科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

世界食品安全の日のイベント―インド編

畝山 智香子

6月7日は世界食品安全の日で、世界各地の食品安全関連機関から情報発信がありました。

日本をはじめとする先進国では、消費者の多くが一般に流通している食品は概ね安全だと思っていて、食品安全対策といっても通常の衛生管理(保管温度を守る、洗う、しっかり加熱する、速やかに冷却するなど)を確実に行うことが呼びかけられます。

その点インドは一味違うので面白いです。

今年はデリーの国立科学センターで食品の異物混入(偽装)について知り、家庭で検出するための方法のデモが行われたようです。(その様子はこちら

ここで使われたインド食品安全基準局FSSAIのマジックボックスというキットと本が面白いので紹介したいと思います。

インドFSSAIのウェブサイトで紹介されているMAGIC BOX

このマジックボックスはFSSAIが食品の異物混入について学び検出できるように学生や先生、保護者向けに開発したもので、試験管や試薬のような簡単な検査器具と説明書からなります。

まず前提として、市場に流通している食品には偽物や安全でないものが混ざっている可能性があるので、それを見分ける能力が必要とされている、というところから始まります。見た目やにおい、手で触るなど五感を使ってチェックする方法、そして簡単な実験で識別する方法が記載されています。

●ミルク、野菜など手軽にできる食品偽装の実験

最初の検査対象食品は、ミルクです。ミルクの種類や基本的規格が紹介されたあと、ミルクに入っている可能性のある異物として、水(水増しのため)、スキムミルクや粉ミルク、硫酸アンモニウム、でんぷん、砂糖(ショ糖/ブドウ糖)、セルロース(ここまでみかけの乳固形分を増やすため)、植物油や乳以外の脂肪(乳脂肪の代用)、尿素やメラミン(窒素を増やすため)、ホルマリン、過酸化水素、サリチル酸、水酸化ナトリウム、ホウ酸、安息香酸(ここまで保存料)、炭酸、苛性ソーダ(汚染した細菌の作る乳酸などの酸の中和)、洗剤、せっけん(安定した乳化のため)が挙げられています。

そしてそれらの混入を検出するための方法が図解付きで解説されているのです。乳と乳製品だけで検査方法は38です。最初の水で薄めたミルクの見分け方についてはFSSAIの公式X(旧Twitter)が動画を投稿しています

それは、ガラス板にミルクを垂らして、あとをひくかどうか見る、というものです。

正直言うとこの方法ではわずかの希釈なら識別できないだろうと思いますしここまで薄めた製品は飲めばわかるので検査するまでもないような気はしますが…。

とにかくそんな「検査法」が油脂、甘味料(砂糖やハチミツ)、穀物、野菜果物、塩/スパイス/調味料、飲料など種類別にたくさん記載されているのです。紹介されている検査の数は102番まであります。

たとえば、野菜を綿球でこすった場合に綿に色が移れば緑色の野菜の緑の部分はマラカイトグリーンで着色されている、ターメリックパウダーに水とアルコールを加えてエタノール層に黄色が分離されたらアニリン色素が添加されている。スパイス粉末にでんぷんが添加されていたらヨウ素でんぷん反応で紫色に変色することが確認できる、高価なことで有名なサフランの偽物は簡単にほぐれて水で色落ちするらしいです。

お茶やクローブは、抽出したあとのでがらしが混入されている場合がある、等々、食品を偽装しようとするあの手この手の多様性と、それを検出するための簡易検査方法のロジックがとてもおもしろく、確かに子どもの夏休みの自由研究によさそうな内容です。

●食品偽装の問題は先進国でも

問題は日本ではこうした異物混入や偽装がある市販品を見つけることは相当難しいだろうということです。

日本の消費者のほうが、疑っていない分インドの消費者よりこの手の偽装を検出する能力は低いかもしれません。それは幸せなことだと思います。ただ日本でもかつては粗悪な食品が出回っていた時代があり、それが改善されていまがあるわけです。昔はよかった、などということは全くないでしょう。

インドは間もなくGDPで日本を抜くと予想されています。また先日FSSAIは、濃縮還元ジュースは「果汁100%」と表示してはならないと通知するなど、日本よりも厳しい基準を要求している部分もあります。最先端と信じがたいほどの杜撰さが共存するのがインドのおもしろいところですが、世界は繋がっているので日本に住んでいる私たちにも全く関係ないわけではありません。

インターネットの個人輸入などでは簡単にそういう世界とつながります。食品偽装は食品が売られるようになってからずっと存在する問題で、先進国ではより洗練された(?)見つかりにくい偽装が主流ですが、今後もなくなることはないでしょう。

日本では産地偽装がしばしば問題になります。食品を扱う事業者は常にそうしたリスクとむきあっているわけです。

食品はそういう幅広いリスクを含むものだということは消費者も意識しておいたほうがいいかと思います。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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