科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

乳児期からの生活習慣病予防で高齢化の危機を乗り越えよう!:食事摂取基準2025のポイント2

児林 聡美

エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できるのが「日本人の食事摂取基準(以下、食事摂取基準)」です。

食事摂取基準がどういうものかは、すでに「食事摂取基準2020年版」を題材にして、34回の連載でお伝えしてきました。
(初回は「基準値なのに大切なのはそれ以外?:これでわかった!食事摂取基準1」)

そして今、2025年4月から使用される「食事摂取基準2025年版」(文献1)が公開されたところです。
前回のコラムでは、この2025年版食事摂取基準の改定のポイントとして、健康日本21(第三次)(文献2)の内容を受けていることを紹介しました(最新版の食事の摂り方ガイドラインが公開!:食事摂取基準2025のポイント)。

特に「高齢化が進む中で健康寿命を延ばす」という健康日本21(第三次)の目標を受けて、介護予防の観点から、食事摂取基準の中で骨粗鬆症を扱うことになったことを紹介しました。

今回も最新の食事摂取基準の改定のポイントを確認していきたいと思います。

●5つの指標の重みに変化が?

ここで復習ですが、食事摂取基準の基準値(指標の値)には5つの種類がありました(図1)。
それぞれが、3つの目的のいずれかのために設定されています(誰のため?何のため?:これでわかった!食事摂取基準2)。

図1. 食事摂取基準で示されている指標の目的と種類(文献1;総論図2):食事摂取基準の基準値は、3つの目的に応じて、5つの指標の値(基準値)が設定されています。

目的1は摂取不足の回避のためで、そのための基準値として、①推定平均必要量、②推奨量、③目安量が設定されています。
目的2は過剰摂取による健康障害の回避のためで、そのための基準値に、④耐容上限量が設定されています。
目的3は生活習慣病の発症予防のためで、そのための基準値には、⑤目標量が設定されています。

食事摂取基準の前身は、2005年以前の「栄養所要量」という名前で示されていた基準値で、そのころは、健康維持や成長のための栄養素が不足しないように必要な摂取量を示す、という意味合いが強かったんです。
名前も「所要量」とありますし、必要な量はどのくらいか、という値を示したものでした。
そのため、基準値設定の目的としては、目的1が重要だったわけです。

ところが、今の日本では、食糧不足などの心配がなくなってきました。
反対に、過剰な栄養素摂取による肥満など、生活習慣病のリスクという新たな健康障害を防ぐ必要が生じてきました。

2005年に、栄養所要量から名前と目的を変えて策定され続けている食事摂取基準では、目的3の生活習慣病の発症予防と、その指標である「目標量」の扱いが次第に重視されるようになっているのです。
このことは、食事摂取基準2025年版の特徴というより、食事摂取基準が改定を重ねるたびに示してきた特徴といえるかもしれません。

●高齢化社会を乗り切るために

そして食糧不足の心配がなくなり、栄養過多が見られる世の中となり、さらには高齢化です。
生活習慣病の発症予防、重症化予防はますます重要になってきますよね。
そして、さらには介護予防なども通じて、健康寿命の延伸という、健康日本21(第三次)の目標を達成しようとしているわけです。

前回のコラムの図1の意味するところがさらにクリアになってきたでしょうか。
こういった流れを受けて、2025年版が策定されているということになります。
食事摂取基準策定の3つの目的と5つの指標のうち、これまでになく目的3と目標量の重要性が増しているとも言えそうです。

●子どものころからの食事が大事

高齢化社会というテーマがあることは、食事摂取基準の中の様々な記述から見えてくるように思います。
一方で、本文中にはっきりと書かれていませんが、この高齢化社会を乗り切るため「子どものころからの生活習慣病対策が大事」という考え方が、食事摂取基準の改定を重ねるごとに、随所に含まれるようになってきていると、私には思えます。

実際、子どものころの食事の質が高いと、大人になってからの生活習慣病のリスクが低いことは様々な研究結果で示されています(文献2, 3)。

食事は大人になって病気のリスクが高まってから整えればよいものではなく、なるべく子ども時代から、質のよい食事を摂取しておくことが望ましいと考えられます。
そういった考え方が、小児で目標量が設定される栄養素が増えてきている点から、垣間見えるように感じます。
たとえば、食物繊維や飽和脂肪酸などが挙げられます。

●小児の食物繊維の基準値の変遷

このうち、食物繊維を例に挙げてみたいと思います。
成人では、食物繊維は様々な生活習慣病のリスクを低下させるとの報告が数多く存在しています(文献1)。

成人の目標量は、国際的に目指したいとされている量としたいところですが、それと比べて日本人の現在の摂取量が少なく、その量を目標量にしてしまうと達成不可能になってしまいます。
そこで、本来目指したい量と現在の日本人の摂取量の中間の値を目標量になっています(あれもこれも炭水化物に含まれる:これでわかった!食事摂取基準15)。

一方で、小児期から生活習慣病のリスク低下を目指す場合に食物繊維をどの程度摂取すればよいのかという、詳しいことは明らかになっていません。
そのために、食事摂取基準2010年版策定時には、小児の食物繊維目標量は設定されていませんでした。

けれども、生活習慣病の発症には長期間にわたる習慣的な栄養素摂取量が影響することや、小児期の食習慣が成人後の食習慣に影響を与えること、成人後の循環器疾患の発症やその危険因子に影響を与えている可能性が示唆されていることなどの報告が得られていることから(文献1)、小児の食物繊維の目標量を設定したいとの策定委員の先生方の考えがありました。

そこで、2015年版には6歳以上の小児に、2020年版では3歳以上の小児に、食物繊維の目標量が設定されるようになりました(図2)。
そして、その考え方は、2025年版にも踏襲されています。

図2. 食物繊維の食事摂取基準の変遷(食事摂取基準2010年版~2020年版より):2010年版には成人のみ設定されていた目標量の値ですが、小児期からの摂取が重要との観点から、2015年版では6歳以上に、2020年版では3歳以上に目標量が設定されるようになりました。2025年版でもこの考え方は踏襲されています。

●全年齢で高齢化社会を乗り切るための食事を!

食事摂取基準の改定のポイントとして挙げられる図の中には「高齢化」という語が出てきますし、本文中にも高齢化に伴って重視される栄養素や疾患、という記述が様々な場面でなされています。
そして生活習慣病の発症予防、重症化予防という観点で記述されている箇所も多くなっています。

一見すると、高齢期になって、または中年期以降の生活習慣病のリスクが高まってからの食事に注目されているかのように見えてしまいます。
けれども、生活習慣病は生活習慣が影響するもので、それにはリスクが高まる以前の若いときからの積み重ねが重要になってきます。

そのために食事をどのように考えればよいのか、食事摂取基準はその目的のとおり、乳児から高齢者まで含む、すべての日本人のための食事のガイドラインとなっているのです(誰のため?何のため?:これでわかった!食事摂取基準2)。

参考文献:

1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2025年版. 2024.

2. 厚生労働省. 健康日本21(第三次). 2023.

3. Buckland G, et al. Br J Nutr 2024; 131: 720-35.

4. Kaikkonen JE, et al. Ann Med 2013; 45: 120-8.


※食情報や栄養疫学に関してヘルスM&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、オンライン講座も開講しています。ぜひご覧ください。

執筆者

児林 聡美

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