科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

これからどうする日本の遺伝子組換え作物開発

白井 洋一

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 8月1日のコラムの最後で、「遺伝子組換え技術を使わずに開発できるなら、その方法で、遺伝子組換え技術でなければ不可能ならば、組換え技術も使う。世界のトップバイテク種子メーカーの開発方針は、総じてこの方向だ」と書いた。

 モンサントやデュポン社など世界のトップメーカーは、遺伝子組換え作物の商業化には安全性審査・承認に費用と時間がかかり、消費者や食品業界の受け入れ姿勢も大きなハードルになっていることを十分承知している。

 その上で、組換え技術を使わなくてもできる品種改良は、ゲノム(全遺伝子)情報やマーカーアシスト育種法を駆使して開発する。しかし、どうしても組換え技術でなくてはやれない品種改良には組換え技術を使うという姿勢だ。筋が通っている。

 ところが、「うちはゲノム情報、マーカーアシスト育種で画期的品種をつくります」、「遺伝子組換えではありません」を売りにしているように思える研究組織がある。日本の農水省と傘下の独立法人の研究所だ。

ゲノム情報活用シンポジウム

 2012年7月23日に農水省と農業生物資源研究所の主催で、「ゲノム情報を活用した作物の新品種開発の最前線」と題する公開シンポジウムが開催された。

 5年間の新農業展開ゲノムプロジェクトが今年度で終了するので、ゲノム情報とマーカーアシスト育種法によって達成された研究成果のいくつかが紹介された。

 ゲノム情報とは、アデニン(A),チミン(T),グアニン(G),シトシン(C)といった塩基の配列を示す遺伝子地図で、染色体のどの位置にどんな遺伝子があるかを示す。日本が主導したイネゲノムプロジェクトによって、2004年にイネのゲノム(全遺伝子)情報が解読され、現在は次のステップとして、それぞれの遺伝子がどんな働きをするかを調べている。

 マーカーアシスト育種法は、ゲノム情報の充実とともに発展した。導入したい形質の遺伝子の塩基配列を目印(マーカー)にして、交配・選抜の作業を効率化したもので、最近は、アデニン、グアニンなど一塩基単位の違いでも、選抜マーカーとして利用できるようになり、目的とする遺伝子だけを導入する品種改良がさらに進むと期待されている。

 マーカーアシスト法は、同じ種の品種を掛け合わせた交配育種であり、できた品種はもちろん遺伝子組換えではない。食品の安全性審査を受ける必要もないし、世間から「試験栽培も反対!」とバッシングを受けることもない。

 シンポジウムでは、講演者から「多額の予算をかけたゲノムプロジェクトという側面からみると、十分な成果を上げているとは言えない」、「マーカーによって早期に選抜できるが、他の大事な形質を見落とす可能性もあるのではないか」といった反省的発言もあった。しかし、得られたゲノム情報の成果をこれからどのように新品種育成の現場でフル活用するかについて、突っ込んだ議論はなかった。

 また、発表の中には遺伝子組換え技術を使ったイネ品種もあったが、「形質転換イネ」と表現し「遺伝子組換え」という言葉は使わなかった。全体として「ゲノム情報を活用とした最前線」の今後に不安をのぞかせるシンポジウムというのが私の感想だ。

ひっそりリリースされた「今後の作物育種研究の進め方」

 このシンポジウムのお知らせがあった6月11日に、農水省は「今後の作物育種研究の進め方」と題するレポートを発表した。FOOCOMの松永編集長も委員をしている農林水産技術会議での承認を経て公表されたものだが、プレスリリースもせずひっそりだったので、農業関係のメディアでもほとんど注目されなかった。

 食料自給率の向上、地球温暖化対策など、作物品種育成への期待は大きいが、一方で、予算や人員の削減もある。国(農水省)が長期的な戦略を持って、独立行政法人の研究所、都道府県の研究所、大学、民間企業の役割分担を明確にし、かつ連携して品種育成を進めていかねばならないというのが、今回のレポートの背景にあるようだ。

 しかし、5年後に達成すべき育種目標として、作物ごとにいろいろあげているが、どの研究機関がなにをいつまでにやるかという行程表は示されておらず、今ひとつ具体性に欠ける内容だ。

 私が注目したのは、これからの作物育種で遺伝子組換え技術をどう位置づけているかだ。

 最後の最後で、次のように書いてある。

 「既存の遺伝資源を交配・増殖していくだけでは、多様化する要望に対して十分な品種育成に至らない可能性がある。環境や人の健康に影響しない安全な遺伝子組換え作物を作る技術の開発は、作物の持つ可能性を広げると考えられるので、安全の確認に必要なリスク評価、管理技術などを開発し、一般作物との共存のあり方等を検討しつつ、例えば、複合病害抵抗性や環境ストレス耐性の付与など新たな技術開発を推進していく必要がある。」

 遺伝子組換えをまったく断念したわけではないらしい。しかし、この後に続く文章に疑問を持った。

 「遺伝子組換え技術に関しては、国民の間にある、通常の交配育種では開発できない画期的な品種育成への期待や、安全性や環境への影響に対する懸念に対応するため、遺伝子組換え技術の開発に関する取り組み状況や遺伝子組換え農作物の安全性を確保する仕組みについて、国民への客観的で正確な情報提供を引き続きおこなっていく必要がある。」

 なんだ、ごくあたりまえ、当たり障りのない役所的文章ではないかと思うかもしれない。しかし、懸念・不安を解消するために、外堀の技術開発や市民向け情報提供をやってから、その後で本丸の組換え品種開発を進めるのか、あるいは同時平行で行くのか、その道筋がまったく見えないのだ。

 「遺伝子組換え技術については、不安・懸念とともに画期的な品種育成への期待もあるので」、と書いてあるが、遺伝子組換えに対するイメージを一転させるような画期的な品種など、そう簡単にはできない。このような現実も客観的に情報提供するつもりなのだろうか?

 また、遺伝子組換えの安全性について強い懸念、反対を叫ぶ人たちは、どんなに正確で客観的な情報を提供しても、素直に受け入れ、考えを改めたりはしない。それはこのレポートを書いた担当部局もわかっているはずだ。

 日本だけでなく、海外でも、組換え作物、特に食用作物に対する消費者の懸念、不安は根強い。いずこでもマイナスイメージを一気に好転させるような出来事は、期待できないのが現状だ。

 逆風が続く中で、組換え作物の開発をどのように進めていくのか?先陣をきるのが、複合病害抵抗性や環境ストレス耐性のイネ(レポートはイネとは明記していないが、おそらくイネしかないだろう)がベストの戦略なのか? マーカーアシスト法などで同様な品種開発ができるなら、組換え技術でやってこそのメリットがなくなる。農水省が司令塔になるなら、こういった面も考えて、全体の戦略を練らなければならない。

国民の理解を得てから開発開始? それでは遅すぎる、間に合わない

 ここで思い出すのは2010年12月、オーストラリアの研究機関が、乾燥などの環境ストレスに強い組換え小麦の研究開発に着手したときの記事だ。

 現在、サイトには残っていないが、オーストラリアの小麦研究者は次のように述べていた。

 「オーストラリアでも、除草剤耐性の遺伝子組換えカノーラ(セイヨウナタネ)の商業栽培が2008年にようやく始まった。長いモラトリアム(一時停止)を経てのことだが、今でも組換え作物、食品に対して国民の懸念があることは承知している。しかし、われわれがこれから開発しようとしている乾燥ストレス耐性小麦は商業化までに7~10年かかる(別の研究者は15~16年とも言う)。野外での試験栽培だけでなく、食品の安全性承認にも時間を要するだろう。国民の懸念が一掃されてから、研究を始めるのでは遅すぎるのだ。」

 日本でも、今回の「作物育種研究の今後の進め方」の別添資料で、小麦では穂発芽耐性品種の育成が重点目標として取り上げられている。

 小麦は冷涼・乾燥な気候を好む作物で、春に雨の多い日本では、収穫前に穂が発芽してしまうことが大きな障害になっている。多雨でも穂発芽しにくい小麦品種や野生の近縁種が見つかり、それをマーカーアシスト法によって、交配して品種育成できれば、問題ない。しかし、穂発芽や種子の休眠性に関与する遺伝子(あるいは遺伝子群)を特定できても、遺伝子組換え技術でその働きをコントロールしなければ、穂発芽耐性品種ができないのならば、組換え技術を使うしかない。

 穂発芽耐性小麦はたとえばの話だが、組換え技術を使うか、使わないで品種開発を進めるかは、早い段階で決断する必要がある。世の中の動向を見て、それからでは遅すぎるのだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介