性に関連する将来の課題を達成するのに役立つとメリットを強調している。

パート1では、ゲノム編集技術による品種改良は、年月をかければ、従来の育種法でもできるものと説明したうえで、4つの質問をしている。

  1. 現在、英国(とEU)は、従来の育種法で達成できる品種改良も、遺伝子組換え生物として規制している。今後も同じように規制すべきか、変更すべきか?
  2. 従来の育種法による農産物と比較して、遺伝子組換えによる農産物は、人の健康や環境に対してのリスクは、同じか、より小さいか、より大きいか?
  3. 遺伝子組換え生物としての規制をしなかった場合、考慮すべき「安全性以外の問題点」は存在するか? 例として、貿易への影響、消費者の選択、知的所有権、規制管理、動物福祉などをあげている。
  4. ゲノム編集や他の遺伝的技術でできた産物は従来の育種法による産物とするべきか、異なるものとするべきか、どのような指標を使って、決定するべきか? 自由回答で。

なかなか難しい、微妙な質問もある。意見募集は3月17日までで、3カ月以内に結果を公表する予定だ。

EUは4月末までになんらかの見解を発表予定

英国政府のプレスリリースでも、EUは2018年に司法裁判所が、ゲノム編集技術を使った突然変異誘導による品種改良も遺伝子組換え技術と同じ法律による規制を受けると判断したと書いている。英国はEUを離脱したので、今後も同じルールに従うか、新たな道を歩むか、決断の時ということだ。

日本で、ゲノム編集応用食品の扱いが話題になるとき、遺伝子組換え反対や懸念の団体やメディアは、ヨーロッパはこの技術に反対か慎重、対して米国は推進と、対立構図でとりあげることが多い。

しかし、EUも反対、慎重一色というわけではない。2019年6月の当コラム「ゲノム編集 気になるヨーロッパの動き」で紹介したように、元々、欧州委員会はゲノム編集を使っても、外来遺伝子が残らないもの、小規模の変異誘導は、規制対象外にするつもりだった。

しかし、2016年にフランスの農民団体が「変異誘導技術による品種改良は、組換え体の規制の対象となるのかどうか」と政府に判断を求め、欧州司法裁判所が裁定することになった。2018年7月に、司法裁は組換え体と同じ法律の規制を受けると判断したが、同時に、「新しい技術であり、現行の遺伝子組換えの法律(EU-GMO指令)では対応できない点もある。見直し、検討を行うべき」と欧州委員会に注文を付けた。新しい制度ができるまでは、組換え体として扱うということだ。

2019年5月に、オランダなど14国が共同ルールの作成を要求し、欧州閣僚理事会も、ゲノム編集の位置づけに関する見解を出すよう、欧州委員会に要請している。

その回答期限は4月末となっているが、遅れる可能性もある。たとえ見解が出たとしても、「小規模な変異誘導だけのゲノム編集は規制対象とはしない」、あるいは「このまま規制を続ける」という結論は出ないだろう。文献調査や諸外国の動向を長々と報告したうえで、さらなる調査、検討が必要という見解になるのではないか。過去、20年間の遺伝子組換え体の環境影響や規制監視システムについて、欧州委員会や共同研究センターの仕事ぶりから、スピード感をもって、物事を進めるとは思えないのだ。

英国の先走りに不安の声も

今回の提案に対して、英国のバイテク研究者や種苗業界はおおむね歓迎姿勢だ。しかし、農業生産者や食品業界では、消費者意識や輸出市場の反応を気にする声も大きい。これは意見募集でも、考慮すべき「安全性以外の問題点」として取り上げており、英国政府も気にしている。離脱したばかりで、4月には欧州委員会が見解を出す予定なのに、それからでも良いのではないかという慎重意見もある。

EU加盟国の環境系議員や市民団体からも、英国はゲノム編集や農薬規制で、安全基準を後退させるのではないかという懸念も出ている(EurActiv, 2021/01/19)。

農薬の規制緩和とは、英国がネオニコチノイド殺虫剤を緊急防除のため、シュガービートに1年限定で使用を認めたことだ。同じ特例使用はフランス、スペイン、ベルギーなどEU加盟国でも認めているが、それには触れず、英国はEU離脱によって、食品や環境の安全基準を後退させると、一方的に印象付ける作戦のようだ。英国にとって農畜産物の輸出の半分以上はEU向けであり、市場を失うかもしれないという不安は大きい。

英国にとって、EUが今後、どんな判断をするのかが一番大きいだろう。日本にとっても、EUが日本など大多数の国と同じ基準を選択したとなれば、市民団体やメディアの反応もがらりと変わるはずだ。

遺伝子組換えや農薬(ネオニコチノイドとグリホサート)の承認では、政府や議会が科学を超えた感情、感傷論が優先して異様に盛り上がるEUだが、ゲノム編集でも同じ道を歩み続けるのだろうか。遺伝子組換えと同じ規制を続けると決めた場合でも、それなりの科学的根拠が必要であり、どんな理屈を持ち出すのか興味のあるところだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介