科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

骨を作るカルシウム、マグネシウム、リン:これでわかった!食事摂取基準23

児林 聡美

エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。

多量ミネラルの解説に入っています。
今回は残りの多量ミネラルの、カルシウム、マグネシウム、リンです。

●骨の材料となるカルシウム

カルシウムは、骨や歯を作る材料として使われている栄養素です。
吸収率が25~30%程度であり、他の栄養素に比べて比較的低いという特徴もあります。
骨量を維持する、といった骨の健康のためには、十分に摂取しておきたい栄養素です。
そのため、骨の健康を維持できる量を必要量として、不足のリスクを回避するための指標が定められることになりました。

その方法ですが、要因加算法という手法を使っています。
要因加算法とは、その栄養素の体内蓄積量、尿中排泄量、吸収率、といった、必要量を考えるための要因をひとつずつ挙げていき、その量を足し合わせていくような方法です。

表1には、たとえば男性のカルシウムの推定平均必要量と推奨量を決める場合に、どのような要因が考慮されたのかが示されています。

表1. 要因加算法によって求めたカルシウムの推定平均必要量と推奨量(文献1 1-7 P.280):カルシウムの必要量を求めるには、必要となる様々な要因ごとに、どのくらいの量が必要かを挙げていき、それらを足し合わせる、要因加算法という手法がとられています。

考慮された要因というのは、体内蓄積量、尿中排泄量、経皮的損失量です。
成長のときには骨量が増えるため、小児期から成人になったばかりの年齢では体内蓄積量を考える必要があります。
成長が止まる30歳代以降は、この体内蓄積量はゼロです。
また、骨や歯のカルシウムは、日々古いものが排泄され、新しいものが取り入れられて、平衡状態が保たれています。
排泄は尿と皮膚から主に起こり、ここから失われる量と同じ量を摂取によって取り入れられれば、体内のカルシウムは不足しないと考えられます。
これらの合計量と吸収率を使って、小児と高齢者を含む成人の推定平均必要量と推奨量が定められています。

乳児では、現在摂取されている量が不足していない量であると推測して、目安量が定められています。
0~5か月の乳児は、母乳中の濃度と哺乳量から算出された摂取量の結果を用いています。
6~11か月の乳児は、母乳と離乳食からの摂取量の合計の結果を用いて定められています。

●フレイル予防のための量は今後の課題

カルシウムの過剰摂取により、高カルシウム血症、高カルシウム尿症などの症状が現れます。

3000 mg/日以上摂取すると血清カルシウムが高値を示すとの研究結果があることから、それよりも少ない2500 mg/日であれば過剰症は現れないだろうということで、この量を成人の耐容上限量として定めることになりました。
この2500 mg/日を通常の食品から摂取することは稀だと考えられますが、カルシウムのサプリメントなどを摂取するときには注意しておきたい量です。
小児の研究結果は十分に存在しないため、耐容上限量は設定できませんでしたが、基準は存在しなくても、多量摂取になりすぎないように注意は必要です。

カルシウムと、食事摂取基準で扱っている4つの生活習慣病との関連は特に認められていないため、目標量は定められていません。

カルシウムが骨の健康に関与していることから、フレイルとも関連があることが考えられていますが、カルシウム摂取量と骨粗鬆症や骨折の関連を検討した疫学研究の結果は一致しておらず、結論が得られていません。
そのため、フレイルを予防するための量なども設定することはできませんでした。

こうしてカルシウムの推定平均必要量、推奨量、目安量、耐容上限量は、表2のように定められました。

表2. カルシウムの食事摂取基準(mg/日)(文献1 1-7 P.308):骨の健康を維持するために必要な量として、推定平均必要量と推奨量が定められています。高齢者の骨粗鬆症やフレイルの予防を直接考慮できていませんが、それらを予防する量に近いとも考えられています。

●生体内の酵素反応にも関わるマグネシウム

マグネシウムも骨や歯の材料となる一方で、体内の様々な酵素反応にも関わっています。

血清中のマグネシウム濃度はほぼ一定に保たれており、欠乏すると低マグネシウム血症となり、吐き気、眠気、筋肉の痙攣などが現れます。
そこで、不足のリスクを防ぐための指標が定められることになりました。

とはいえ、日常生活の中でマグネシウム欠乏と断定できるような欠乏症が見られることは稀であると考えられていて、そのような観点で行われた研究がほとんどありません。
そこで、出納実験でマグネシウムの平衡状態を維持できる摂取量の最低量から、必要量を求めることになりました。
マグネシウムの出納実験は、日本人を対象としたものも含めていくつか存在しています。
それらのいくつかの研究結果を精査して、4.5 mg/kg体重/日を成人の体重あたりの必要量としました。

この値と、各性・年齢区分の参照体重を使って、成人の推定平均必要量と推奨量が定められています(表3)。

表3. マグネシウムの食事摂取基準(mg/日)(文献1 1-7 P.309):出納実験の結果を根拠に、推定平均必要量と推奨量が定められています。通常の食品以外のサプリメントなどからの摂取に関しての耐容上限量のみ定められ、注釈に示されました。

小児は、小児を対象とした研究結果のうち、日本のものよりも海外のもののほうが妥当であると判断して、5 mg/kg体重/日という値を使って、成人と同様の計算をして設定されています。
乳児では、研究結果がないため、現在摂取されている量が不足していない量であると推測して、目安量が設定されています。
0~5か月の乳児は母乳中の濃度と哺乳量から算出された摂取量の結果を用いて、6~11か月の乳児は母乳と離乳食からの摂取量の合計の結果を用いて、目安量が定められています。

●サプリメントの過剰摂取による下痢には注意

通常の食品からのマグネシウムの過剰摂取で健康障害が生じたとの報告はありませんが、食品以外のサプリメントなどからのマグネシウムの過剰摂取によって、下痢が起こるとの報告があります。

この下痢症状を防ぐための値として、耐容上限量が定められました。
欧米諸国からの報告で、サプリメントによるマグネシウム360 mg/日(体重当たりに換算すると5 mg/kg体重/日)の摂取で下痢が生じたというものがあります。
この値を参考に、成人のサプリメントからの摂取による耐容上限量を350 mg/日、小児は5 mg/kg体重/日と設定しました。

マグネシウムの耐容上限量は、あくまでサプリメントからの摂取のみで設定されています。
そして、下痢症状であれば過剰摂取を中止すればすぐに治まり、深刻な健康影響は生じないという観点で定められています。

通常の食品からの摂取に耐容上限量はなく、食事摂取基準の表(表3)にも示されていません。
マグネシウムと高血圧や糖尿病との関連に関しては、予防に効果的との研究結果はいくつかあるものの、まだ目標量を定めるのに十分なほどの結果はありません。
そのため、目標量は定められませんでした。

こうして、マグネシウムの推定平均必要量、推奨量、目安量は食事摂取基準の表中に示され、耐容上限量は表の注釈で説明されました(表3)。

●エネルギー産生や細胞膜の材料としても重要なリン

リンはカルシウムとともに骨の形成に関わるほか、エネルギー代謝や細胞膜リン脂質の合成にも必須の栄養素です。

体内では、腎臓での再吸収や尿中への排泄を調節することで、血清リン濃度がほぼ一定に保たれています。
リンは多くの食品に含まれていて、通常の食事で不足や欠乏が生じることはありません。
また、加工食品には食品添加物としてリンが用いられているものも多く、通常の食事調査ではそのような加工食品に含まれるリンを十分測定できておらず、現在の日本人は調査結果よりも多くのリンを摂取している可能性があります。

また、慢性腎臓病の場合はリンの摂取を抑えることが勧められています。
そのため、不足の心配はあまりなく、過剰摂取を回避するほうが重要です。
不足の心配はあまりないものの、健康の維持に必要なリンを摂取しておく必要はあるため、不足のリスクを回避するための指標を設定することになりました。

推定平均必要量と推奨量を定めたかったところですが、海外の研究結果はあるものの、日本人を対象とした研究結果は十分に存在しないことから、代わりに目安量が定められることになりました。
目安量の設定には通常、日本人を対象にした調査で調べられたリン摂取量の中央値を用います。
けれども、食事調査の結果は加工食品に添加されているリンの摂取量を十分考慮できていない可能性があり、このまま目安量を設定するには心配があります。
そこで、念のため、日本人女性を対象にした出納実験の結果で推定平均必要量を求めるなどの確認をしたところ、摂取量調査の中央値を目安量として問題なさそうだということが分かりました。

以上のような経過を経て、18歳以上の成人では、各性・年齢区分でのリン摂取量中央値のうち、男女それぞれで最も値の小さい年齢区分の値を用いて、目安量が定められました。
小児は各年齢区分の中央値を用いました。
0~5か月の乳児は母乳中の濃度と哺乳量から算出された摂取量の結果を用いて、6~11か月の乳児は母乳中の濃度と離乳食からの摂取量の合計の結果を用いて、目安量が定められています。

●過剰摂取は問題だけれども科学的根拠は不足

リンの過剰摂取は、様々な健康障害を引き起こすのではないかと考えられています。
たとえば、カルシウム吸収を抑制すると考えられるといった報告はあります。
けれども、それにより骨密度の低下となるかは、まだ十分に研究がなされていません。

その他に、腎結石の発症リスクが高まると示唆する結果もありますが、耐容上限量を設定するまでの十分な結果がありません。

そのため、それらの結果から耐容上限量を定めることは難しく、代わりに、血清中の無機リンが正常上限となるときの摂取量が計算式から定められるため、このときの摂取量を健康障害非発現量であるとし、その値を1.2で割った量であれば健康障害は生じないであろうとして、成人の耐容上限量が定められました(表4)。

表4. リンの食事摂取基準(mg/日)(文献1 1-7 P.310):通常の食事で不足する心配はほとんどありません。むしろ過剰摂取が心配ですが、加工食品中から摂取しているリンの量がどのくらいか、過剰摂取でどのような健康障害が現れるのか、十分にわかっていません。

小児は十分な研究結果がないため、耐容上限量は定められていません。
生活習慣病の発症予防や重症化予防に関しては、様々な研究結果が存在しており、一貫した結論が得られていません。
そのため、目標量は定められませんでした。
以上のようなことから、リンは、目安量と耐容上限量が定められています(表4)。

骨に多く含まれるという共通点があるカルシウム、マグネシウム、リンですが、マグネシウムとリンは通常の食品からの摂取で欠乏する心配はなく、リンはむしろ過剰摂取が心配です。

一方、カルシウムは十分に摂取するよう意識することは必要ですが、サプリメントなどからの過剰摂取には気をつけておきたいところです。

参考文献:

  1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.

※食情報や栄養疫学に関してヘルスM&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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