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執筆者

佐藤 達夫

食生活ジャーナリスト。女子栄養大学発行『栄養と料理』の編集を経て独立。日本ペンクラブ会員

メタボの道理

「栄養」と「栄養素」、たった1字の大きな違い

佐藤 達夫

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「間違い」や「勘違い」はどこにでもある。間違っていても“どうということはない”ケースもあるが、「ホンの些細な勘違い」が重大な結果を招くこともある。栄養と健康の分野でも、筆者が「多くの人が勘違いをしており、それが食習慣に大きな悪影響を及ぼしている」と感じているものがある。それが「栄養」と「栄養素」だ。

■栄養素は「もの」で、栄養は「こと」

「きちんと栄養をとりましょう」「この料理には栄養がバランスよく含まれています」「完全栄養食」「一日の栄養 これ1杯!」等々は、食品のPRや料理番組、ときには食事指導の現場でさえもよく聞く表現である。ここには微妙な、しかし肝心な「間違い」がある。

これらの文言で「栄養」と書かれてあるのは、正確にいうと「栄養素」のことだ。「きちんと栄養素をとりましょう」「この料理には栄養素がバランスよく含まれています」「完全栄養素食」「一日の栄養素 これ1杯!」と書くべき内容である(ただし、後半の2つは表現は正しくとも、内容的には「ほぼあり得ないこと」だが)。

結論を一言でいうと、栄養素は「もの」であり、栄養は「こと」なのだ。抽象的でわかりにくければ、「栄養素は『物質』であり、栄養は『状態』である」と言い換えることもできる。

多くの人が「栄養」といっているタンパク質やビタミンCや鉄(分)や中性脂肪などは、じつは「栄養」なのではなく「栄養素」つまり物質である。物質なので実物を手に取って見ることができる。これに対して「栄養」は状態なので見ることはできない(「栄養状態のいい人間」なら見ることは可能だが・・・・)。

食と健康の問題を考えるときには、この「微妙な違い」をしっかりと区別することが肝要である。

■「栄養する」って、どういうこと?

専門家(たとえば病院栄養士)たちの間では「栄養する」という言葉が日常的に使われている。この動詞は、はじめて聞く人も少なくないだろう。なんとなくスワリが悪く、お尻のあたりがムズムズするのではないか。

「栄養」という名詞に「する」が付いたこの言葉は「栄養素を摂取して身体を養う」という意味で使われる。たとえば「母乳は乳児を栄養する」「手術後の患者はしっかりと栄養しなければ快復が遅れる」等々。

くどくなるが、大切なことなのでもう少し説明したい。たとえば「支援」という名詞があるが、これも「もの」ではなく「こと」である。「支援金」であればそれは「もの」なので実際に見ることはできる。しかし「支援」そのものは見えない。「栄養」と「栄養素」に似ている、といえよう。

「支援」に「する」をつければ「支援する」となり、どういうことなのかが想像できる。「ボランティの人たちが被災者たちを支援する」といえば、ほとんどの人はそれがどういう意味なのかを理解するだろう。「栄養する」とはそういうイメージだ。

さらには、栄養素(や食事)を摂取することだけが「栄養する」と表現されるわけではない。逆に「摂取しないこと(摂取を減らすこと)」も「栄養する」と表現されることだってある。たとえば、かなり肥満している人が(必要な範囲で)カロリーや栄養素を摂取しない、あるいは減らすことも、適正に「栄養する」と表現することができる。

健康的な食生活を考える人は、ぜひこの感覚を身に付けてほしい。

■「栄養素」は「栄養」の一部である

「もの」だろうが「こと」だろうが、そんなことは大して問題ではない、栄養が体に入れば同じでしょ、と考える人がいるかもしれないが、そうではない。筆者が「栄養素」と「栄養」をくどくどと説明するのには訳がある。この両者が区別できていないと、健康的な食習慣を実践できないからである。

昨年末に「日本人の食事摂取基準(2020年版)」が発表された。健康で長生きするためには「何をどれだけ食べればいいか」の基準で、今回発表になったものは2020年から2024年までの5年間使用される。

タンパク質・脂質・炭水化物・ビタミン・ミネラル等の栄養素について、年齢区分ごとに、「必要量」「推奨量」「目安量」「上限許容量」「目標量」などが、必要に応じて示してある。栄養素は物質なので「量」はg・mg・㎍(マイクログラム)などと、重さの単位で表記されている。

これを基準にして管理栄養士たちは食事計画を立てる。これを理解できる一般人(そう多くはいないが・・・・)も、食習慣を改善する。つまり、食事摂取基準に示されている「栄養素」を示されている「量」だけ摂取しようとする(実現するのは大変だが・・・・)。もちろんそれは「必要」なことなのだが、それで「充分」なのではない。

必要な栄養素を、必要なだけ摂取すれば、健康になれるわけではないからだ。その栄養素が体内に入り、体内でどのように機能するか(作用するか)が肝心である。そしてこのことこそが「栄養」なのだ。つまり「栄養素」は「栄養を構成する一部」でしかない。

■健康食品の優良誤認

最も勘違いしやすいのは「いわゆる健康食品」だ。冒頭に書いたように、健康食品の宣伝コピーは「栄養素」と「栄養」の間違いがものすごく多い。関係者が無知なのか、知ってて意識的にやっているのかがわからないのだが、少なくとも、多くの消費者が誤った情報を受け取るハメになるのは間違いがない。

たとえば「バランス栄養食」などと謳う健康食品があり、仮に栄養素がバランスよく含まれていたとしても、それを食べさえすれば「栄養バランス」が整うわけではない。それらの栄養素が体内に入ってどのように機能するかは確かめられてはいないからだ。

何度も書くが、栄養素が体内に入りさえすれば健康になれるのではない。どういうタイミングで摂取されるのか、何といっしょに摂取されるのか、どういう順番で摂取されるのか、どのくらいのスピードで摂取されるのか、咀嚼はされるのか・されないのか、受け入れる身体の調子はどうなのか、さらには、どういう気分の時に摂取されるのか、等々によって「栄養」が、つまり栄養状態が異なってくるはずだ。

栄養素が過不足なく入っているだけで「完全栄養食」とか「栄養バランス食」と表現するのは優良誤認に近いのではないかと、筆者は感じている。

執筆者

佐藤 達夫

食生活ジャーナリスト。女子栄養大学発行『栄養と料理』の編集を経て独立。日本ペンクラブ会員

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