科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ホットな戦い COOL(原産地表示制度)

白井 洋一

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 英語圏では食品の原産地表示はCOOLという略称で呼ばれる。Country Of Origin Labelingの頭文字をとったものだが、原産地表示の問題は各国ともそれほどクールではない。消費者の選択の権利よりも、売りたい、買わせたくないという利害関係者の思わくが先にあるからだ。

米国の食肉表示制度はWTOルール違反

 米国は2009年3月に食品の原産地表示(COOL)を義務化した。対象は食肉、魚介類、野菜・果物(生鮮と冷凍)、落花生、朝鮮人参などだ。加工食品は除かれており、豚や牛だけの挽肉は表示対象だが、合挽き肉は加工食品扱いで対象外など抜け道も多い制度だ。

 COOLが義務化されるや、隣国のカナダとメキシコが米国の制度は輸出国側にとって不利になると、WTO(世界貿易機関)の紛争処理委員会に訴えた。北米の食肉産業は、国境をまたいで分業制になっていることが多く、カナダで生まれた牛や豚が米国で肥育されて食肉になったり、その逆もある。メキシコと米国の間でも同様だ。

 米国のCOOLでは、「食肉原産国(米国、カナダ、およびメキシコ産)」といった複数国表示を認めているが、「米国産」と表示できるのは米国で生まれ、育ち、と畜されて精肉になったものだけに限られる。

 このため、精肉業者は家畜の出生や肥育地の仕分けに余分なコストがかかるだけでなく、米国向け家畜の輸出が大きく減り、不利を受けるというのがカナダとメキシコの主張だ。

 2011年11月、WTOの紛争処理小委員会は米国の食肉に関するCOOL制度はWTOルール違反と判断した農畜産業振興機構ニュース, 2011年11月22日)

 米国はこの裁定を不服として控訴したが、2012年6月、上級委員会でも敗訴し、COOL制度の変更を迫られたReuters, 2012/6/29)

 変更を求められたのは食肉に関する部分だけで、魚介類や野菜・果物などは今まで通りでよい。食肉についても、WTOは原産国表示そのものは正当と認めており、表示の仕方に注文をつけた。

 米国の大手食肉業界は最初からCOOL制度に反対していたため、今回のWTO裁定を歓迎している。一方、「純米国産牛」を売りにするアメリカ育成牛連合(R-CALF USA)などは、米国政府のCOOL見直し案に対し、「表示制度を後退させるな、WTO判定に屈するな」と農務省と通商代表部を訴えるなど、混乱は続いているUsAgNet, 2012/11/16

 国民の食の安全意識の高まりもあり、スタートしたCOOL制度だが、米国政府には「米国産を買おう(Buy American!)」というねらいもあった。一方で、国際貿易のいっそうの自由化を唱える米国だが、今回のCOOLに関しては思い通りに運ばなかったようだ。

日本 サラダ油にも原産国表示を

2010年3月29日に消費者庁主催で「原料原産地表示」に関する意見公開会が開かれた。

 現在も食品表示をめぐって意見交換会が進行中だが、2010年3月はその第一弾ともいえる。

 この会で、遺伝組み換え食品いらないキャンペーンは食用植物油(サラダ油)に原料原産地表示を求めた。

 サラダ油の原料は主にセイヨウナタネ(カノーラ)、トウモロコシ、ダイズで、それらは米国、カナダで生産され、ほとんどが遺伝子組換えだ。食用油は「遺伝子組換え使用」の表示対象外のため、消費者は知らずにこのサラダ油を買っている。消費者が「知って選べるために」、カノーラ(カナダ産)、トウモロコシ(米国産)などと表示しろというのがこの団体の要求だ。

 食用油が遺伝子組換え使用の表示対象外となっているのは、とうふや納豆とちがい、商品として販売される最終製品では、遺伝子組換え産物が検出できないためだが(加熱処理で分解してしまう)、カナダ産、米国産と表示すれば、遺伝子組換え植物を使っていると消費者はわかるはずだというのがこの団体のねらいだ。「組み換え食品いらない」という団体なので、当然と言えば当然の要求かもしれない。

 これに対する日本植物油協会の提出資料「植物油の原材料と表示」は勉強になる。

まず、「原料、原産地の定義が観念的で国際基準とずれている。植物油は国際流通性の高い食品であり、日本だけに通用するローカルなルールを作ると混乱する」と消費者庁など行政側にも苦言を呈している。

 さらに、「原料とは、最終加工品の一段階前の産物のこと。植物油ではナタネやダイズの種子をしぼって粗油にし、粗油を精製し、調合して最終製品のサラダ油になる」、「植物油の原料は粗油であり、複数の植物と生産国が関与しており、その組合せも多様で、すべての組合せの表示は事実上不可能だ」と述べている。

 原料とはなにかという定義をはっきりさせないと原料原産地表示の議論が空回りする食品もあるとう良い例だろう。いらないキャンペーンが求めているのは「原料原産地」ではなく、「第一次原料植物栽培地」の表示ということになる。

 日本植物油協会の資料では、最後に一部の消費者団体の「ナタネ油に原産国表示をすれば国産ナタネ産業はよみがえる」という主張に対し、「ナタネの輸入自由化は1971年から。その前は手厚い国内保護政策があった。しかし、1962年から国産ナタネは急激に減った。自給率と食品表示の問題は独立して考えるべき」とも書いている。この指摘はまちがっていない。

 食品の表示問題は、消費者団体、生産者・製造者団体、流通業界などさまざまな利害関係者がからむ。とくにCOOLは、消費者の知る権利、選択の権利をどう確保すべきかという本題よりも、自らのブランドイメージを強調し、売る側の利益を第一に考える生産者や事業者の思わくが優先しているように思う。さらに攻撃対象のマイナスイメージを強調し、相手の欠点を攻めるのを得意とする声の大きい消費者団体も加わる。ホットな戦いかぬるま湯の中の嵐かは別として、消費者の知る権利、選択の権利の問題をクールに考え議論するのは難しいようだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介