食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報が満載の「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」に関して、連載でご紹介しています。
日本人の健康の保持・増進のために各栄養素をどのくらい摂取すればよいのかという指標の値は、主に栄養疫学研究の論文結果を根拠にして策定されていました。
指標はそれぞれの栄養素につき、達成したい健康状態別に5種類あり、さらに性・年齢・ライフステージの区分別に値が策定されています。
ひとつひとつの値を決めるための十分な根拠論文が存在するわけではないため、得られた論文の結果に基づいて、専門家の先生方の工夫による様々な計算によって値が決められていました。
このような膨大な作業を経て策定された指標の値も、正しく活用されなければ意味がありません。
食事摂取基準をどう活用するのが正しいのか、活用法と、そのために知っておきたいことを確認していきたいと思います。
食事摂取基準には、健康のために参照するエネルギーと栄養素の摂取量が示されているわけですが、この摂取量というのは、基本的には「食事として経口摂取される通常の食品に含まれるエネルギーと栄養素」の摂取量のことです。
いわゆる、健康食品やサプリメントからの「通常の食品以外の食品」からの摂取量は考慮されていません。
たとえば、ある栄養素の摂取不足のリスクを防ぐためには、推奨量くらいの量を摂取することを目指しますが、食事摂取基準ではサプリメントで補って摂取するのではなく、通常の食品から摂取することを推奨しています。
これは、多くの疫学研究が通常の食品の摂取を対象に研究を実施しており、そして食事摂取基準はそれらの研究結果に基づいて指標が策定されているためです。
サプリメントなどの「通常の食品以外の食品」からの摂取で「通常の食品」からの摂取と同等の結果が得られるのか、調べていないことはわかりません。
そのため、通常の食品以外の食品からの摂取量を加えて指標を策定することはできません。
それに、食品には食事摂取基準の対象になっている栄養素、なっていない栄養素を含めて、様々な栄養素が含まれています。
食事摂取基準の定められていない栄養素も健康に寄与している可能性があります。
ある栄養素の不足のリスクを解消しようとするとき、サプリメントなどからその栄養素を単独で補うよりも、食生活全般を見直し、通常の食品からその栄養素を摂取できるようにするほうが、食事摂取基準の定められている複数の栄養素の摂取状況を一度に改善できる可能性がありますし、他の様々な栄養素の効果も加わって、健康上のリスクを減らせる可能性が高いのです。
サプリメントを使ってはならない、というわけではありませんが、サプリメントよりも通常の食品の摂り方を改善するのが優先という考え方で作られていること、そして食事摂取基準が対象にしている範囲は通常の食品からのエネルギーと栄養素の摂取という定義、これらを頭に入れて、食事摂取基準全体を読み進める必要があると思います。
ただし、5つの指標のうちの耐容上限量だけは、通常の食品以外の食品からの栄養素の摂取も含めて策定されています。
食事摂取基準の指標は、「mg/日」などの「1日当たり」の摂取量で示されています(ひとつの指標の決定に32の値の判断:これでわかった!食事摂取基準6 図1参照)。
けれども、これは、1日間という短期間でこの量を食べましょう、という意味ではありません。
食事摂取基準は「習慣的な」摂取量の基準を与えているもので、おおよそ「1か月間程度」の食生活を振り返って、それを1日当たりに平均した摂取量が食事摂取基準の指標の範囲に収まっていればよし、とする考え方で策定されています。
この理由には大きく2つあります。
ひとつはヒトが食べているものは毎日違っていて、それによって摂取できている栄養素量は毎日異なることから、ある1日の食事を取り出して指標の範囲に収めようとするのはそもそも現実的に無理である、と考えられているためです。
「ヒトが食べているものが毎日違っていて日によって差が大きいこと」は疫学の専門用語では「日間変動」という現象で説明されます。
日間変動は以前のコラム(昨日の食事は「いつもの」食事?食事に見られる日間変動)で紹介していますので、振り返ってみてください。
もうひとつの理由は、食事摂取基準で扱っている健康上のリスクである欠乏症や生活習慣病のリスクというのは、ある1日の食べ方に影響するものではなく、「習慣的な摂取量」の過不足で発生するためです。
これらのリスクが症状として出現するまでの期間は、数週間のものもあれば、数十年というものもあり、異なります。
そのような中で、どのくらいの期間の食事のことを「習慣的な摂取」とみなし、管理していけばよいのか決めるのはとても難しいものです。
そこで食事摂取基準では、比較的短期間に症状が現れるものだと、おおよそ4週間(1か月)以内の栄養管理ができていればリスクを回避できる場合があるという研究結果などに基づいて、「1か月間程度」の摂取を「習慣的な摂取」としてみなし、この程度の期間で食事を管理することを推奨しています。
1か月間程度というと、現実に食事指導を進める場合も1か月ごとくらいに指導日が設定されていることが多く、栄養業務を行う上でも扱いやすい期間になりますね。
さて、このように策定されている食事摂取基準の指標を活用して、実際に食事改善を試みるとします。
その際、指標の値だけを見て食事の「改善」ができるでしょうか。
答えは「いいえ」です。
食事改善には各指標の値だけではなく、もうひとつ必要なものがあるのです。
それは、対象者の現状の「習慣的な栄養素摂取量」です。
このことは、以前のコラム(「食べるをはかる」が健康への第一歩)で紹介したことがあります。
ある栄養素に関して、対象者の現状の習慣的な摂取量が分かり、それと食事摂取基準の指標を比較して初めて、その栄養素摂取量が不足していれば増やすように、多すぎれば減らすようにといった食事の改善が可能になります。
食事摂取基準の中にも、図1のように、食事改善のためには「対象者の習慣的な食事摂取量」と「食事摂取基準の各指標」いう2つが必要なこと、そしてこれらを比較してエネルギーや栄養素の摂取量が適切かを評価する「食事摂取状況のアセスメント(食事アセスメント)」を行うときに、食事摂取基準の指標を活用することが示されています(文献1)。
そして食事改善のためには、計画を立てる前に、この食事摂取状況のアセスメントを先んじて行う必要があると書かれているのです。
この部分も図で示されていることは、以前のコラム(「食べるをはかる」が健康への第一歩)で紹介しているとおりです。
大事な図になりますので、再度食事摂取基準2020年版の図(図2)も今回のコラムに示しておきます。
食事アセスメントが食事改善の計画を立てる前に必要であること、そして計画を実施したあとに再度同じ方法で食事アセスメントを実施し、それを基に計画を見直す必要がある、というように、2回の食事アセスメントが必要なことが示されています。
そして、この食事アセスメントの際に、食事摂取基準の指標を活用することになるのです。
この方法を忠実に実行して食事改善の取組みを各地で開催してくださっている、生協のみなさんの取組みに関しては、以前のコラム(「食べるをはかる」を食育に活かそう)で紹介しました。
栄養業務の現場でも、この食事摂取基準の中で示されているようなやり方で、各指標を効果的に使って食事改善を試みていただいているものと期待しています。
食事摂取基準の指標をどのような場面で、どのように活用することが推奨されているのか、過去のコラムも参照しながら振り返りました。
指標は食事アセスメントを実施する中で活用されるわけですが、もうひとつの必要な値である「習慣的な摂取量」を知るためには食事調査を行う必要があります。
どのような調査法があり、食事摂取基準を活用するときに最適な方法はどの方法なのか、次回も以前のコラムを振り返りながら、食事摂取基準を読み進めていきたいと思います。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08517.html
※食情報や栄養疫学に関してHERS M&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
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