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執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

中国の輸入冷凍食品コロナ対策 その目的と影響は?

森田 満樹

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中国では今年6月頃から、輸入冷凍食品に新型コロナウイルスが付着しているかどうか、盛んに検査が行われています。検出されると、輸入の一時停止や過剰な衛生管理などの対策を求め、これが貿易障壁に発展してきました。

中国のこうした対策は非科学的であるとして、国際機関やドイツ、カナダ、米国など各国から非難の声が出ています。しかし、中国は強気の姿勢を崩さないどころか、むしろ対策を強化しています。その動向に注視してきましたが、ここにきて関連報道も増えてきました。

週刊誌の記事では、中国で輸入冷凍食品に新型コロナウイルスが検出されたことを伝え、こうした食品を介してウイルスに感染するリスクについて触れ、「国内の食品にも警戒が必要」「日本も検査をすべき」など、識者のコメントが紹介されています。

これらの記事には、なぜ中国が食品の検査を続けるのか、実際にどのような規制を講じているのか、国際的にみてどうなのかといった視点が欠けているように思います。これまでの情報を整理して、お伝えします。

●冷凍タラで感染力のあるウイルスを検出

中国が新型コロナウイルスの感染源として、輸入食品が原因ではないかと言い出したのは今年6月のこと。
北京で100人規模の感染が確認された時、この感染源となった市場での責任者が、輸入サーモンを扱う業者のまな板からウイルスが検出されたと主張しました。これが輸入サーモンの付着か、感染した人のウイルスが付着かは不明でしたが、中国の国家衛生健康委員会の専門家は、輸入サーモンやシーフードを食べないようにと市民に呼び掛けました。

その後、7月から8月にかけて、エクアドル産輸入冷凍エビ、ブラジル産冷凍鶏肉など、9月にインドネシア産、ロシア産、ノルウェー産の冷凍魚介類などの食品やパッケージから次々とウイルスが検出され、相手国に一時輸入停止を求めるなど規制を強化してきました。

この間、中国では新型コロナウイルスの感染者がかなり減り、9月以降には中国全土で2ケタ、1ケタということもありました。このうち国内で感染した事例で市場や冷凍倉庫で働く労働者がいると、その原因を探ろうと冷凍倉庫の周辺環境や冷凍食品のパッケージをふき取りPCR検査が行われるようになりました。

9月下旬、山東省青島市で港湾作業員2人の感染(無症状)が確認され、10月にかけて1000万人の規模で市民のPCR検査を実施されました。感染源の2人から十数人に感染が広がっていることがわかり、10月中旬、作業員が関わった低温流通の輸入食品の調査で複数個所からウイルスが検出され、このうち冷凍タラのパッケージに感染力を持つウイルスが分離されました。

感染力のあるウイルスが冷凍食品のパッケージから検出されたのは初めてのこと。このあたりから流れが変わりました。
中国で「世界で初めて、生ウイルスに汚染されたパッケージの接触感染を確認した」などと伝えられました。10月20日の新華社通信で「新型コロナがモノから人へ、冷凍状態で長期生存可能 青島市で判明」と報道されました。これを契機に中国の輸入冷凍食品の監視体制がさらに強化されることになりました。

●中国CDC、輸入食品の検査、消毒など規制を強化

中国CDC(中国疾病予防管理センター)は10月17日、この事実を公表しています。

ざっとまとめると、
・中国疾病管理予防センターは、青島の新型コロナウイルス流行のトレーサビリティ調査で輸入冷凍食品のパッケージから生ウイルスを始めて分離した。汚染されたパッケージとの接触が感染を引き起こす可能性があることが確認された。
・実験室の外のコールドチェーンでウイルスが長期間生き残ることを確認したもので、海外で汚染された冷凍食品からの輸入に注意を払う必要がある。
・これまでの研究で、新型コロナウイルスは食品摂取によって引き起こされることはなく、冷凍食品シーフードの接触による消費者の感染の事例は発見されておらず、中国の消費者の感染リスクは非常に低い。関係部門の輸入冷凍食品の監視と消毒を強化したので通常どおり、購入して食べることができる。
・冷凍に関与する従業員は作業服で汚染されている製品との接触を避け、作業後はすぐに手を洗って消毒し、定期的な検査を受けるなど環境衛生条件を改善する
など、今後の方針が示されています。

その後も輸入食品の検査が強化され、10月、11月にはエクアドル、オランダ、ブラジル、アルゼンチン、インド、インドネシア、サウジアラビア、ドイツ、ニュージーランド、ブラジル、ボリビアなど様々な国の輸入食品のパッケージからウイルスが検出されています。その都度、輸入停止などの措置が講じられています。

●過剰な衛生対策、消毒作業も求める

中国で輸入冷凍食品の検査もさることながら、衛生対策も過剰に行われています。
10月22日、中国の国家衛生健康委員会は輸入冷凍食品の取扱いについて特別な対応を求めるべく「コールドチェーン食品の生産と運用における新しいコロナウイルスの予防と管理のための技術ガイドライン」と「消毒テクニカルガイド」を公表しています。

10月末には、中国政府がこのガイドラインのQ&Aも出しています。ここではガイドラインの目的について、「現在、中国国内の新型コロナウイルスの流行は十分に管理されているが、海外での流行状況は依然として非常に深刻であり、輸入食品の管理が中国の感染対策の最優先事項となっている」として、従業員の健康監視、衛生条件、作業の距離、原材料のトレース、検査証明書の取扱い消毒剤やクリーニング手順まで、多岐にわたる要件を示しています。

はたして、中国の食品製造現場でこれだけ厳しいマニュアルが守れるのかな、と思えてきます。ところが、中国に冷凍食品工場を持つ事業者の方にお聞きすると、本当にこれらのプログラムを遵守せねばならず、衛生管理の要件や作業工程を変更せざるを得ない状況にあるそうです。従業員への負担が重く、過剰な消毒等の作業による影響が心配です。

●中国の監視体制が貿易摩擦に発展

以上のように、輸入冷凍食品について過剰な措置を講じているのは中国だけです。その動向については、8月頃から国際的に非難されるようになってきました。

8月14日、WHO(世界保健機関)は「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関連する食品安全と栄養についての Q&A」として、「食品を介してヒトが COVID-19 に罹患する可能性があることを示すエビデンスは現時点では存在しない」ことを改めて強調するコメントを発表しました。

また、国際的な学術団体である国際食品微生物規格委員会(ICMSF)は9月3日、「SARS-CoV-2と食品安全との関係に関するICMSFの意見」を発表し、この中で「輸入食品によるCOVID-19の感染拡大の可能性が懸念され、一部の国では食品の輸入制限や検査による安全性の証明を求めているが、このような貿易的措置は科学的に正当化されていない。」とはっきり述べています。
(参照:ILSI Japanによる日本語訳

ICMFSは、食品の安全性を保証する根拠として食品の最終製品や環境での新型コロナウイルスの検査を行うことは推奨しておらず、予想される分析結果には不確実性や不一致があり、リソースの無駄遣いになるとして、検査すること自体を否定しています。

また、ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)では11月9日、「豚肉を介したSARS-CoV-2の感染は、現状ではありそうもない」としてコメントを発表しています。中国のメディアが、ドイツの輸入豚肉についたウイルスから労働者が新型コロナに感染したと主張していることについて、現在の知見で証拠はないとしています。

BfRは、新型コロナウイルスに関して不安を抱く消費者からの問い合わせを受けてQ&Aを公表し、継続的に更新を行っています。この中で「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は食品や物を介して伝播し得るか?Q&A」で、輸入品の問いに対して「現在の知見では、新型コロナウイルスの影響を受ける地域で非衛生的な条件で生産された輸入冷蔵または冷凍食品にはウイルスが含まれている可能性はあるが、食品を介したウイルスの伝達はまだ決定されていない」と説明しています。

そしてニューズウイークの報道によれば、11月5~6日に開催された世界貿易機関(WTO)の会合で、各国が中国の措置に不満を表明し、中国が検査を正当化する科学的根拠を示しておらず監視措置の仕組みを中止するように求めたということです。米政府も動き出しており、米農務省は「中国の制限措置は科学に基づいておらず、貿易に混乱をもたらす恐れがある」と指摘したそうです。

●それでも中国が検査を続ける理由

これだけ国際機関や各国から不満の声が出ても、中国の動きは止まらないどころか加速しています。

最近では中国国内で、新型コロナ感染は輸入冷凍食品のせいだ、という論調が出てきました。武漢の中国疾病予防コントロールセンターの専門家は、中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報の取材で、北京市以外の場所で発生した感染も輸入食品からウイルスが検出されたとし、感染が最初に広がった武漢市についても関わりを主張したと報道されています。

なるほど、新型コロナウイルスは中国発祥ではないと言いたいがために輸入冷凍食品の膨大な検査を行っているとしたら、検査を加速させる理由もわかります。

このように中国の事情や国際動向がわかれば、週刊誌の記事のように「ウイルスがついた冷凍食品が危ない」「日本も冷凍食品を検査すべき」といった報道にはならないと思うのですが…。(森田満樹)

*FOOCOMメールマガジン第458号(9月10日発行)、第469号(11月26日発行)から加筆修正しました。

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。