九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
2012年11月22日、新食品表示制度について意見交換会が開催された。今回もtwitter上で中継を行い、まとめを作成した。議事録が公開されるまでの参考にしていただきたい。
(参考)
●ここに至る経緯
食品表示一元化検討会は昨年から計12回にわたって開催され、8月に報告書がまとめられた。本来は報告書をもとに、法案提出に向けて立法作業が行われることになる。しかし、報告書の完成直後から不穏とも言える動きが目立っていた。
まず、検討会報告書に異議を唱えるグループによって 8月28日に食品表示についての院内学習会が開催された。 9月13日に民主党の消費者問題プロジェクトチームが松原仁内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全)に対し、要請書を提出している。さらに、9月25日には緊急合同記者会見が開催されている。
これらの動きに対して、異なる意見の団体からも公平に意見を聴くべきという申し入れがあり、先日のワークショップが開催され、今回の意見交換会と意見募集へとつながった。
(参考)
食品表示一元化にモノ申す 特定の消費者団体の声に消費者庁どうする?
●意見交換会の構成
11月22日の意見交換会は午前・午後の2部制で行われた。午前13団体・午後12団体が参加し、事務局による説明を受けたあと各団体が意見を述べ、最後に相互の意見交換を行うという形式であった。この点、中間取りまとめの際に行われた意見交換会(4団体程度を1組にし、意見発表と意見交換)とは異なった形式であった。
参加団体に目を向けると、消費者団体が9団体、事業者・生産者団体10団体、その他単独の企業として、食品添加物メーカーである上野製薬や生協組織である生活クラブ生協も参加した。
●各団体の意見
中間とりまとめの際の意見交換会でもそうであったように、食品表示を考える市民ネットワークに所属している各団体は、消費者の権利の明記・原料原産地表示の拡大・遺伝子組換え表示の強化を求めていた。一方、事業者団体は特に原料原産地表示について原料調達を始めとした実務上の困難さを理由に拡大の反対意見を述べていた。
しかし、事業者側と消費者団体側の意見が全て対立しているかと言えば、そういうわけでもない。食品添加物の表示では上野製薬が一括名の縮小や原則用途名を併記することを求めていた。これは食品安全グローバルネットワークの主張と近い。他にも原料原産地表示における現行制度上の表示・非表示の境界線にあたる食品群の扱いなど、部分部分では問題意識を共有しているようにも思われた。
なお、意見概要ならびに当日机上配布された資料については消費者庁のHPにて公開されている。あわせてご確認いただきたい。
●意見交換
午前の意見交換では、表示の拡充に対して全国和菓子協会や日本惣菜協会から異論が出た。両協会共に地域に根ざした中小零細企業が多い業態であり、実現可能な制度を求めた。全国和菓子協会による「表示について大企業は対応しやすい、人員も予算もあり、データもある。日本の食品企業は中小零細企業が多い。なんでもかんでも表示をやろうというと、大企業ばかりになることを懸念する。それは国民生活においてもプラスにならないのでは」という提言は重く受け止める必要がある。
一方、午後の部では検討委員の資格や報告書の位置づけについて議論が紛糾した。ある意味、本音がでた論戦とも言えたのかもしれないが、不毛とも言えるものであった。
●原料原産地表示はどのレベルで行うべきなのか
原料原産地表示の拡大については、消費者基本計画として閣議決定されている。そのことが拡大の根拠とされているのだが、現実には困難であることは過去の膨大な議論の中で明らかになっている。その中で引き合いに出されるのが、調理冷凍食品の原料原産地表示を義務づけた東京都条例だ。しかし、都条例の表示方法にもいろいろ問題はある。この点については松永和紀さんが以前記事にしているのでそちらを参考にされたい()。
傍聴していると、表示拡大側の主張は国産か輸入かの区別が分かればいいようにも聞こえた。個別の国を正確に表示するのと、おおくくりで輸入品であることを表示するのでは実行可能性も大きく異なる。事業者側も表示拡大に絶対反対と言うわけではなかった。「全ての加工食品」という看板を外し、丁寧な作業を行ったほうが事態は進展するのではないかと感じたが、いかがだろうか。
●我々は安全ではないものを食べているのか
意見交換において、「食品は工業製品とは異なる」「安全安心なものを食べたい」という発言がなされた。言わんとすることはわかるつもりだが、この発言には「私たちが食べているものは安全なものではないのか」という気分にさせられた。
少なくとも、一般に流通している食品は正しく取り扱い、適切に調理して食べる限り安全であり、それは表示に左右される物ではない。もちろん、人によって特異性のあるアレルギーのようなものは表示によって情報提供を行う必要がある。しかし、食品の安全性は表示以外の部分で確保される必要がある。
もし、安全でないものが流通していると言うのならば、見直すべきは表示による情報提供ではなく、食品衛生法による管理だ。食に関する真偽様々な情報があるのだから、個人が食品の安全に疑問を持ってしまうのは仕方ない面もある。しかし、公式の場で具体的な指摘無しに食品が安全ではないとう発言がなされる事には、消費者基本法の消費者団体の役割に照らして妥当かどうか疑念を抱いた。
●消費者の代表はだれか
また、先日のワークショップ同様、今回も事業者よりの消費者団体が検討会に加わっているという批判があった。また、検討会の委員に選ばれなかったことに対し消費者庁を批判する意見まで飛び出した。こうした非難は不毛としか言いようがない。
批判を行った団体も今回は委員に選ばれていないかもしれないが、食品表示を考える市民ネットワークとして共に活動している団体が委員を務めていたり、消費者委員会に選ばれるなどしている。そういう意味では間接的に意見を反映しているのではないのだろうか。
先にも述べたが、意見が真っ二つに割れているわけではなく一致点も多い。丁寧に意見をすり合わせることで、現実的に進めることが可能な点も多々あるはずだ。冒頭の挨拶で阿南長官が述べた前向きな議論とはそういうものではないだろうか。
●トランス脂肪酸の轍を踏むな
今回の阿南長官の発言を聞いて思い出されるのは、食品表示一元化検討会の前に行われていた栄養成分表示検討会である。これは、福島みずほ消費者担当省(当時)がトランス脂肪酸の表示義務化を打ち出したことをきっかけに開催された検討会だ。
結果的に、その段階では栄養成分表示の義務化及びトランス脂肪酸の表示は見送られた。しかし、そもそもトランス脂肪酸が日本人の健康におよぼす影響は小さいと言うことは分かっていたことでもある。仮に検討会の結論を曲げて表示義務化を行っていれば、非常に費用対効果の悪い制度が誕生していたことだろう。
阿南長官が原料原産地表示に強い思いを抱いていることは理解できた。しかし、一方で表示一元化検討会の報告書は新法の制定のために仕組みに則ってまとめられたものである。その手続きを曲げるようなことは消費者庁の信頼を損ねることになる。迂遠に感じられるかもしれないが、一歩ずつ、根拠や効果、影響などを確認しながら進めていただきたい。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。