科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

オバマ大統領が遺伝子組換え食品表示義務化法案に署名 その内容は?

森田 満樹

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 先週発行された週刊誌AERA(2016年7月25日増大号)で、「ホルモン剤肉に遺伝子組み換え-TPPで日本の食卓が危ない-」とする記事が掲載された。TPP発効後に日本の食品の安全基準が緩和され、米国が日本に対して遺伝子組換え食品の義務表示撤廃を求めてくることを懸念する内容だ。
 いつまでそんなことを言っているのだろう。米国の遺伝子組換え食品表示を取り巻く状況は大きく変わってきたのに、記事は現状を踏まえていない。

 米国では、昨年末から遺伝子組み換え食品の表示を義務づける法律案がまとまり、米国議会で審議されてきた。法律案(Mandatory Labeling Bill、S. 764)は、2016年7月に上院、下院で可決され、2016年7月29日、オバマ大統領が署名し、法律が成立した。主要紙が報道している。

 遺伝子組換え食品の商業栽培が始まって20年、GM大国・米国でもようやく遺伝子組換え食品の表示が義務付けられることになる。そのような状況で、日本のGM表示撤廃を求めるなどあり得ないのに、実態がなかなか伝わらない。
 米国の最新動向について、まとめてみた。

●米国でも消費者運動の高まりから表示義務化へ

 米国ではこの数年、各地で遺伝子組換え食品反対を掲げる消費者団体の活動が繰り広げられてきた。日本でも1996年から反対運動が高まり2001年に表示制度が施行されたが、その頃を思い出させる盛り上がりである。米国でも「消費者の知る権利」を主張して表示を求める声が高まり、いくつかの州で独自の法律が定められた。中でも積極的に進めてきたのがバーモント州で、2016年7月1日にGM義務表示法Act 120が発効した。

 バーモントの州法はとても厳しい。加工食品の全重量に占める遺伝子組み換え原料の割合が0.9%を上回る場合、「遺伝子組換え」「一部遺伝子組換え」「遺伝子組換えで作られる可能性がある」などと容器に表示しなければならず、違反した場合は、1ブランドにつき1日当たり最高1000ドルの罰金が科せられるという内容だ。

 連邦政府は、州によって法律が異なるパッチワークのような状況を避けようと、国による統一の義務表示法の成立を目指した。国の法律ができれば、州法は廃案になる。米国連邦議会では、法案がスピーディに可決された。その経緯は、宗谷敏さんの「GMOワールドⅡ:ついに結着を迎える米国GM食品表示騒動をめぐる七番勝負」が詳しい。

●義務表示といっても骨抜きの内容に消費者団体は反発

 それでは、オバマ大統領が署名した米国のGM表示義務化法案とはどんなものだろうか。次の3つのオプション、(1)パッケージに『contains genetically modified organisms』という文言を印刷する(2)GM食品のシンボルマークをつける(3)スマートフォンによるQR コードあるいはバーコードなど電子オプションを使う、が示されており、食品メーカーはこの中から選ぶのだ。詳細を決めるのはUSDA(米国農務省)であり、(3)についてこの方法が効果的かどうか、1年間をかけて検証するという。

 この(3)の方法について、容器包装に表示されない逃げ道だとして消費者団体は反発した。罰則規定もなく、表示推進運動を展開してきた消費者団体にとっては、到底受け入れられるものではない。7月になって消費者団体はオバマ大統領が署名拒否(veto)するよう、ホワイトハウスに請願20万筆以上を提出した

 しかし、こうした消費者団体の必死の抵抗もかなわず、7月29日にオバマ大統領は法案に署名して、法律が成立した。「米国でも遺伝子組換え食品が義務化される」というと、消費者団体の勝利のようにも聞こえるが、そんな単純な話ではない。

●遺伝子組換え食品をめぐる米国内の熱い戦いは続く

 (3)の方法は、食品産業の業界団体であるGMA(Grocery Manufacturers Association:食料品製造業者協会)が「Smart Label initiative」として容器包装による表示だけでなくスマートフォンによるQRコード走査での情報開示を2015年末に提案したもの。トム・ヴィルサック米国農務長官は、以前からこの表示方法を推奨しており、業界をリードし、議会を説得して法案としてまとめた。

 法案をまとめたのが米国農務省(USDA)というのが、不思議だ。そもそも米国の食品表示を定めるのはFDA(米国食品医薬品局)であり、長年にわたって「遺伝子組換え食品の安全性は通常の食品と同じであり、表示することは誤認を招く」としてきた。FDAとUSDAの対立は「GMOワールドⅡ:ついに結着を迎える米国GM食品表示騒動をめぐる七番勝負」の第5ラウンドで解説されているとおり、結論は「USDA様の言う通り」となった。

 勝者であるトム・ヴィルサック米国農務長官は、バラク・オバマ大統領により2009年に農務長官に指名され強い指導力を発揮してきた。もとはアイオワ州選出の上院議員で州知事も2期務めており、バイオテクノロジー産業とも深いつながりがある。米大統領候補に正式指名されたヒラリー・クリントン氏の副大統領候補にまで登りつめた。最終的にティム・ケーン上院議員に惜敗したが、これからも指導力を発揮し続けることになるだろう。

 いやいや、まだわからない。ここにきて共和党が発表したマニフェストでは、GM食品義務表示義務化に反対を明記した。GM食品は安全性と健康が証明されており、発展途上国の人たちの命を救ってきたからだという。共和党代表のトランプ氏が大統領になれば、今後の行方は混沌とする。

 さらに、速報で宗谷敏さんがまとめてくださっているとおり「未承認GMコムギ騒動リターンズ~アルゼンチン輸出コムギに混入、ワシントン州でも発見」という新たなニュースも飛び込んできた。小麦不祥事事件をマスキングするために、USDAは大統領署名を重ねて隠れ蓑にしようとしたのではないかという憶測も飛び交う。日本では想像がつかないほど、米国では遺伝子組換え食品をめぐって熱い戦いが繰り広げられている。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。