科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

「食べるをはかる」が健康への第一歩

児林 聡美

キーワード:

見たら栄養素の摂取量がわかる、こんなメガネがあったらいいけれど……

見たら栄養素の摂取量がわかる、こんなメガネがあったらいいけれど……

 仕事柄、「何を食べたら健康になれるの?」と質問されることがよくあります。
 しかも質問者はいつも、「○○を食べるとよい」というシンプルな答えを求めています。
 でも、この質問にそのまま答えることはできないのです。
 その理由は大きく2つあります。

●健康ってなんだろう?

 理由のひとつめは、質問者がどのような状態を想定して健康という語を用いたのか、まず確認する必要があるためです。
 このことを確認してみると、ある人はそれを考えないまま漠然と健康という語を用いていたことに初めて気づくようです。

 健康というのは、病気になっておらず、元気に仕事ができて、前向きに生活ができていて、というように、様々な面から判断することができます。
 そして、これらをまとめた、複合的で測定可能な指標は存在しません。
 そのため科学の世界では健康をもっと狭い範囲で考え、測定ができる状態のものを扱います。

 例えば、ある病気になっていないとか、またはある指標が基準値より高いとかいった具合です。
 科学的な説明を求めるときには、具体的な健康状態を挙げてくださいね。

 そのように伝えると、それでは健康とはあらゆる病気になっていない状態を想定している、との答えが返ってきます。
 けれども、がん、心臓病、糖尿病、高血圧などそれぞれを予防するために、気を付けるべき食事の注意点は異なります。
 すべての病気予防に効果がある単一の食品はないと考えておいたほうがよさそうです。

●ところであなたは何を食べているの?

 「何を食べたら健康になれるの?」という質問にそのまま答えられない理由はもうひとつあります。
 それは、質問者の現状の食事が分からないためです。

 ここで想像してみてほしいのですが、健康診断に行ったときには、身長、体重、血圧はもちろん測定しますし、血液・尿を使った各種健康指標の検査も行いますよね。
 その結果を用いて、高血圧ですね、脂質異常症ですね、生活習慣の改善に努めましょう、などのアドバイスをもらいます。
 医学の世界で認められている標準的な方法に基づいて測定し、その結果を見て、改善が必要かどうかを判断しているわけです。
 ところが、食事に関してはどうでしょうか。

 今の栄養素摂取状態を測定しないまま、○○を食べたほうがよい、などの判断が平気でなされています。
 本来であれば、普段の食生活を標準的な方法で測定し、その結果を基に、ある栄養素が不足していれば増やすように、多すぎれば減らすようにアドバイスするのが正しい方法です。
 人の健康状態は千差万別、食事の摂取状況も同様です。
 食事を測るという過程を設けずに、全員に対して同じように「○○を食べたほうがよい」とは、決して言えないはずなのです。

●「はかる」を大切にしよう

スライド1 科学的な根拠に基づいたアドバイスをするには、健康状態に加えて、普段の食事も測定することが必要です。
 特に、食事の測定はこれまで十分には行われていなかった印象があります。
 日本の栄養行政を担っている厚生労働省が取りまとめた、栄養素摂取量の基準値などを示している「日本人の食事摂取基準2015」でも、これからは食事改善に必要な計画を立てる前に、何よりもまず、食事の測定(食事評価)をしましょう、という説明や図が含まれています。

 正しく効果的なアドバイスをするために、「食べるをはかる」が何よりも大切であること、そして、現状では食事は、健康診断などで他の健康状態を測定するのと同じようには測定されていないという問題点があることを、多くの人に認識していただきたいと思います。

●そこでもう一度質問ですが

 ところで、あなたは普段どんな食事をしていますか。
 今後の食事改善の計画を立てるときに活用できるほど、詳しく答えることができますか。
 もしすぐに回答できないようであれば、どのように調べるとよいのでしょうか。
 このように、「食べるをはかる」はとっても難しいことです。
 そのため、どうやって測定するとよいのかを科学的に検証することはとても重要で、そのこと自体が研究になります。

 専門的には、「食べるをはかる」ことを食事調査、その方法のことを食事調査法といいます。
 食事調査法には色々な種類があり、それぞれに用いられるツールも開発されています。
 食事調査法それぞれの特徴、食事調査を実施する際の問題点、そして、それをしなかったことでどんなことが今起こっているのか、次回以降に述べたいと思っています。

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします