科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

全国で進むミツバチ被害対策、食品衛生基準行政の移管

斎藤 勲

農薬のミツバチ被害は、現場の努力でかなり改善されています。このほど公表された農水省のウェブサイト「令和3年度の農薬が原因の可能性がある蜜蜂被害事例報告件数及び都道府県による蜜蜂被害軽減対策の検証結果」をご紹介しましょう。あわせて最近の話題として、残留農薬基準を策定する厚生労働省の伝統的な部局が消費者庁に移管されることについても触れておきたいと思います。

●対策の成果が被害報告件数に反映

日本国内では海外のような大規模なCCD(蜂群崩壊症候群)は発生していませんが、散発的なミツバチ被害は報告されています。農水省が平成29年度より毎年調査集計し、その改善策などの情報をHPに掲載しています。

令和3年度に、都道府県から農水省に報告があった、農薬が原因の可能性があるミツバチ被害件数は15件。(数都道府県が、「被害の原因は、農薬以外である可能性が高いと考えられると判断した」ものを除く件数を集計(農薬か農薬以外のどちらの可能性が高いか判断できなかったものは件数に含む))。平成29年度が33件、平成30年度が21件、令和元年度が43件、令和2年度が29件で、調査開始以来もっとも低い件数となっています。

これまでは、農薬が原因の可能性があるミツバチ被害は北海道が多くを占めていましたが、対応策をきちんと行えば国内での被害を抑えることができることが次第にわかってきました。そこで養蜂業者、農業生産者、農薬メーカーなどが協力しながら、対策を試行錯誤してきました。その結果もあり、北海道では被害件数が令和元年度26件→令和2年4件→令和3年1件と大幅に減少しています。

その対応策は「農薬散布及び蜜蜂飼育場所の情報共有、農薬散布方法の改善指導、飼育場所の一時退避などが、被害件数の減少に効果があったものと考えている。」と報告されています。散布時期、場所の周知と散布方法の改善(ドリフトでミツバチに付着しやすい粉剤の制限、ラジコンヘリやドローンによる効率的散布や両者の意思疎通)、一時退避など当たり前のことをきちんとやると、農業と養蜂が共存でき被害が減ることは実証されています。

確かにミツバチなどに害を与えるネオニコチノイド系農薬などもありますが、すぐに禁止するといった硬直的な対応ではなく、まずは知恵を絞って対応策を模索して、それでもだめなら制限をかけるというのが常道でしょう。農薬散布時期に、果樹や草花の新たな蜜源を用意してミツバチがそちらに喜んでいく環境づくりもSDGsの観点から必要かもしれません。

一方、和歌山県では令和元年度0件→令和2年度7件→令和3年6件と、数としては増えています。関係者の方にお聞きしたところ、柑橘類は自家受粉なのでミツバチは必要ありませんが、ミカンの香りのハチミツは人気商品なので、花が咲く時期に農園の近くにハチ箱を置いている養蜂業者も存在します。ミカンへの訪花害虫防除に従来はモスピラン(アセタミプリド)が使用されていましたが、抵抗性などで他の薬剤(ピレスロイドやほかのネオニコ剤)に変更した結果、蜜蜂被害がでたのではないかとのことでした。アセタミプリドはネオニコチノイド系農薬の中ではミツバチなどへの毒性が低いことが知られており、その影響で以前は被害が少なかったものが、薬剤が変わったために被害が発生した可能性があります。

令和4年度の和歌山県の果樹類の病害虫防除暦を見ると、そのあたりを配慮して有用昆虫には影響が少ないシアントラニリプロールが掲載され、ハチ対応をしているのかなと思います。今年の対応成果に期待したいものです。

このようにそれぞれの地区が発生している事象を調査して、それぞれの状況に見合った地道な対応を繰り返しながら、短絡的にネオニコチノイド系農薬批判するのではなく生産者、事業者、生活者が共存できる環境を作っていってほしいものです。農水省の報告にはあまり具体的なことは書いてありませんが、時間があれば一度覗いてミツバチ被害状況の推移をみてください。

●食品衛生基準行政が消費者庁へ移管

さて、全国の養蜂被害とは全く違う話ですが、最近驚いたのは、食品衛生基準行政が消費者庁に移管されるという政府の決定事項です。

9月2日、新型コロナウイルス感染症対策本部(本部長 内閣総理大臣)が開催され、「新型コロナウイルス感染症に関する  これまでの取組を踏まえた次の感染症危機に備えるための対応の具体策」が示されました。これに関連した記事はほとんどありません。

この具体策(本文)は、日本中が3年ちかく振り回されている新型コロナウィルス感染症に対する国家的な対応とその方向性を示したものです。要旨は感染症に対する保健・医療提供体制の整備強化、保健所の体制機能強化、地方衛生研究所などの体制整備、内閣感染症危機管理統括庁(仮称)の設置などさまざまな具体策を述べています。

そして、最後に「4.感染症対応能力を強化するための厚生労働省の組織の見直し」として、省内に平時から感染症対策部(仮称)の設置、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合し日本版CDCの設置などを挙げています。

次に突然「上記の感染症対応能力の強化と合わせて、厚生労働省から食品衛生基準行政を消費者庁へ、水道整備・管理行政を国土交通省(水質基準の策定等については環境省)へ移管する。」との記載があります。次期通常国会に法案を提出し、業務移管は令和6年の施行を目指すと記載してあります。「ええっ!」である。

食品衛生法における残留農薬基準や食品添加物などの規格基準を設定している食品基準審査課(食品安全企画課も?)が消費者庁へ移動して本当に大丈夫?と思ってしまいます。厚生労働省の食品衛生法の目的は国民の健康ですが、消費者庁は消費者庁の利益が第一義的な目的です。消費者庁は食品安全行政の司令塔として活動することに前向きのようですが、これまでどおり残留農薬基準の策定が実施できるでしょうか。

国の組織改編とは、こういうふうに上意下達で変わっていくのだと実感しました。大局的観点からいえば、組織の一部の業務移管が次期通常国会で法案提出までわからないというのもすごいことです。農薬をめぐる様々な規制、今後もいろいろな部局の通知を見ておく必要がありそうです。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。