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執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

今月の質問箱

「行動栄養学とはなにか?」佐々木敏氏の新刊出版記念講演会を聴講して

瀬古 博子

栄養疫学の第一人者、佐々木 敏先生といえば、「日本人の食事摂取基準」策定においても重要な役割を果たしてこられた方。
これまで何度か佐々木先生の講演会に行きましたが、管理栄養士・栄養士さんといった聞き手を叱咤激励しながら、熱い講演をされる方、という印象です。

その佐々木先生が、このたび新刊を出版され、6月18日(日)に女子栄養大学で記念講演会をされるというので、聴講してきました。

●「行動栄養学」とは

新刊は、「行動栄養学とはなにか? ~食べ物と健康をつなぐ見えない環を探る~」(女子栄養大学出版部)。

出版記念講演会は、講演は約90分、質疑応答15分ほど。
司会進行は、FOOCOMのアドバイザリーボードの一員でもある監物南美さんで、なごやかに進められました。

「行動栄養学」ってなんだろう、と思ったら、英語でいえば「behavioral nutrition」。
英語ではこういう言葉があっても、日本語ではあまり聞くことがなかったようです。
さっそく新刊から引用すると、「人の食行動を中心として栄養を俯瞰し、関連する諸科学を結びつけて、人の健康に活かそうとする学問」ということです。

 久しぶりの講演会リアル参加でした

●「食べる」という行動について

講演は、表紙のブリューゲルの絵の説明やイラスト、編集、デザインといったチーム・メンバーの紹介などに始まり、本書がどのように作られたか、に進みます。

本書は、女子栄養大学「栄養と料理」の連載を元にしており、シリーズの3冊目。
1冊目「佐々木敏の栄養データはこう読む!」は、病気、健康から栄養を見るという形、2冊目「佐々木敏のデータ栄養学のすすめ」は、栄養素を切り口に展開。
しかし、これでは「食べる人」がいない、ということで、この3冊目がつくられることに。

食べ物は、人が食べた瞬間に「食べ物」になります。食べ物について、何々が健康に「よい」とか「悪い」とかよくいいますが、「よい」、「悪い」は、それを食べる人の行動。
これまで、病気や健康、栄養素、行動というものがバラバラに認識されていた。これこそが栄養が見えなかった原因だろうと考えられました。

●本当の栄養学をだれも知らない

そこで、リスクコミュニケーションでもしばしば登場する「象の逸話」が紹介されます。
象の一部を取り出して、例えば鼻の部分、耳の部分だけで、これが象だと思っている―象とは長い筒状のものだとか、あるいは大きなうちわ状のものだとか―という話です。

これは栄養学も同じで、栄養学の一部しか知らないのに、それが全体だと思い込んでしまうということに。
「本当の象をだれも知らないことを、だれも知らない」という状況は日本の栄養学にも当てはまり、栄養の研究、教育、普及を行う側の人たちがそのようになっている、という話は、印象深いものがありました。

●本の内容から紹介

本の構成は、1章から8章までは「栄養と料理」の連載をベースに、一部加筆修正したもので、9章はまとめとして書き起こしたもの。
論文など、新しいものを追記したりしています。

全体で33話ほどが掲載されており、講演では各章からいくつか紹介。
例えば、朝食と学校の成績の関係(2章)、(〇〇によいのは)コーヒーか紅茶かといった話(3章)、葉酸摂取量を増やしたときの循環器疾患予防の効果(4章)、食事指導を受ける側の忖度(5章)といった話です。

●「厳しい減量教室」の効果を計算すると?

このなかで、5章で説明された「厳しい減量教室の話」は、興味深く感じられた話の一つです。5章はバイアスをテーマとしています。

   『行動栄養学とはなにか?』
   (佐々木敏著、女子栄養大学出版部刊行)、p220より。 え/星野イクミ

減量教室に平均体重90kgの人100人が参加。
指導が厳しく、参加者が途中でやめて減っていきます。
残ったのは、積極的にやりたい人30人だけ。
最終的にその30人の平均体重が82kgになった場合、70人はいなくなっているわけですが、その教室の効果は減量8kgといえるでしょうか。

残った30人だけで計算し、8kg減量と示すことは、減量教室の宣伝をしたい人には有利、減量教室を受ける人には不利に働きます。

この場合、ITT(intention-to-treat)解析という計算方法があり、こちらで計算すれば結果は異なってきます。
栄養指導の効果を示すには、この方法を使うほうがよく、本書ではその計算方法を例題として解説しています。

また、食事指導については、指導してくれる人に対し、「指導を守っていない」とは言いにくいもの。このような忖度からも影響が生じます。

バイアスは重要な問題。自己申告のバイアスなど、バイアスにはいろいろなものがあり、栄養学、食事の調査ではバイアスがとても大きいことが知られているということです。

●何を食べればいいか、ではなくて

9章のまとめは「行動栄養学とは何か」になりますが、「何を食べればいいか、ではなく、どう考えて食べればいいか」というメッセージが込められています。

講演後の質疑応答では、さまざまな質問が出ました。

Q 日本人が世界で比較的長寿国であるのはどういう理由と考えるか。
A 日本人の健康長寿と栄養は、関係があると思うが、何十パーセントが何々に由来しているといった研究はまだ出てきていない。そのため、日本人の健康長寿を栄養にどこまで帰していいいかは未知といわざるを得ない。

Q メーカー勤務として、バイアスがある情報をどうしても伝えてしまう。消費者も正確性を考慮せず情報を選んでしまう。そういった状況を改善するために、何ができるだろうか。
A 本書は考える本なので、御社で読んで考えることから始めていただくとありがたい。ほとんどが善意のバイアスだと思うが、バイアスはバイアスだから、はたしてそれが許容できるのか、それとも許容限界を超えているのか、それぞれの立場から考えていただくことが大切。

背表紙のイラストも ”遊び心”

佐々木先生からは、1冊目、2冊目を読んでから3冊目を読むように、ということでしたが、3冊目から読んでもよいのではないかと、個人的には思います。
さまざまに工夫され、遊び心もふんだんに発揮され(例えば、各章の副題をつなげると一つのストーリーになる)、つくられた本です。

なお、講演部分については動画配信されます。申込は6月30日が締切予定。視聴したい方はお急ぎを。

(この記事は、6月22日発行のFOOCOMメールマガジン第590号を加筆修正してお届けしています)

執筆者

瀬古 博子

消費生活アドバイザー。食品安全委員会事務局勤務を経て、現在フーコム・アドバイザリーボードの一員。

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