科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

消費者庁長官の「全ての加工食品に原則、原料原産地表示を」発言にビックリ―消費者庁公開意見交換会

森田 満樹

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 消費者庁は11月22日、「新食品表示制度についての意見交換会」を都内で開催し、25名の発言者が午前の部、午後の部に分かれて意見を述べました。新制度にかんする様々な意見が消費者団体や事業者団体から出され、意見交換の時間も設けられました。

 FOOCOM森田も発言者としてエントリーをして、午後の部で意見を述べました。最初は、新法についての発言を準備していたのですが、当日、急きょ内容を変更して原料原産地表示について発言をすることにしました。というのも、当日の毎日新聞の朝刊記事で「加工食品・原料原産地表示義務の品目拡大へ」として、消費者庁が対象食品の拡大を目指す方針を決めたと報道されたからです。

 報道では、消費者庁の検討会では意見がまとまらず結論が先送りされたのだが、ここにきて消費者庁が見直しを決めたとされています。Yahooのトップニュースでも紹介されていましたので、お気づきになった方も多かったのではと思います。

 記事中に消費者庁の阿南 久長官のコメントが紹介されていますが、阿南長官は意見交換会の場でも「私は原則的には全ての加工食品に原料原産地表示をすべきだと考えている。しかし拡大をするためには、現行のJAS法の要件ではやっていけないので、そこをゼロにして要件について見直しをはかってもらいたい」と述べました。

 私は驚いてしまいました。食品表示一元化検討会では、加工食品の原料原産地表示は結論がまとまらず、別の場を設けて検討されることになっていました。そして新法が公布された後に、議論が再開される予定でした。それがなぜ、今、こんな話になっているのか。「新制度は食品表示一元化検討会の報告書を踏まえて進められる」はずなのに、報告書の主旨を踏まえるどころか無視されている。私にはちゃぶ台返しのように思えたのです。

 毎日新聞の記事や阿南長官の当日の発言に、意見交換会の場では原料原産地表示拡大を求める複数の団体は「好ましい」と評価しました。しかし私は、「これでは検討会で議論してきた意味が無い。消費者庁の検討会の在り方に関わる問題だ。進め方がおかしい」と思わず抗議をしました。

 これに対して消費者庁事務局は「一元化検討会の議論で、安全性の確保と商品選択が表示の目的として決められ、現行JAS法に書いてある表示の枠が拡がる。このことは、原料原産地に限らず、隙間の部分が埋まっていくことがありうるということ。個々の要件をどういう用件で具体的にどう進めるかは、今後の表示基準の時に議論すべき課題だ」と説明をしています。また、阿南長官もその後に消費者庁が示した「食品表示一元化法に関する当面のスケジュール(イメージ)」を示して、このとおりに進めると説明を加えました。

 つまり、この説明を聞く限りにおいては、消費者庁が何か新たに拡大を目指す方針を決めたということではなさそうです。この点については毎日新聞の誤報でしょう。一方、毎日新聞に掲載された阿南長官のコメント「現状を引きずらず、議論をゼロからする必要がある」という部分は、実際に意見交換会でも長官は繰り返し述べており、さらに「全ての加工食品に原則、原料原産地表示を拡大する」と踏み込みました。

 しかし、全ての加工食品に原料原産地表示を義務化することが消費者のメリットになるとは、個人的にはどうしても思えないのです。そのことについて、私は意見として次のように述べました。

 加工食品の品目によっては、一定の品質を担保するために原材料の産地をブレンドするケースがよくみられます。果汁や植物油、小麦粉などがそれにあたります。これらについて正確な表示を事業者に求めることには、困難を伴います。これを「消費者の知る権利」として無理やり義務化を求めることは、本来の消費者基本法の事業者の責務、消費者に求められている役割にも反します。

 また世界的にみても、加工食品の原料原産地表示を推進しているのは日本と韓国だけ。国際的な整合性にも欠ける話です。そして輸入品には義務付けられないことから、消費者にとっては表示が片手落ちになるという問題もあります。

 一番大事なのはコストです。事業者団体によれば、使える原材料が限定されたり、包材の変更等によるコスト高を招くことにつながると言います。間違いが増えれば、無駄な回収も増えるでしょう。私たちの暮らし向きが苦しい中で、一円でも安い商品を求めてスーパーのはしごをしている消費者が、人によっては必要としない表示のために、コストを負担しなければならないのでしょうか。こういう消費者は、消費者ではないのでしょうか。

 どうしても原料原産地表示にこだわる消費者は、それなりの店に行って選べばいい。国産原材料を用いていることをアピールしたい食品は、しっかりと任意表示をしています。そこでは選べるのです。そうした自主的な取り組みが正確に表示されるようなガイドラインを整備すればいいのではないかと思います。

 検討会の報告書では、この点についてしっかりと記述しています。「個々の食品の容器包装へ表示するためには相応のコストがかかり、それによって食品の供給が制約されることになると、必ずしもそのような情報を求めていない消費者が利便を受けることが困難になったり、その負担が増加するおそれがある。このため、消費者にとってどのような情報が真に必要な情報であるか否かよく検証することが必要である」(報告書10p)

 今回の意見交換会の場では、日本生活協同組合連合会が「加工食品の原料原産地表示については、これ以上の拡大は求めない」と明確に発言しています。何百万人の消費者を抱える生協の声です。これは重く受け止めてほしいと思います。本当に消費者にとって真に必要な情報であるか否か一。消費者庁には、一元化検討会報告書の主旨をよく踏まえて、そして消費者基本法の理念を踏まえて、新食品表示制度を構築して頂きたいのです。

 ところで、当日の意見交換会では、阿南長官から冒頭のご挨拶で「前向きな発言をして頂きたい」というお話がありました。そこで私は最後に、加工食品の原料原産地表示の拡大を進めるにあたって、すぐに作業部会を作って実態調査をして頂きたいと提案しました。

 加工食品の原料原産地表示は、これまでの議論ではall or nothingで極端な議論になりがちです。しかし、まずは現状のレビューを行うことが大事だと思います。牛肉のたたきは表示義務が課せられているのに、ローストビーフは表示義務が無いのはおかしいとか、国産と思わせるような誤認を招く表示にどういうものがあるかとか、そうした具体的な話です。検討会では、そうした細やかな議論ができなかった、これが検討会における私の最大の反省点です。

 この先、検討の場が設けられるにしても、また同じことの繰り返しにならないよう、まずは現行制度のレビューを行って実態と実行可能性を把握してもらいたいのです。そして、どこに優先順位を置くのか、どうしたら消費者の合理的な選択に資することができるのか、そうやって道筋をつくることこそ、消費者庁に期待されるところだと思います。

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。