科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

バターコーヒー?低糖質ダイエット?健康になれる食事法は?

児林 聡美

前回のコラムで、ある食品がどんな人にでも常に健康によい、ということはないんですよ、ということを、牛乳を例にして説明しました(「牛乳は飲んだほうがよいですか?」への答え方)。
たとえば、牛乳に含まれている飽和脂肪酸という脂質を必要以上に摂取してしまうと、血液中のLDLコレステロールの値が高くなる場合もありましたね。

実は牛乳に限らず、誤った食情報の使い方による偏った食事のせいで、血中のLDLコレステロールが上昇したという例は、他にも栄養業務の現場にいらっしゃる⽅から伺うことがありました。
他にどのような場合があり、注意したほうがよいのか、紹介してみたいと思います。

●流行りのバターコーヒーがもたらした悲劇

もう5年くらいまえになるでしょうか、そのころ、健康診断業務に就かれている保健師さんから伺ったエピソードです。
その前年までは血清中の総コレステロール値が正常値だったのに、その年に急に高くなった、という対象者さんが何人も続けざまに健診に来られたそうです。
そして、その対象者さんたちは全員、同じ職場に勤められていたということで、何か原因がありそうだ、と原因探しが始まりました。
分かったのは、みなさん同じように職場で開催された講演を聴講していて、その講演の中で「バターコーヒーが健康によい」と聞き、それを飲み始めていたのだそうです。

バターは牛乳に含まれる脂質を固めたもの、つまり、前回のコラムで紹介した、飽和脂肪酸という脂質を多く含む食品です。
そして、飽和脂肪酸は血中のLDL-コレステロールを含む総コレステロールの値を上昇させる特徴を持つため、この値が高い人は摂取をなるべく抑えておきたい栄養素でしたよね(文献1)。
この対象者さんたちの急激な血中の総コレステロール上昇の原因は、バターコーヒーだったと推測できます。

●飽和脂肪酸と血中コレステロールの関係

飽和脂肪酸が血中コレステロールを上昇させる、という話はかなりエビデンスが蓄積されている情報です。
FOOCOMコラムでは、国の公表している食事のガイドラインである「食事摂取基準」の解説もしてきました。
その中で、飽和脂肪酸の摂取量が上昇すると血清総コレステロールの値は上昇することが説明されています(脂質はいろいろ、指標もいろいろ:これでわかった!食事摂取基準14)。

飽和脂肪酸の摂取量がどのくらい上昇したら、血清総コレステロールがどのくらい上昇するか、以下の式で計算することもできるんですよ(図1; 文献1)。

図1. 血清総コレステロールの変化量(文献1):飽和脂肪酸やコレステロールの摂取量が増えると値が上がり、多価不飽和脂肪酸の摂取量が減ると値が下がることが分かっています。

●エネルギー摂取量は増えていないのに

実際に血清中コレステロールの変化がどのくらいになるか、飽和脂肪酸と、その他の脂肪酸で比較をした研究結果もあります。
総エネルギー摂取量は変えず、総エネルギーのうちの5%を、炭水化物から飽和脂肪酸または不飽和脂肪酸に食べ替えて血清LDLコレステロールがどの程度変化するかを検討した研究結果は図2のとおりです(文献2)。

主に肉や乳製品に含まれている常温で固まりやすい飽和脂肪酸は、血清中コレステロールを上昇させていますが、魚や一部の植物油(えごま油、大豆油など)に多く含まれている多価不飽和脂肪酸は逆に、血清LDLコレステロールの値を低下させています。

図2. 各脂肪酸が血清総コレステロールおよび血清LDLコレステロールに与える影響:総エネルギー摂取量を変えずに、総エネルギーの5%を炭水化物から脂肪に食べ替えると、飽和脂肪酸では血清中の各コレステロール値が上昇し、多価不飽和脂肪酸では低下します

同じ脂質でも、効果はこんなに違うんですね。
そして、エネルギー摂取量が変わらないなら肥満の心配はない、だから肥満が原因でコレステロールの値が悪くなることはない、と思っていると、それは危険です。
摂取する栄養素の内容が変わって、その結果肥満を介さずに健康状態が悪化することもある、ということがわかります。

●肉は好きなだけ?低糖質ダイエット

この研究のように、炭水化物の摂取量を増やし、代わりに飽和脂肪酸の摂取量が増える食べ方をしている、ということは、低糖質ダイエットでよく起こります。
低糖質ダイエットでは、糖質、つまり炭水化物を多く含む、ご飯、パン、めんといった主食を減らし、代わりに肉などのおかずはいくらでも食べてよい、といった指導を受けることもあると聞きました。

肉には、たんぱく質ももちろん含まれていますが、飽和脂肪酸も比較的多く含まれている場合が多いです。
エネルギー量が変わっていないのであれば、まさに、炭水化物を減らし、飽和脂肪酸に食べ替えているという、図2の研究で実施している食事の摂り方をしているわけですよね。
または、肉を好きなだけ食べてしまえばエネルギーの摂りすぎで肥満につながり、それが血清中のコレステロールを上昇させてしまいます(文献1)。

健診で急にLDLコレステロールの値が上昇した、という対象者さんの中には、低糖質ダイエットを始めた人というのも一定数いらっしゃると、現場の栄養士さんに伺ったことがあります。
そういったエピソードを聞くと、研究結果から言われているような反応が、生きている人でちゃんと起こるんだな、とも思います。

●食品の効果はその都度変わる!

ところで、今回のコラムを通じて、私が「バターコーヒーは健康に悪い!」と言いたいか、というと、そうではありません。
もし、普段、3度の食事をかなり多めに摂取していて、朝はバターをたっぷり塗ったクロワッサンにベーコンエッグ、牛乳をたっぷり入れたミルクティーといったメニューを続けて摂っている人が、「朝食をバターコーヒーだけにする」という食事の選択をすると、飽和脂肪酸の摂取量はむしろ減少して、血清総コレステロールは低下する可能性が大きいです。
一方でもし、普段、朝食はほとんど食べていない人が、「朝食をバターコーヒーだけにする」という食事の選択をすると、飽和脂肪酸の摂取量は増加して、血清総コレステロールが上昇する可能性が大きいです。

朝食を同じように変更しても、その人たちの元の食習慣の違いによって、健康状態が改善することもあれば、悪化することもあるということですね。
つまり、どんな人でも健康になれるという食事のアドバイスは存在しないし、ある食品自体が「健康によい」か「悪い」かといったことは、摂取する人の食習慣を含む様々な状況によって異なる、ということを、今回も引き続きお伝えしたいのです。

ある食情報を見聞きしたときには、それが自分には当てはまるのかどうか、しっかり考えて活用する必要があります。
その判断がつかない場合には、専門家に相談する機会を持ってもらいたいなと思います。
適切な食事を選択することは、本来はとても難しいことなのです。

それでもなるべく簡単に、適切な食事を日々摂取したい場合には、「栄養学の専門家がお勧めする3つの食事のポイント」も合わせてお読みくださいね。

参考文献:

1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2025年版. 2024.

2. Mensink RP, et al. Arterioscler Thromb1992; 12: 911-9.


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執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします