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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

米国のバイテク作物規制ルール 裁判敗訴で見直し、後退か?

白井 洋一

2024年12月19日米国農務省(USDA)動植物検疫局は「バイオテクノロジー製品の認可と規制の有無(Am I Regulated)システムを再開する」と伝えた。

農務省動植物検疫局は遺伝子組換え作物やゲノム編集作物の商業栽培認可を担当している。12月2日、カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所は「2020年5月に改訂した農務省のバイオテクノロジー規制は違法であり、無効にする」と判断した。19日の文書はこの判決に対する対応で、すでに承認した作物の認可は取り消さないが、これから申請する開発者は、2020年5月以前のルールに戻って、受け付けるという。

Am I Regulated(私が申請した作物はバイテク規制の対象になるのか?)は、開発者・申請者目線にたった分かりやすい手続きだ。裁判の一審で負けたからといって、二審の判決が出るまで、そのままにするのではなく、被告の行政側は、とりあえず何らかの対応をするのが米国流のやり方だ。

今までに承認された作物の商業化は有効だが、これからの申請が、再び、時間と多くの書類を必要とする手続きに戻るのではないかと、バイテク作物の開発者側からは心配の声が上がっている。

日本のゲノム編集を含むバイテク作物の規制にはほとんど影響しない出来事だが、今回の裁判の背景や、米国のバイテク作物の抱える現実的な課題について紹介する。

●2020年5月の改訂とは

2020年5月、農務省はバイテク作物の審査システムを1987年以来、33年ぶりに大幅に改訂した。

主なポイントは3つだ。

  1. 外来遺伝子の導入にあたり、アグロバクテリウムなどの細菌を用いることで、植物ペスト(有害植物)となるか、あるいは有害雑草化する可能性があるかを判断し、その可能性のないものは規制対象としない。
  2. ゲノム編集など新規技術を特別扱いするのではなく、植物ペストかあるいは有害雑草化の観点から、規制対象とするかどうかを判断する。
  3. 規制対象となるかならないかを、開発者、申請者に早期に示し、時間とコスト負担を減らす(→これはAm I Regulatedプロセスとして整備された)。

トウモロコシ、ダイズなど組換え作物は米国の農地の90%超で栽培されているが、商業栽培には食品の安全審査を含め膨大な費用と時間がかかる。商品化できるのは少数の大手バイテクメーカだけという不満は米国内でも大きかった。

2020年5月の改訂は、サイエンスに基づく審査を行い、不必要な調査データを要求しないことが根幹にあり、中小規模の企業や大学の研究者から歓迎された。一期目のトランプ政権時代の法律改正だが、その後のバイデン政権でも変更、見直しの動きはなく、監督官庁の連携強化や申請者にわかりやすいシステムの強化を進めていた。

参考 当コラム(2020/06/04) 「米国 バイテク作物審査システム 33年ぶりの大改正 輸出先とのトラブルは解消するのか」

●今回の裁判の争点

このルール改訂に対して、2021年7月、環境市民団体、食品安全センター(Center for Food Safety)がカリフォルニア州北部地区連邦地裁に訴えた。食品安全センターは、2000年代から、組換え作物、組換え食品反対運動で名を馳せてきた老舗団体で、今も反バイテク作物・食品、反農薬で活発に活動している。今回の裁判では、「有機農業はバイテク作物から花粉飛散や交雑で被害を受けている。除草剤の過剰使用も深刻だ。しかし、農務省のルール改訂は、これらについてなんの対策もしていない。行政手続き法違反だ」という論理だ(Science News,2024/12/10)

2020年の改訂時、農務省は有機農業に関して「低レベルだが経済的問題は存在する。しかし事例ごとに対応すれば十分」と述べている。除草剤の承認時期と除草剤耐性組換え作物の承認時期のズレによる農場間のトラブルは、使用する農家側に責任があるとしており、やや不親切、突き放した内容だった。連邦地裁は原告の主張を支持し、農務省の敗訴となった。

Science Newsによると、原告は他にも2つの理由で農務省を訴えている。(1)絶滅危惧種法に基づく、野生生物保護の監督官庁との連携が不十分。(2)国家環境政策法に基づく、バイテク作物の累積的影響評価をしていない。

これらの判決はこれから出るらしい。(1)は確かに環境保護庁(EPA)は2022年1月に「種の保護・保存を考慮した農薬登録制度に大転換」と報じている。これを裁判所がどう判断するか?

(2)の国家環境政策法は、通常の環境アセスメント以上の評価が求められるが、どのような場合に、この法律が適用されるのか明確な基準はない。過去にも農務省が自主的に採用したこともあるし、採用しなくても、裁判にならず、平穏に終わったケースもある。

農務省のバイテク作物の規制ルール改訂(2020年5月版)は、見方によっては、野生生物の保全や環境保護を軽視しているようにもとれる。カリフォルニア州地裁の裁判官はどんな判決を出すのだろうか。なお、行政官庁を被告としたこれらの裁判は、素人参加の陪審員裁判ではない。プロの裁判官だけで審査する。

●ルール改訂で中小メーカーの申請・承認増える

2020年5月のルール改訂は2021年11月から施行され、2022年9月に新規制プロセス(Am I Regulated)による最初の規制対象外作物が承認された。Norfolk Plant Science社の栄養強化紫色トマトだ。12月には、日本のサントリーフラワーズが申請した組換え「青い菊」も植物ペストになる可能性はないとして承認された。以前の規制では、挿し木による増殖などで規制当局から注文がついていた案件だった。青い菊の開発元の日本では、交雑可能な近縁野生種が分布しているとか、挿し木によって勝手に増殖される心配があるなどの理由で、商品化どころか野外栽培試験の目途すら立っていない。

米国では2024年10月29日時点で、様々な特性、多様な植物種で計69件のバイテク製品(作物)が承認されている。大手バイテクメーカーによる除草剤耐性トウモロコシやダイズもあるが、中規模メーカーや新規スタートアップ企業が多い。約3年で69件の承認、以前より格段に増えた。2020年5月以前の旧ルールに戻ることで、申請・承認数に影響するだろう。いつまで続くのか分からないが、バイテク作物の開発企業が心配するのはもっともだ。

●バイテク作物の商業栽培 最大の課題は抵抗性発達管理対策

ゲノム編集を含むバイテク作物の商業栽培の申請作業はかなり改善されたが、食品の安全性では、食品医薬品庁への相談を経て商品化された製品はまだ少数のようだ。さらに米国外へ輸出する場合は、相手国のルールに合わせるというスタンスのようで、今のところ、貿易上のトラブルは報告されていない。

米国農業にとって、バイテク作物の利用で最大かつ現実的な課題は、抵抗性発達対策だと私は思う。米国の3大組換え作物は、トウモロコシ、ダイズ、ワタで、栽培面積割合は94%,96%,96%だ(2024年)。3作物とも90%超は10年前から続いている。ダイズは除草剤耐性品種だけだが、トウモロコシとワタは、害虫抵抗性と除草剤耐性の品種だ。使用される除草剤や害虫抵抗性遺伝子(Bt遺伝子)は種類が少なく、似たような形質のものが多い。このため、除草剤を散布しても枯れない雑草が増加したり、害虫防除効果が低下するトウモロコシやワタ品種が2010年代から大きな問題になっている。

環境保護庁は2017年8月、殺虫剤、殺菌剤、除草剤などすべての農薬の抵抗性発達に危機感を示す文書を発表した。タイトルは「農薬への抵抗性発達を遅らせ、有害生物を制圧する」で、特に除草剤抵抗性雑草の蔓延を強調している。除草剤耐性組換え作物の拡大によって、グリホサートなど限られた殺草作用を示す除草剤の散布が急増している。法律に基づく、使用制限や通報義務などの規制が必要と強調している。 

害虫抵抗性組換え作物は導入当初の1990年代から、組換え体でない品種も一定割合で栽培するなどの対策を義務付けていた。しかし、Bt遺伝子の効果がない害虫種が年々増加し、新たな対策に迫られている。環境保護庁は2020年9月に新たな害虫抵抗性発達抑制対策案を発表した。組換え体でない品種の栽培割合を引き上げる、長年使用してきたBtトキシンのうち、効果の高いVip3A遺伝子以外は、段階的に使用禁止にするなどの提案だ。

除草剤抵抗性雑草対策、害虫抵抗性対策、どちらも生産者には多くの制約が伴うため、農業団体からは反対意見が多い。バイテク作物や農薬の開発メーカーも、すぐに代わりとなる効果的な新製品はないようで、環境保護庁の提案は、まだ最終決定に至っていない。これらはトランプ1期目からの課題であり、2025年1月にトランプが復活しても簡単には解決しないだろう。

日本の学識経験者、有識者の中には、「バイテク作物・食品は安全」、「使っている除草剤(グリホサート)は安全で発がん性は間違った情報だ」と主張される方も多い。30年近く、広い面積で栽培され、人の健康や環境にリスクとなっていないのは事実だ。しかし、いくら良い製品でも、同じ殺虫、殺草メカニズムの製品を広範囲で使い続けることによるマイナス影響はあるのだ。これをバイテク応援団の学識経験者、有識者には理解してもらえないようだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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