食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。
今回から、ミネラルの解説に入ります。
これまでに解説してきた、エネルギー産生栄養素やビタミンといった栄養素は、たくさんの炭素や酸素などの原子がつながってできた、大きな分子として存在していました。
それらに比べると、ミネラルは金属原子一つから成る、とても小さな栄養素です。
食事摂取基準の定められているミネラルは13種類あります。
このうち、必要量が数百~数千mgのものを多量ミネラル、それよりも少ないものを、微量ミネラルというふうに、食事摂取基準では大きく2つに分類して扱っています。
今回は多量ミネラルの、ナトリウムとカリウムを紹介します。
ナトリウムは、体中の細胞外液に含まれています。
細胞の浸透圧を調整するなどして、体の様々な機能が適切に働くための重要な役割を担っています。
体内のナトリウム濃度は常に同じになるように厳しく調節されていて、多く摂取して吸収されても、不要な分は尿から体外に排泄されます。
腎臓の機能が正常であれば、必要なナトリウムは腎臓で再吸収されるため、ナトリウム欠乏となることはほとんどありません。
そして現在の日本人は、ナトリウムの摂取源である食塩(塩化ナトリウム)を必要以上に摂取していて、ナトリウム摂取量は過剰気味です。
通常の食生活を送っている日本人で、ナトリウム不足の心配はほとんどありません。
むしろ、過剰摂取による生活習慣病の発症や重症化が心配されています。
そのような状況のため、摂取不足を回避するための指標を設定する必要はほとんどありません。
けれども、生きていくのにナトリウムは必須の元素であることから、どの程度の量が本来必要なのかを知っておくことは重要です。
また、その必要量を知っておくことで、現在の摂取量が過剰であることも意識できるようになります。
そのような観点から、推定平均必要量は参考として示されることになりました。
いくつかの古い研究で、ナトリウムを全く摂取しないときに排泄される不可避損失量が調べられています。
それらの研究結果から、成人のナトリウム不可避損失量は500 mg/日以下、個人差があると考えても600 mg/日ほどです。
食事からナトリウムを摂取するときには、ほぼ食塩から摂取すると考えてよいため、これを食塩相当量にすると、食塩で1.5 g/日です。
高齢者を含む成人で、男女とも、この量が推定平均必要量として設定されました。
小児は報告がないため、指標は設定されていません。
乳児では、現在摂取されている量が不足していない量であると推測して、目安量が設定されています。
0~5か月の乳児は、母乳中の濃度と哺乳量から算出された摂取量の結果を用いて、6~11か月の乳児は母乳中の濃度と離乳食からの摂取量の合計の結果を用いて定められています(表1)。
すでに述べたように、食事中のナトリウムの主な摂取源は、ほぼ食塩です。
調理の際には食塩という形で添加しますし、ナトリウムと言うよりも食塩と言った方が、日常生活の中では認識しやすくなります。
また、食塩摂取量と健康の関係を調べている研究結果も多く示されています。
そのため、過剰摂取を防ぐための指標に関しては、食塩相当量で示すことになりました。
そして、過剰摂取によって問題になるのは、高血圧やがんといった、生活習慣病の発症リスクが上昇することです。
過剰摂取による健康障害を予防するための指標としては、耐容上限量というよりも、目標量として示す方が適切と考えられました。
そこで、ナトリウムの耐容上限量は設定されず、代わりに目標量がそれに近い意図で設定されることになりました。
多くの研究結果から、高血圧予防のためには、6 g/日未満の食塩摂取量が望ましいとされています。
また、WHOの食塩摂取に関するガイドラインでは、成人で5 g/日未満が推奨されています。
けれども、日本人の現在の摂取量の中央値は、成人男性で10 g/日程度、女性で9 g/日程度です。
推定平均必要量の1.5 g/日に比べると、相当多いですね。
目標量はWHOの推奨する5 g/日未満に設定したいところですが、現在の摂取量からの実現可能性を考えると、これをほぼ半減させるのはほとんど無理だと思われます。
そこで、食事摂取基準の目標量は、本来目標としたい5 g/日未満の5 g/日と、現在の日本人の摂取量の中央値を比べて、その中間の値として設定することになりました(表1)。
成人は、この方法で目標量が定められています。
値としては、男性で7.5 g/日未満、女性で6.5 g/日未満です。
小児は、WHOの示した成人の目標量の5 g/日と性・年齢区分の参照体重を使って本来目標としたい量を計算し、その値を使って成人と同様の方法で設定されています。
この目標量は、本来目指したい摂取量よりも多くなっています。
将来、日本人の食塩摂取量がもっと少なくなれば、目標量は5 g/日により近い値に更新されることでしょう。
現在の目標量を仮に達成できたとしても、まだそれでは不十分で、常に少なめを意識したい栄養素です。
目標量として、高血圧の発症予防のための食塩摂取量は示されました。
一方で、すでに高血圧の人にとってはこの目標量を守るのでは不十分で、食塩摂取量を6 g/日程度かそれ以下にしなければ、血圧の低下が期待できないことが多くの研究で示されています。
高血圧や慢性腎臓病(CKD)の患者に対する各国のガイドラインでは、5~6 g/日未満にすることが推奨されています。
このような状況から、高血圧やCKDの重症化予防を目的とした量は、目標量とは別に、食塩相当量6 g/日未満と設定されました。
この値は、食事摂取基準の表の下の注釈に示されています(表1)。
次にカリウムです。
ナトリウムが細胞外液に含まれているのに対して、カリウムは細胞内液に含まれています。
ナトリウムと一緒になって、細胞の浸透圧を調整し、体の様々な機能が適切に働くための重要な役割を担っています。
現在の日本人の食生活で、カリウムが不足した状態となることはほとんどありません。
そして、推定平均必要量や推奨量を設定するための研究結果が十分にはありません。
そのため、目安量を設定することになりました。
現在の日本人の摂取量の調査結果によると、成人のカリウム摂取量の中央値は、男性で年齢によって1900~2500 mg/日程度です。
一方で別の研究結果によると、日々必ず排泄されてしまう不可避損失量を補うためには、1600 mg/日のカリウムを摂取することが望ましいと示しているものもあります。
これらの結果から、1日に2500 mgの摂取は、必要量を十分に摂取できている妥当な量であり、摂取するのに無理のない範囲であると考えられるため、成人男性の目安量は全年齢区分で2500 mg/日と設定されました。
そして、女性は男性よりエネルギー摂取量が小さいため、それを考慮して2000 mg/日と設定されました。
小児では、成人の値をもとに、体重や成長因子を考慮して目安量が定められました。
0~5か月の乳児は、母乳中の濃度と哺乳量から算出された摂取量の結果を用いて、6~11か月の乳児は母乳中の濃度と離乳食からの摂取量の合計の結果を用いて定められています(表2)。
通常の食品でカリウムを過剰に摂取するリスクは低いと考えられます。
そのため、耐容上限量は設定されませんでした。
一方で、高血圧や心血管疾患、脳卒中、冠動脈性疾患のリスクを減らすには、食物からのカリウム摂取を増やすことが、WHOのガイドラインで推奨されています。
そこで、これらの疾患発症を予防するための目標量が定められることになりました。
WHOのガイドラインで示されている生活習慣病予防のための値は、3510 mg/日です。
けれども、現在の日本人の摂取量はこれよりも少なく、目安量を設定するときに紹介したように、成人男性で1900~2500 mg/日程度です。
本来は、WHOの推奨している3510 mg/日を目標量にしたいところでしたが、現在の摂取量から見ると、実現可能性が乏しくなってしまいます。
そのため、実現可能性を考慮して、成人では、WHOの推奨する3510 mg/日と成人(18歳以上の男女)の摂取量の中央値である2168 mg/日の中間値と、各性・年齢区分の参照体重を使った計算で得られた値を、目標量の候補としました。
さらに、このようにして得られた値と現在の摂取量の中央値を比べて大きい値のほうを、目標量としました。
小児も同様の方法で定められています(表2)。
生活習慣病の重症化予防に関しては、値を決めるだけの十分な研究結果がないため、設定されませんでした。
ナトリウム、カリウムはともに、高血圧予防のために注目したい栄養素です。
この2つの栄養素は働きが拮抗していて、ナトリウムは血圧上昇に関与しており、カリウムは尿中へのナトリウム排泄を促進させて血圧低下に関与していると考えられています。
そのため、ナトリウムを減らし、同時にカリウムを増やすということが勧められていて、ナトリウム/カリウムの摂取比を全体的に下げることが有効だとも言われています。
けれども、現時点ではその比をどの程度にすればよいのかといった研究結果は十分になく、値を決めることはできていません。
現時点ではまだ数値にはこだわらず、ナトリウムは少なめに、カリウムは多めに、を常に意識しておきたいところです。
ただし、腎機能が低下している場合など、カリウムの摂取を控えるように言われている人は、摂りすぎないようご注意ください。
参考文献:
※食情報や栄養疫学に関してヘルスM&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします