食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
先日、食事指導をしている方から「対象者さんから『牛乳は飲んだほうがよいですか』と聞かれたときに何と答えたらよいでしょう」とたずねられました。
その回答はひとつではなく、その対象者さんの状況によって千差万別になりそうです。
どうして回答はひとつでないのか、たとえばどんな場合にどんな解決策があるのか、考えていきましょう。
体の中で健康に影響を与えるのは、食品ではなくて、そこに含まれるエネルギーや栄養素でしたよね。このことは、以前の食事摂取基準の解説記事である「誰のため?何のため?:これでわかった!食事摂取基準2」でも取り上げました。
国の食事のガイドラインである「『食事』摂取基準」なのに、定められている基準値は食品の量や食事の内容ではなく、食品に含まれる「栄養素」の量であるのはそのためです。
健康維持のための食事を考えるのであれば、食品レベルではなく、食品に含まれている栄養素で考える必要があるんです。
たとえば体に必要なカルシウムは、牛乳を飲んでも、小魚を食べても、摂取することができます。
そして、体はどの食品からカルシウムを摂取したかは問題にしません。
大事なのは、どんな食品からでもよいので、食事全体から栄養素としてのカルシウムを十分摂取することですね。
こんなふうに、日々の食事を考えるときには、体に必要な栄養素を必要な分摂取するためにどの食品を組み合わせて食べればよいかな?と考えることになります。
そして、その食品が苦手なら、替わりの別の食品で補えばよいわけです。
そういうことから、「この食品〇〇を食べるべき」ということにはならないはずなんです。
「食品〇〇を食べるべき」といった食情報はよく見るように感じます。
けれども、上のような理論に当てはめれば、これは常にどんなときにも言えるものではないはずだと分かります。
どんな場合のときに「食品〇〇を食べるべき」なのか、確認が必要ですね。
この、そもそも論が確認できたところで、「牛乳は飲んだ方がいいですか」への回答にはどんなものがあるのか、考えてみましょう。
たとえば、少し肥満体型の男性が対象者だったとします。
ダイエットをしたいそうです。
体重を減らすには、摂取するエネルギー量を今より減らし、消費するエネルギー量を増やす必要があります(文献1)。
今より少しだけ運動量を増やす工夫をしてもらいながら、食事も見直したいところです。
食習慣を聞き取ってみたところ、毎日カフェラテを仕事中に2~3杯飲んでいるそうです。
牛乳(普通乳)を使って作られているとして、1杯150 mLでその8割が牛乳となると、無糖のものでも、エネルギー量としては1杯で70~80 kcalほどありそうです(文献2)。
それが2~3杯となると140~240 kcalとなります。
これをエネルギー量ゼロの飲み物であるコーヒー、紅茶、緑茶などに変えれば、日々のエネルギー摂取量が抑えられます。
その方は、特にカフェラテじゃなければだめというこだわりもなく、コーヒーでもよいと言います。
骨密度も今のところ正常値であるこの対象者さんにとって、カフェラテ(牛乳)は余分なエネルギーを摂取している食品である可能性があります。
この方から「牛乳は飲んだ方がよいですか」と尋ねられたら、「この間食としてのカフェラテで余分に牛乳からエネルギーを摂取している可能性があるので、間食のときにはカフェラテや牛乳入りの飲み物は飲まないで、コーヒーや緑茶などに替えてみましょうか」と回答してもよさそうです。
ダイエットのためのひとつの解決策を伝えることになるかもしれません。
一方でたとえば、牛乳を日々のカルシウム摂取源として必要と考えて、毎日2杯、朝食時と昼食時には飲むことにしていた女性がいたとします。
以前骨密度が少し低めで気になったようですが、最近健康診断でLDL-コレステロールの値が高いことがわかりました。
牛乳には、カルシウムやマグネシウムといったミネラルなどが含まれています。
一方で、たんぱく質、脂質などのエネルギーとなる栄養素も含まれていて、その脂質の大部分が、飽和脂肪酸という、体にとって摂取を抑えたい脂肪酸であるという特徴があります(文献2)。
そして、飽和脂肪酸の摂取量が血中のLDL-コレステロールを上昇させる特徴を持つため、この値が高い人は、飽和脂肪酸の摂取をなるべく抑えておきたいところです(文献1)。
一方で、骨の健康のためにはカルシウムの摂取を極端に減らしたくはありません。
この方から「牛乳は飲んだ方がよいですか」と尋ねられたら、「普通乳ではなく、低脂肪または無脂肪の牛乳に替えるのはいかがですか」と回答する方法がありそうです。
毎日普通乳を2杯となると、含まれている飽和脂肪酸を余分に摂取している可能性があります。
低脂肪や無脂肪に変えると、その飽和脂肪酸の摂取量を抑えられます。
そしてカルシウムなどの他のミネラルの摂取量は確保できます。
低脂肪や無脂肪の牛乳が好みでない場合は「牛乳を1日1杯までにしませんか」という回答もありそうです。
それで牛乳からの飽和脂肪酸の摂取を半分にはできそうです。
骨密度が低めで、カルシウムの摂取も十分とは言えない、やせ型の女性がいたとします。
食事改善として牛乳を取り入れることを思いつきはしたものの、牛乳がそこまで好きではないそうです。
この場合、カルシウムを今より摂取するための食事に改善すればよいので、牛乳でなくてもかまいません。
カルシウムを含む、他の食品を意識して摂取すればいいですよね。
たとえば、日本人がカルシウムをどのような食品から摂取しているのか確認すると、やはり乳類が28%で多いですが、そのほかに野菜類が17%、豆類が13%、魚介類が8%などとなっています(表1;文献3)。
ほうれん草や小松菜などの緑の濃い葉野菜や、納豆などの大豆製品、そして骨ごと食べられるにぼしや魚の缶詰などの魚にも、カルシウムは含まれています。
この方から「牛乳は飲んだ方がよいですか」と尋ねられたら、「嫌いなら牛乳ではなく、野菜、豆、魚などを豊富に含む和食中心の食事となるように意識してみましょう」という回答がありそうです。
一方で、同じように骨密度が低めで、カルシウムの摂取も十分とは言えない、やせ型の女性がいたとします。
そして、今は牛乳をほとんど飲んでいなかったものの、嫌いではなく、飲もうと思えば飲めそうです。
この方から「牛乳は飲んだ方がよいですか」と尋ねられたら、エネルギーとカルシウムの確保のために「嫌いでなければ飲んでみるといいかもしれません」とお答えするのは問題ないと思います。
ちょうどその方の状況から、「普段の食事に牛乳を加える」ことが簡単な解決策になりそうなら、牛乳はその方にとってはお勧めの食品になりますものね。
何度もお伝えしているように「誰でもこれさえ食べれば健康のためによい」という含みを持たせた「食品〇〇を食べるべき」という情報は、鵜呑みにしないほうがよさそうです。
今回例に挙げたように、牛乳という食品ひとつをとっても、飲んだ方がよいか、飲まないほうがよいか、その状況によって回答は違ってきます。
背景情報である、現在の食習慣、健康状態、生活環境などによって変わりますし、対象者さんの好みに寄り添うことも、食事改善を継続させるうえでも大事ですね。
望ましい食事がどのようなものかを伝えるときに「食品〇〇がよい」と単純化して伝えられるほど簡単ではなく、食事はとっても難しいものなのです。
参考文献:
1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2025年版案. 2024.
2. 文部科学省. 日本食品標準成分表2010年版. 2010.
3. 厚生労働省. 令和元年 国民健康・栄養調査. 2021.
※食情報や栄養疫学に関してヘルスM&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。ぜひご覧ください。
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
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