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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

延期続く生物多様性条約国会議 いつになったら中国・昆明で開催されるのか

白井 洋一

生態系の保全や外来種対策などを扱う生物多様性条約締約国会議は、2年に一回、10~12月頃に開催される。日本では2010年10月に名古屋で第10回会議(COP10)が開催され、愛知目標や遺伝資源の利用と利益配分に関する「名古屋議定書」などが採択された。10年後の2020年10月には中国雲南省昆明で、第15回会議(COP15)が開かれ、愛知目標の達成度を点検し、次の10年の目標を決めることになっていた。しかし、2019年秋から初冬に湖北省武漢で発生した新型コロナウイルスのため、開催は延期された。

参考「延期された生物多様性条約国会議 来年 中国で開催できるのか?」(2020年12月14日)

会議は何故か、オンラインではなく対面方式にこだわり、オンライン会議は公式な決定事項とは認められていない。このためCOP15は2021年4月、10月(一部、対面とオンラインで限定開催)、2022年4月と延期され、2022年8月下旬にようやく開催の予定だ。

生物の保全や生息地の保護などは比較的すんなりまとまるが、遺伝子組換え生物の規制や、遺伝資源の利益配分といった問題は、各国の利害や、思想信条が表面化し、毎回会議は白熱し、不毛とも思える徹夜の論争が繰り広げられる。COP15でも10年前に採択された遺伝資源の利用と利益配分に関する名古屋議定書絡みが論争になるはずだ。

本番の国際会議の前に、事務レベルの事前調整会議が開かれ、草案が作られるが、本番以上に各国の駆け引きが行われる。これも対面方式で、オンライン会議は公式文書扱いされない。非公式で会議を続け、水面下で交渉し、突然別案を提案して、強引に文書に盛り込もうとするのが常道のプロの交渉人(ネゴシエイター)たちにとって、オンラインでは、活躍の場がないということだろうか。

本番前の事務レベル会議も、延期、延期が続いたが、2022年3月14~29日にスイス・ジュネーブでようやく開催された。

国際環境会議情報

環境省からのお知らせ 2022年4月1日

事務レベル会議の開会(3月14日)で、ウクライナが「国土の攻撃は環境への攻撃でもある。生物多様性の回復には多大な年月がかかる」とロシアを激しく非難した。他国、団体からもロシアへの非難が相次いだ。一方、ロシアは「国連憲章51条で定められた自己防衛の権利を行使している。この会議では政治的な問題ではなく、適正に議論すべきだ」と反論し、3月29日の閉会でも再度繰り返した。

いつもの事務レベル会議とは異なる様相でスタートしたが今回は事務レベル会合のホットな話題の交渉状況を中心に報告する。

●合成生物学 先送り 調査・検討を続ける

前回(2018年エジプト)のCOP14で白熱した議題は、合成生物学、遺伝子ドライブ、デジタルシーケンス情報(DSI)だ。合成生物学とはコンピューター工学を使って、生物のゲノム(全遺伝子情報)を人工的に設計する異分野融合領域で、今使われているファイザーやモデルナのメッセンジャーRNAワクチンも、少なからずこの技術を利用している。

前回は、合成生物学でできた生物に、遺伝子組換え生物のような規制が必要か、あるいはそれ以上の規制が必要かが争点になった。今回の事務レベルでは、多くの選択肢、括弧つきの案が出され、さらに包括的調査やモニタリングが必要、公開フォーラムを開催しろなど多くの注文がついた。

今までの例から、本番では紛糾せず、先送りとなる可能性が高い。とくに急ぐ必要はない、他のホットな事項(DSIなど) が片付いてからというところだろうか。

●ジーンドライブ 引き続き検討

ジーンドライブは、改変した遺伝子を組み込んだ生物が交配を繰り返すことで、目的の遺伝子を集団内に広げる遺伝子浸透、遺伝子置き換え技術だ。感染症を媒介する蚊や侵入生物の駆除、根絶への利用が計画されている。交配を繰り返す操作にゲノム編集技術を使うため、近年、急速に現実味を帯びてきた。ゲノム編集といっても、外来遺伝子を常に働かせるので、組換え生物扱いなのだが、種の絶滅につながるため、野外での利用を厳しく制限し、事実上使用禁止にすべきという意見がでていた。

今回の事務レベルでは、合成生物学と同様に、議論は紛糾せず、組換え生物のリスク評価と管理の中で、引き続き検討することになった。これも先き送りになる可能性が高い。しかし、決着したわけではないので、以前話題になった組換え魚類などとともに、将来の会合で緊急事項として再浮上してくる可能性がある。

●デジタルシーケンス情報(DSI) もっとも白熱 再度事務レベル会合

DSIとは、ATCACGG・・で示される塩基配列情報だが、これも生物種と同様に「遺伝資源の利用と利益配分に関する名古屋議定書」に定めた遺伝資源に入るから、生きている生物と同じように規制対象にすべきだと途上国連合が主張し、2016年のCOP13から紛糾している。2018年のCOP14では、生きた生物種でないDSIは生物多様性条約の3つの目的にどのような影響を与えるのかなどが問題提起された。3つの目的とは、①生物多様性の保全、②生物多様性の構成要素の持続可能な利用、③遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分だ。しかし、DSIの用語の定義や範囲がはっきりしないので、議論はかみ合わなかった。

今回の事務レベルでは、非公開の会合が再三開かれ、徹夜の会合もあり、最も白熱したテーマだったようだ。しかし、妥協の結果まとまった草案には、多くの選択肢、括弧つきが多く、DSIの定義についても、これで決定ではないと注意書きするなど、ほとんど進展していない内容だ。コロナウイルスにより活動が制限されたとはいえ、COP14以降の2~4年、何をやっていたのか。DSIを生きた生物と同じ遺伝資源として保護し、その利益を確保するという主張そのものに無理がある。日本政府は「DSIと遺伝資源の関係を明確にすべき」と要求しているが、まさにその通りで、DSIとは何を指すのかを明確にせずに対象とするか否かを議論していても意味がない。しかし、無理が通れば道理が引っ込む状況は続いている。

事務レベル会合はこれで終わりではなく、6月21~26日にケニヤ・ナイロビでもう一回対面方式で開催されることになった。生物多様性条約の本題である、生物種と生息環境の保護、保全に関するポスト愛知目標とともに、DSIもさらに詰めの協議をするようだ。

本番の昆明でのCOP15は8月下旬から9月に予定されているが、今も厳しいコロナウイルス隔離策(ゼロコロナ)をとっている中国で、世界から多人数の役人や環境団体が参加する国際会議が開けるのか不明だ。ポスト愛知目標、次の10年目標と言っても、2020年からすでに2年たっている。2030年までに陸地と海洋の30%を保護、保全するという「30by30」目標など、時間がないのだからさっさとオンライン会議で決めたらよいのではないか。

DSIだけでなく、合成生物学やジーンドライブなど、途上国、新興国側で活躍するプロの交渉人の振る舞いを見ていると、問題解決よりも、交渉を長引かせ、楽しんでいるようにさえ見えてくる。一般人やまともなメディアから見て、生物多様性条約の意義や会議の存在、信頼性が失われるのではないかと思ってしまうのだ。

参考 前回2018年12月 エジプトでの生物多様性条約国会議(COP14)と過去の会議の流れ

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介