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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

BSE対策見直し(その3)あまりにもお役所的なパブコメへのお返事

白井 洋一

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 BSE(牛海綿状脳症)の検査基準を生後20カ月齢から30カ月齢に引き上げるなどの基準見直し案の意見募集(パブリックコメント、以下パブコメ)が10月10日までおこなわれ、その結果が2日後の10月12日、食品安全委員会第75回プリオン専門調査会で専門委員に示された。

 寄せられた意見は414通、「輸入拡大を重要視すべき」、「30カ月以上の月齢規制についても早急に審議すべき」という意見も数件あったが、多くは予想通り、「規制緩和反対」、「米国のBSE対策が不十分」、「BSEの発症原因や伝達のメカニズムの科学的検証が不十分」など反対意見が圧倒的に多かった。

食品安全委員会の委員もお役所的回答に苦言

 10月12日の専門調査会では寄せられた意見とともに、食品安全委員会事務局が作成したパブコメへの回答案も示された。当日資料の資料1に全文が載っている。
事務局が作った回答案はいずれの意見に対しても判で押したような文面だ。

「国際機関や諸外国による評価を含め、合計230の文献等を精査し、専門委員による慎重な審議を経てとりまとめられたものです」

「リスク評価は食品安全基本法に基づき、科学的知見をもとに客観的かつ中立公正におこっています」

「いただいた御意見・情報については、リスク管理にかかるものであり、厚生労働省等のリスク管理機関にお伝えします」

 私は傍聴席で配布資料を「いかにもお役所らしい文書だな。まあ、こんなものか」と眺めていた。しかし、委員の先生方からは苦言が続出した。農業協同組合新聞(2012年10月19日)でも報道しているが、記事内容はほぼ正確だ。
「(自然発症する)非定型BSEへの懸念もあったが、月齢を示すなどもう一段詳しく説明した方が良いのではないか」

「回答案は十把一絡げに『科学的知見に基づいて・・・』で済ましている。これでは理解してもらおうという姿勢にかける」

「とにかくわかりやすく説明してほしい。20カ月から30カ月齢の牛肉を食べても、リスクが小さいと言うことを具体的にわかりやすく説明してほしい」

「30カ月齢以上の審査についても、この(回答)文章だけふつうに読むと、委員の人でもわかりにくいだろう。具体的な例をあげてもいいからきちんと説明しないと・・・」

「『リスク管理機関に伝えます』という表現が多いが、われわれ(食品安全委員会)はリスク評価機関だ。両者の関係が十分に理解されていないのではないか」

「リスクコミュニケーションについては、今後、われわれとリスク管理機関の共同作業も必要かもしれない。いずれにせよ、もう少していねいに説明する必要がある」・・・・といった意見が出された。

 結局、回答案の修正は専門調査会座長に一任されたが、一人の委員から「座長一任で良いが、どういう形でとりまとめられたのか、その経過を伝えてほしい」と注文がつけられた。

 食品安全委員会は内閣府に属し、リスク管理にかかわる厚生労働省や農林水産省などから独立した「中立のリスク評価機関」であるというのが設立当初からの売りだった。

 しかし、事務局を構成しているのは厚労省や農水省から出向している役人であり、2,3年でもとの役所に戻る。彼ら彼女らに役所の利害を考えず中立・公正を求めるのは無理だろう。

 今回の回答案は、専門家の委員(研究者)がせっかく科学的に吟味して料理したものを、事務局の役人が「役所風」のワンパターンの味付けにして、国民のテーブルに出したようなものだ。「冗談じゃない」というのが委員(料理人)の本音だろう。

パブコメ無視は法律違反か?

 今回のBSEではないが、以前、知人の研究者が化学物質の規制に関するパブコメの回答で怒っていた。

 「役所(経済産業省や環境省)は私が出した意見の一部を無視し、答えがあっても的外れなものばかりでとても誠意ある回答とは思えない」、「行政手続法の第42条で、『行政機関は提出された意見を十分に考慮しなければならない』と定めているのに、これでは法律違反だ」と言うのだ。

 パブコメ無視や誠意のない回答は法律違反となるのだろうか?

 ならないのだ。総務省・電子政府の総合窓口では、各省庁のバブコメ募集一覧が載っている。
 そこには「行政手続法に基づく手続であるか否か」という項目がある。「行政手続法に基づくものではない」と書いてあれば、任意の意見募集であり、行政手続法のしばりは受けない。

 たとえ、行政手続法に基づくパブコメであっても、役所は役所なりに十分考慮した結果、お役所的な回答をするだろう。「誠意がない、的外れの回答だ」といくら怒っても、答える側は「誠意をもって回答しております」、「今後、引き続き努力してまいります」と言うだけでかみあわない。

 行政手続法の第6章(第38条から45条)にある「意見公募手続等」は2005年に追加された条項だが、第42条を含め、読みようによってはどのようにも解釈できる。「誠意のない回答は法律違反だ」というなら裁判でもおこすしかない。

 ましてや今回のBSE基準見直し案のパブコメは行政手続法に基づかない任意の意見募集だ。遺伝子組換え食品や農薬の規制などのパブコメもすべて任意の意見募集だ。

 お役所は一応、国民の意見を聞く機会を提供しただけ。出された意見を取り入れて、大幅に修正したり方針を転換するつもりなど最初からないのだ。

もし改善する気があるのなら

 私は現在のパブコメ制度に期待していない。BSEや遺伝子組換え食品・作物のパブコメには関心があるが、それはどんな意見が寄せられ、どのように役所側が答えているかに興味があるからだ。

 パブコメは賛成、反対を数で問う投票ではないから、反対意見が多かったとしてもそれを受け入れて軌道修正する必要はない。的外れの批判に対しては、「それは違います」とはっきり答えるべきだ。

 しかし、政策、施策を作った役人とそれに関与した委員会や審議会メンバーの専門家以外の意見も聞いて、政策、施策をさらに良いものにしたいと考えるのなら、時と場合によっては、一工夫があっても良いだろう。

 前から考えていたことが二つある。ひとつは今のように不特定の一般市民からの意見を募るだけでなく、複数の専門家や団体を指名して評価を依頼することだ。今回のBSE規制見直し評価書案でも、依頼を受けた専門家がじっくり読めば、「結論は科学的には正しいのだが、評価書としての構成を変えた方がよりわかりやすくなるのではないか」、「項目ごとに、調査の結果とそこから導かれる結論のもっていき方の書きぶりを統一し、整理し直した方が良い」などの助言が得られたと思う。

 もうひとつは、一般からの意見とともに、専門家からも多くの指摘が出され、「最初の原案の文章を少し手直ししただけでは対応できない」と役所側が判断した場合、原案の修正版を作り、それをもう一度パブコメにかけることだ。

 私は海外のパブコメ制度にそれほど詳しくないが、遺伝子組換え関係では、欧州連合は一般市民への意見募集とともに、関連学会、環境市民団体、産業界などに原案を送り、意見を求めることがある。意見は匿名ではなく、団体名を明示して公表するので、意見を出す側もそれなりの責任がともなう。

 米国でも、パブコメ期間を延長したり、修正後に再パブコメというケースは時折みられる。これには、「最終的に結論は変わらない!」とか「時間と金の無駄。審査に時間がかかりすぎる!」と反対、賛成双方から不満の声があがるが、民主的な手続きとは「時間と金のかかるもの」、ある程度はやむをえないだろう。

 今回のBSE基準見直しは、一刻を争って緊急に決めなければならない問題ではない。専門家への評価依頼や修正案の再パブコメで2,3カ月余計に時間がかかっても致命的な事態にはならないはずだ。はじめに結論ありきでスケジュール通りに強行し、素っ気ないお役所風の返事でかわして済ますと後々まで不信感が残る。こちらのマイナスの方が大きい。

 いずれにせよ、今の日本のパブコメ制度は意見を出す側、回答する側のどちらも未成熟だ。パブコメに意見を出す人、団体は限られており、かなり特定化されているかもしれない。しかし、意見を出さなかったり、あるいはパブコメがあることすら知らなかった多くの一般市民が、後から読んでも、「まあ、納得できる」というパブコメへの対応(役所からのお返事)にしてほしい。

 10月12日のプリオン専門調査会では、検査対象月齢を30カ月からさらに引き上げた場合の検討を始めることになった。いずれこの見直し案もパブコメにかけられるだろう。

 BSEだけでなく、クローン牛、遺伝子組換え食品、そしてナノテクノロジーを使った食品など、一般市民の関心が高く、「なんとなく不安」に思っている人が多い問題については、ありきたりのパブコメやリスコミでお茶をにごさない方が最終的には役所にとっても良いと思うのだが・・・。
 しかし、変わらないだろうな、おそらく。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介