科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

生物多様性条約締約国会議COP16 マネー、マネー、マネーで終わる~デジタルシーケンス情報の国際基金は成立 本命の生物多様性保全基金は合意できず~

白井 洋一

2024年10月21日から11月1日まで生物多様性条約第16回締約国会議(COP16)が南米コロンビアのカリで開かれた。トルコでの開催予定が、2023年2月のトルコ大地震で、コロンビアに変更になった。

生物多様性条約会議は2年に一度開かれ、生物多様性の保全、外来種対策などともに、遺伝子組換え生物の規制や遺伝資源の利用とその利益配分などが議題になる。毎回、先進国と途上国の間でさまざまな主張の対立があるが、今回も生物資源によって得られる利益配分、基金の設立、拠出金の額などマネー、マネーをめぐる対立が目立った。

「DNA情報の利益基金で進展、生物多様性保全では、評価方法や基金でまとまらず」(朝日新聞、2024年11月4日)、「生態系評価の指標ほぼ合意」(共同通信、11月2日)などとメディアは報じている。当コラムでは毎回、おもに遺伝子組換え生物などバイオテクノロジー関係の話題を紹介してきた。前回のコラムは「生物多様性条約会議 デジタルシーケンス情報 強引に正式課題に昇格したが」(2023年1月4日)。

今回も下記を参考にメディアがあまり報じない過去の経緯を含めて紹介する。

COP16国際会議情報
https://enb.iisd.org/un-biodiversity-conference-cbd-cop16-summary
環境省発表(2024年11月5日)
https://www.env.go.jp/press/press_03913.html

●デジタルシーケンス情報の利用と利益配分に国際基金設立

デジタルシーケンス情報(Digital sequence information, DSI)とは、ATCG・・・という塩基配列情報で、生物そのものではない文字列情報だ。2016年、メキシコ・カンクンで開催されたCOP13でアフリカを中心とした途上国連合が「DSIも名古屋議定書の遺伝資源の利用と利益配分の対象とすべきだ」と主張した。

名古屋議定書は生きた生物資源の利用に関する取り決めで、2010年名古屋のCOP10で採択された。しかし、DSIは単なる文字配列情報だ。これが生物多様性条約の3つの目的に該当するのか、DSIの定義、範囲もはっきりしていないと、反対、懸念の参加国も多かった。

生物多様性条約の3つの目的とは、①生物多様性の保全、②生物多様性の構成要素の持続可能な利用、③遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分だ。

その後、コロナウイルス騒動で対面の作業が中断したが、何回かの作業部会を経て、前回2022年カナダのCOP15で、DSIも正式課題とし、多様性条約の達成目標の一つとして明記されることになった。DSIの定義、適用範囲、利益配分の仕組みなどは、作業部会を経て次のCOP16で決める。途上国連合だけでなく、欧州各国もこれを支持し、「DSIの定義も決まらないのに拙速」という日本などの意見は押し切られた形になった。

今回のCOP16では、DSIの利用による利益配分は、多国間メカニズムを作り、利益を得るDSIユーザーが国際基金(カリ基金)に利益の一部を拠出することが決まった。利益の一部とは、収益(profits) の1%か、収入 (reveneu)の0.1%となっている。DSIの利用で利益を得るユーザーとは、大企業を想定しているようで、研究・教育機関は対象外のようだ。

しかし、企業ユーザーの規模は未定で、どの程度の中小企業が対象となるかはこれから検討するらしい。大企業が、熱帯の植物のDSIを資源に製薬を開発した場合、原料採取の企業が課金対象となるのか、あるいは製造、販売の段階が対象となるのか、二重課金になるのではないかなど、実際の運用には不明な点が多い。これらはすべてこれから検討するらしい。

カリ基金はおもに途上国、先住民地域社会のために使い、一部は全体の能力構築、技術移転に向けられるとあるが、適正に拠出金が集まり、正しく管理され、然るべき国や団体に配分されるのか疑問だ。これらの課題も次のCOP17、COP18で検討するらしい。

DSIの利益配分問題が不透明な最大の理由は、DSIの定義を決めず、適用範囲も不確かなまま、制度作りだけが進んだことだ。本物の生物の資源利用と利益配分を定めた名古屋議定書では、資源の提供者と受益者の関係は、当事者間、2国間の契約だ。日本は名古屋規定書を批准した後、特別な法律は作らず、指針(ガイドライン)で対応しており、今のところ、これで大きな国際トラブル(提供国側の不利など)の話は聞こえてこない。今後、日本政府がどのように対応し、該当するDSIユーザーを指導するのか、今のところ不明だ。

●過去 話題になった合成生物学、ジーンドライブは

DSIがCOPの議題として登場したのは2016年のCOP13だが、この時、DSIとともに合成生物学、ジーンドライブも緊急課題とすべきという声が上がった。これらはどうなったのだろうか?

合成生物学とは、コンピューター工学を使って、生物のゲノム(全遺伝子情報)を人工的に設計する異分野融合技術だ。これも組換え生物と同様か、それ以上の規制をすべきと主張した。COP15では「COP16に向けて、新規検討課題として扱うかどうかを含め引き続き検討する」ことになっていた。COP16では、「組換え生物の規制の範囲内で対応可能、定義が定まっていない」などの意見もあったが、特別専門家会合を設置し、正式議題として扱われることになった。

この分野は最近、急速に進化している。人口知能(AI)や生成AIを利用して、人工タンパク質を設計する技術は急速に普及し、2010年代のような一部の先端研究者集団だけの技術ではなくなっている。このような状況で、専門家会合がどのように広く現状分析し、包括的な提言を出せるのか疑問だ。

ジーンドライブは改変した遺伝子を組み込んだ生物同士が交配を繰り返すことで、目的の遺伝子を集団内に広げてゆく遺伝子浸透、遺伝子置き換え技術だ。交配を繰り返す操作にゲノム編集技術を使うため、急速に現実味を帯びてきた。COP13, COP14では、この技術を野外で利用することを厳しく制限すべきという意見が出たが、COP15では議題に上がらず、COP16でも登場しなかった。

立ち消えになったのか、緊急検討議題として再浮上するのかは不明だ。なお、ジーンドライブは、常に外来の改変遺伝子が存続するため、遺伝子組換え生物に該当し、カルタヘナ議定書による規制の対象になる。

●遺伝子組換え生物による「責任と救済」補足議定書は

遺伝子組換え生物による「責任と救済」は「名古屋・クアランプール補足議定書」として、2010年の名古屋COP10で採択された。組換え生物による被害とは何か? それがはっきりしないまま大本のカルタヘナ議定書の2階に継ぎ足されたような補足議定書だが、いまだ批准しない国が多い。今回も事務局は「非常に残念、速やかに批准を」と促したが、多くの途上国代表にとってはもう興味のない終わった出来事なのだろう。

●生物多様性条約会議のこれから

サブタイトルにも書いたように、COP16では本命の生きた生物や生息地を保全するための生物多様性保全基金の設立は合意できなかった。おもに途上国の生物多様性保全に使われる資金や、生物多様性の損失の評価方法などでまとまらなかったためだ。

会議は多数決でなく、原則全体合意方式だが、最終日には会議に参加せず帰ってしまう国も多く、定足数割れとなった。次回のCOP17は2026年にアルメニア(トルコの隣国)で開かれるが、今回決まらなかった議題をその前にもう一度、どこかの国で決議するかは未定だ。

先進国や大企業ユーザーに資金を出させるのは良いが、途上国、新興国も、程度に応じてそれなりの負担となると、簡単にはまとまらないようだ。これは気候変動枠組み条約の国際基金、資金拠出も同じだが、経済発展ととともに途上国、新興国が地球全体に及ぼす負の影響も無視できない。気候変動対策はともかく、生物多様性条約では、生物多様性とは何か、ほんとに守らなければ保全対象は何か、改めて考える時期だと思う。

付録:過去の参考情報

当コラムでとりあげたCOP関係の記事以外に筆者が2007~2011年に独法・農業環境技術研究所で連載したコラムの中にも生物多様性条約会議関係の記事がいくつかある。興味のある人は覗いてください。

https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/135/mgzn13504_list.html

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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