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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

会議は続くいつまでも 生物多様性条約カルタヘナ議定書締約国会議

白井 洋一

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 2年前の2010年10月に名古屋で生物多様性条約締約国会議があったが、その次の会議が今年10月にインドのハイデラバード市で開催された。会議の前半(10月1~5日)は遺伝子組換え生物の取り扱いに関するカルタヘナ議定書締約国会議(第6回)(MOP6)で、後半(8~19日)は生物多様性条約締約国会議(第11回)(COP11)という二部構成だ。

 COP11は前回の名古屋会議で採択した生態系保全のための「愛知目標(アイチ・ターゲット)」達成のため、「先進国はもっと資金を出せ」、「そういうなら途上国、新興国も自らの責任を果たせ」と激しい応酬があったため、マスメディアもかなり詳しく報道した。

 一方、MOP6の方はほとんど報道されなかった。過去5回の会議と異なり、もめることもなく、かといって前回会議の宿題が解決したわけでもないニュースネタに乏しい国際会議だったからだ。

 MOP6の結果は環境省からリリースされているが、国際会議の進行状況をリアルタイムに伝える情報ネットから今年のMOP6を振り返る。

争点もなく淡々と議事進行

 10月1日の開会セレモニーでは、オブザーバー参加の米国が「わが国は批准していないが、生物多様性条約とカルタヘナ議定書を尊重し支持する。しかし、他の国際ルールとの協調も忘れず、国際貿易を阻害しないことを希望する」と祝辞を述べた。

 皮肉のようにも聞こえるが、カルタヘナ議定書は前文で「この議定書は現行の国際協定に基づく締約国の権利および義務を変更することを意味するものではなく」、「他の国際協定に従属させることを意図するものではない」と書かれている。カルタヘナ議定書は他の国際ルールより上でも下でもなく、互いの存在を尊重するという意味だ。

 カルタヘナ議定書は、WTO(世界貿易機関)の定めた「植物検疫措置(SPS)協定」と「貿易の技術的障壁(TBT)協定」とかみ合わずトラブルがおこることは最初から予想されていたため、このような前文が盛り込まれたのだ。米国は「カルタヘナ議定書とともにWTO協定もお忘れなく」と言いたかったのだろう。

 MOP6の会議でもめたのは2点だけだった。1つは遺伝子組換え生物のリスク評価の手引き書を作るか作らないか? 作るとしたら、その位置づけ、強制力はどうするか。もう1つは遺伝子組換え生物が社会・経済に及ぼす影響の評価だ。前者は手引き書を作り試行的に進めることで、後者は専門家会合でさらに検討することで落ち着いた。いずれにせよ深夜まで紛糾するような論争ではなかった。

進まぬ「責任と救済」補足議定書の批准

 2年前の名古屋MOP5で採択されたのが、「責任と救済のための名古屋・クアラルンプール補足議定書」だ。もしも遺伝子組換え生物の国境を越えた移動(輸入)によって、輸入国の生物多様性に重大な損害が起こった場合、それを救済し、当事者に賠償責任を課すという取り決めだ。

 2000年にカルタヘナ議定書が採択されたとき、第27条「責任と救済」だけは条文の中味の文章を決めず、後から決めると先送りされたように、もっとも紛糾した議題だ。その後の会議でも、「どんな損害が起こるのか、具体的イメージがまったく見えない。この条項は不要だ」、「遺伝子組換え生物はなにが起こるかわからない。途上国にとって補償と救済措置は絶対必要だ」ともめにもめた末、2010年にこの項目だけにさらに新たな補足議定書が作られた。

 ところが、2012年10月時点で、補足議定書を批准したのはチェコとラトビアの2カ国だけ。あれほど補足議定書は必要と要求した途上国グループは一国も批准していない。

 MOP6では各国政府に批准を促すとともに、途上国では補足議定書の内容が十分に理解されていないので、生物多様性条約事務局がパンフレットを作り、説明会を開催するなど宣伝活動を強化することになった。補足議定書の中味も理解せず、ただ法的枠組みを作ることだけが目的で、延々と会議を続けていたのかとさえ思える状況だ。

 私は農環研のGMO情報でなんどか、この補足議定書の問題点を書いた。

 カルタヘナ議定書は、第7条で、「遺伝子組換え生物の国境を越える移動に際して、輸出する側が輸入国に対して、事前に通告し、それをうけて輸入国は環境や食の安全性についてリスク評価をした上で、輸入を許可すること」を定めている。この事前通告制度(Advance Informed Agreement, AIA)がカルタヘナ議定書の根幹になっている。

 輸出する側が事前に申告したものを、輸入国側が審査し、輸入許可を与えた上で、その後に起こった生物多様性への重大な損害とそれに対する賠償責任である。審査する側が見過ごしてしまう重大な影響とはなんだろうか? 軽微なこぼれ種子や微量の未承認品種の発覚は生物多様性への重大な影響とは見なされないだろう。

 AIAを前提としたカルタヘナ議定書で、AIAを否定する(あるいは信用しない)補足議定書はそもそも矛盾しているというのが私の考えだ。

 補足議定書が効力を持つには40カ国の批准が必要だが、成立はいつになるのか。親議定書であるカルタヘナ議定書も採択から国際成立(50カ国批准)までに3年半かかったので、補足議定書の批准ペースが遅いとは言えないが、「無用の長物」とも思える補足議定書だ。早期に成立しなくてもとくに支障はないだろう。途上国は賠償責任を求めるような重大な損害がおきないように、自らのリスク評価の審査制度を整え、被害を未然に防ぐのが先だ。

2年後 韓国で会いましょう

 MOP6では、とくに緊急の課題もないし、経費節約のため、次回のCOP7は2年後ではなく3年後でも良いのではないかという意見も出た。しかし、COP12が2年後の2014年に韓国で開催されることになり、MOP7も同時期の開催となった。途上国の政府代表や市民活動団体(NGO)は、MOPとCOPの両方掛け持ち組が多いので、MOPだけ別に開催にしても経費節約にはならないのかもしれない。必要があるから始まった国際会議だが、さしたる議題がなくても会議は続くようだ。

付録、インド国内事情

 インドでの国際会議は平穏に終わったが、この前後、インド国内の遺伝子組換え作物をめぐる情勢には大きな動きがあった。インドは現在、害虫抵抗性の遺伝子組換えワタを約1千万ヘクタール商業栽培しており、面積では世界4位のGMO大国だ。しかし、ワタ以外の作物は承認されておらず、2009年2月には害虫抵抗性のナスの商業栽培承認が直前で凍結された。環境影響を含めた安全性審査試験が不十分というのが表向きの理由だが、ワタと異なり「食用」ナスというのが大きな理由だった。

 その後も、イネやトマトなど食用作物の試験栽培は認められていたが、2012年8月と10月に連邦議会委員会と最高裁判所指名の専門家委員会が、ナスを含む食用作物の試験栽培を10年間凍結するモラトリアムを提言した(GMO Safety 2012/10/22, Hindu Business Line 2012/10/27

 たんに食用作物だからというだけでなく、試験栽培を認可する審査体制に欠陥があると言うのが理由だが、10年間試験栽培中止となると、安全性の評価だけでなく、優良品種の選抜もできなくなり、今後のインドの作物開発に与える影響は大きい。安定政権だった与党・国民会議派が汚職疑惑で揺れ、連立与党の「草の根会議派」が離脱するなど政治的背景も影響しているようだが、インドの今後の動向は要注目だ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介