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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

焦らずあわてず先送り カルタヘナ議定書締約国会議 次回は2016年メキシコで

白井 洋一

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 韓国の平昌(ピョンチャン)で10月17日まで生物多様性条約の国際会議が開かれている。ピョンチャンとは聞き慣れない地名だが、2018年冬のオリンピック開催地で、韓流ドラマ「冬のソナタ」のロケ地といえば、あああそこかと思う人もいるだろう。

カルタヘナ議定書締約国会議 環境省からのお知らせ

 会議は3部構成で1週目(9月29日~10月3日)が遺伝子組換え生物関連のカルタヘナ議定書第7回締約国会議(MOP7)、2週目から生物多様性条約第12回締約国会議(COP12)(10月6~17日)、3週目(10月13~17日)はCOP12と同時並行で「遺伝資源の利用と利益配分(ABS:Access and Benefit-Sharing)」に関する名古屋議定書第1回締約国会議(ABS-MOP1)がおこなわれている。

 2010年秋に名古屋でCOP10MOP5が開かれたときは「コップテン、モップファイブ」と話題になったが、今年の「ツゥエレブ、セブン」は日本ではほとんどニュースにならない。日本で開催されていないからというより、メデイアが取り上げる話題に乏しいからだ。ABSの方は第1回会議と言うことで「日本まだ未批准」などと少しは注目されているが、遺伝子組換えはメデイアだけでなく、関係者にとっても中味のない退屈な会議だったようだ。

 さしたる争点もなく中味は乏しいのだが、定例化した国際会議の今後の問題点も含め、国際会議情報サイトを参考に紹介する。

今回の議題
 MOP7では14議題が検討された。1.法令遵守、2.情報交換センター(クリアリングハウス)、3.財政と資金源、4.他の国際機関との協力、5.議定書の運営と予算、6.組織運営の効率性の改善、7.組換え生物の取り扱い、輸送、包装および判別(表示)、8.責任と救済(賠償)、9.リスク評価とリスク管理、10.社会経済的考察、11.モニタリングと報告、12.議定書の有効性の評価と再検討、13.予測できない国境を越えた移動と緊急措置、14.隔離条件下の組換え生物の利用。

 多少もめたのは、9の「リスク評価と管理」と10の「社会経済的考察」だ。9では一部の途上国が「ガイドライン(手引き書)を作ってもらわないと、十分な評価や管理ができない」、「キャパシテービルデング(能力構築)のために先進国はさらなる援助を」といつもどおりの主張。10では、「伝統的在来農業や家族農業への影響も専門家会合でさらに検討すべき」との声があがり、オブザーバー参加のNGO(非政府組織)は「専門家会合の委員は、バイオテクノロジー産業推進派が多く、社会的問題を検討するメンバーが揃っていない」と批判した。

 9と10は2010年インドで開催されたMOP6でももめた。あれから2年、ほとんど作業は進行しなかったということだろうか。しかし、過去の会議のように、時間を延長して深夜や土日の予備日まで議論することはなく、最終日に全14議題がすんなり承認され、夕方5時半に会議は終了した。「次のCOP12、ABS-MOP1も控えている、ここで争って時間を費やすことはない」、「2年後のMOP8までにオンライン会議や必要なら個別に専門家会合を開いて中味を詰めよう」ということで、大人の対応というかすべて先送りにした。

 なお、前回のMOP6は2012年11月7日の当コラム「会議は続くいつまでも 生物多様性条約カルタヘナ議定書締約国会議」で紹介したので参照していただきたい。今回のコラムと合わせて読むと、この2年間のゆっくりした動きが分かる。

進まぬ「責任と救済」補足議定書の批准
 議題8の「責任と救済(賠償)」もほとんど議論がなかった。2010年MOP5で組換え生物の国境を越えた移動(輸入)後に、生物多様性に重大な損害がおこった場合、事業者に責任と賠償を課すことを認めた「名古屋クアラルンプール補足議定書」が採択された。しかし、この補足議定書の批准が進んでいない。

 「責任と救済」は親議定書にあたるカルタヘナ議定書の採択でももっとも紛糾した項目で、2000年の採択時には、第27条「責任と救済」は後から詰めると条文の中味は空白のまま見切り発車した。

 「親議定書で輸入前に事前申請し、審査した上で承認の可否を決める」と定めているのに、輸入承認後に重大な影響が生じるとは矛盾しているのではないか。仮にそのような事態になるとすれば、輸入国側の審査・評価能力が劣っていた結果であり、責任は行政側にあるのではないかという素朴な疑問もあがった。先進国側は「承認後に賠償を求めるような悪影響、損害とはどんなことを想定しているのか」と問うたが、途上国側から明確な回答はないまま、とにかく法的拘束力のある議定書を別立てで作ることで決着した。

 ところがあれほど責任と賠償義務を要求した途上国グループの批准が進まない。

 2年前のMOP6時点で批准したのはチェコとラトビアの2国だけ。今回のMOP7開催時点で26国になったが、国際発効に必要な40国には達していない。批准した26国の内訳は、アフリカがブルキナファソなど3国、アジアはカンボジア、ベトナムなど7国、中南米はメキシコのみで、あとの15はEU(欧州連合)を含むヨーロッパ諸国だ。

 あれほど絶対必要、これがないと安心して組換え生物を利用(輸入)できないと主張したアフリカなど途上国の批准が進まないのはどういうわけか?

 MOP7では「補足議定書の内容が政府や議会によく理解されていない」、「事務局は理解、啓蒙活動を積極的にやってほしい」との要望が出された。MOP5に出席した各国代表は国に帰って政府や議会に説明できない、中味もよく理解しないままで、制度を要求し、採択したのかとあきれてしまうのが今の状態だ。議長や事務局は「未批准の国は早く批准しましょう」と再三呼びかけたが、特に新たな推進対策は示されなかった。

 親議定書との関係からみても矛盾の多い補足議定書だ。「2010年採択時の議長国、日本はまだ批准していない。率先して批准すべき」との声もあるようだが、急いで批准する必要はないだろう。

次回は2016年メキシコで
 次回の生物多様性締約国会議(COP13,MOP8、ABS-MOP2)は2016年にメキシコで開催される予定だ。今回の開催国、韓国の聯合ニュースは「194国から2万人集まる。韓国経済にとって4631億ウォン(約483億円)の経済波及効果と760人の雇用誘発効果が見込まれる」と伝えている。国際会議を誘致し、外貨を稼ぐ効果はあったのだろう。

 すべての国際会議が無駄とは思わないが、カルタヘナ議定書関連のMOPを見ていると、さしたる議題がなくても2年に1回、集まることが定例化しつつあるのではと思ってしまう。

 「そんなことはない。これから組換え微生物や昆虫、魚、動物など新たな問題が出てくる。植物、作物だけが遺伝子組換え生物ではないのだ」と専門家やNGO代表は言うのだろうが。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介