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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

密室審議はやめて議事録公開へ 日本の生物多様性影響検討会

白井 洋一

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 前回、5月22日の当コラム「米国農務省 組換え作物の栽培承認延期 包括的環境影響評価を実施」の最後に以下のように書いた。
 米国農務省は除草剤耐性作物を広域で栽培し、空中から除草剤を散布する現実を考慮して、ジカンバ耐性と2,4-D耐性のダイズやトウモロコシの栽培承認を見送った。しかし、日本ではこれらの除草剤耐性作物は、生物多様性影響評価総合検討会(農水省・環境省主管)の審査を経て「わが国の生物多様性に及ぼす影響はない」として次々に「栽培」を含む野外での利用を承認している。

 海外のバイテクメーカーが日本に輸入申請するのは、栽培のためではなく、飼料や食品としての穀物種子の輸入のためだ。

 除草剤耐性作物を実際に日本で商業栽培するには、さらに作物の茎葉上に散布した野外試験をおこなって除草剤使用の登録(使用条件の拡大)を取らなければならない。しかし、バイテクメーカーは日本でこれらの除草剤耐性作物を栽培品種として売り込むつもりはないので、除草剤の新規利用申請はしない。

 だから、ジカンバや2,4-Dによる対象作物以外への影響を考慮せず、日本で「栽培」を含めた承認を出しても実際の問題(被害)は生じない。これはすでに広く「栽培利用」を含め輸入が認められているグリホサートやグルホシネート除草剤耐性作物でも同じだ。

 しかし、このような審査・承認制度で果たして良いのだろうか。世界でもきわめて珍しい制度で、日本はガラパゴス化しているのではないだろうか?

栽培承認するのはこぼれ種子のため?
  輸入組換え作物の主な利用目的には、「食用」、「飼料用」、「加工用」、「栽培用」がある。実際には栽培しないので、「栽培」は抜いて、最初の3つだけとするのが正確だし、世界の利用区分とも一致する。

 しかし、申請者(バイテクメーカー)の希望と言うより、行政側が「栽培」を含め申請するよう求めているのは、輸入した種子が港から工場へ運ばれる途中の「こぼれ種子」やノンGM(非組換え)として輸入された種子の中に、組換え種子が微量混入していた場合を想定しているためだ。

 道路際にダイズやナタネの種子が少量こぼれ落ち発芽しても、「栽培」も含め承認されていれば、「わが国の生物多様性に影響はない」と言える。日本で栽培されるトウモロコシ種子も多くは北米や南米から輸入しており、ノンGMと言ってもごく少量組換え種子が混じっている可能性はある。それでも「栽培」を含めた承認がとれていれば、組換え作物・食品反対の市民団体などが騒いでも慌てることはない。そういった混乱を防ぐため、「栽培」を含めて承認しているようだ。

 確かに「わが国で栽培未承認」の組換え作物の種子がごく微量でも道路際や畑で見つかったら、メディアは大きく取り上げるだろう。ごく微量であり、環境への影響はないと言ってもなかなか納得されないだろう。

 無用な混乱を回避するための措置だとしても、「栽培利用」の承認はやはり誤解を招く。栽培(cultivation)とは作物生産を目的として意図的に種子をまき、人が管理して育てるものだ。「栽培」承認ではなく、「生物多様性(環境)影響の審査・承認済み」として、「仮に非意図的に野外で種子が発芽しても問題は生じない」と説明するべきだろう。「栽培利用」を承認しながら、実際には栽培できないシステムになっているのは世界でもきわめて異例なのだ。

生物多様性影響評価はどのように行われるか
  ところで、遺伝子組換え作物の生物多様性影響評価とはどんな評価なのだろうか? 2004年2月に生物多様性条約・カルタヘナ議定書に基づく「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(通称、カルタヘナ法)が施行された。

 それ以前は、「開放系(野外)利用における環境安全性評価」という名前だったが、法律の施行によって「生物多様性影響評価」となった。しかし、評価の中味はほとんど変わっていない。扱う商品の数は変わらないのに、○○商店が○○デパートと名前を変えたようなもので、生物多様性という看板が大げさすぎるのだ。

 審査するポイントは主に4つある。(1)導入した遺伝子が複数世代にわたり安定して発現するか、(2)雑草化して畑の外に広がらないか(競合における優位性)、(3)有害物質を出して野生動植物に悪影響を与えないか(有害物質の産生性)、(4)近縁の野生植物と交雑しないか(交雑性)。

 対象とする近縁の植物とは、栽培植物ではなく在来の野生植物であり、明治(1868年)以降に日本に侵入して定着した外来植物は含まない。有害物質を微量でも出したり、野生植物とわずかでも交雑したらだめというわけではなく、その頻度と影響が及ぶ範囲を考えた上で影響があるかないかを判断している。

Btダイズでは栽培利用は承認せず ツルマメへの遺伝子浸透が心配
 
 組換え農作物を審査する生物多様性影響評価検討会では、わが国在来の野生植物との交雑にもっとも関心をもっているようだ。2012年9月7日の生物多様性影響評価総合検討会では、モンサント社のチョウ目害虫抵抗性Btダイズ(MON87701)の輸入申請が審査されたが、いままでの組換えダイズとは異なり、栽培利用は認めず、食用、飼料用、加工用のみの承認となった。

 なぜか? 日本には栽培ダイズ(Glycine max)と交雑可能なツルマメ(G. soya)という野生植物(雑草)が存在する。同じ属の植物なので交雑可能だ。影響評価検討会は、チョウ目害虫に強いBtダイズの遺伝子がツルマメに入り、ツルマメ集団内で広がり定着すると、チョウ目害虫に強いツルマメ集団ができ、わが国の生物多様性に影響するおそれがあると考えた。

 たしかにダイズとツルマメは交雑するが、どちらも自家受粉であり、遠くまで花粉を飛ばして交雑する種ではない。開花時期もずれており、実験的に開花時期を揃えて密接栽培した場合でも、組換えダイズからツルマメに遺伝子が移動するのは0.1%程度だった。

 この程度の交雑率ではツルマメ集団にチョウ目害虫に強いBt遺伝子が蓄積され定着するとは、まともな生態学や遺伝学の研究者なら考えない。しかし、検討会の一部委員は強硬に主張し、申請者に多くの追加データの提出を要求し、栽培は認めることはできない、栽培抜きなら承認可能と結論したのだ。

 Btダイズに対する検討会の評価結果を読めば、研究者ならその非科学性がわかるだろう。

闇に葬られたBt菊
 モンサント社のような大手メーカーは輸入承認が下りないと商売にならないので、検討会の過大なデータ提出要求にも応じるし、それだけの体力、資金力もある。しかし、中小企業や大学、公立研究機関では耐えられない。

 某県の農業試験場では害虫抵抗性のBt菊の研究開発をしていた。菊には在来の野菊など交雑可能な野生種がいくつかあり、ダイズとツルマメより交雑頻度はずっと高い。さらに菊は挿し芽で増やすこともできるので、商業化されたら管理に多くの注文がつくことは予想される。

 私は県の担当者から試験ほ場での栽培申請前から個人的に相談を受けていた。大手バイテクメーカーのように明日にも商品化するという作物ではない。室内、温室試験を経て、ようやく野外に出して効果を確かめようという段階の実験植物だ。

 しかし、検討会の委員数名は、野生菊との交雑のほか、勝手に挿し芽で増えたらどうする、そもそも花で農薬を減らすBt菊が必要なのかなど、生物多様性影響評価そのものと関係しないことまで持ち出し多くの注文をつけた。

 複数回のやりとりの後、某県農業試験場は試験ほ場での栽培申請を自主的に取り下げた。これ以上のデータ提出や検討会委員からのコメントに対応できないと判断したからだ。Bt菊は総合検討会の審査案件にあがらなかったので、その前の農作物分科会でのやりとりはまったく世に知られていない。一般の人はともかく、組換え植物の研究にかかわる国内の研究者も知らないのは問題だ。

農作物分科会の審査も議事録公開を
 生物多様性影響評価の総合検討会は公開でおこなわれ傍聴できる。しかし、総合検討会の前に実質的な審査がおこなわれる農作物分科会は非公開でいつどんな審査がおこなわれたのかほとんどわからない。非公開は開発者(企業、研究機関)の知的財産等を保護するためだという。

 しかし、食品安全の実質的な審査をおこなう食品安全委員会・遺伝子組換え食品等専門調査会は会議は非公開だが、記事録はすべて公開している。

 発言者の名前は伏せてあり、会議資料の一部は公開されないが、いつ、どの案件が審査され、委員がどのような発言をし、問題点がどこにあるのかは議事録を読めばわかる。申請者の知的財産保護のため非公開にするというなら、食品安全審査も生物多様性影響審査も同じはずだ。申請者側の企業秘密という点では、食品安全審査の方が多くの情報が含まれているだろう。

 研究開発段階の組換え植物の審査をおこなう文科省・環境省主管の「学識経験者からの意見聴取会合」も原則全面公開され、議事録も公表されている。
 食品安全委員会や文科省でやれて、農水省の生物多様性審査だけがやれないことはない。いつどこでどんな案件が審査されたか公開されない密室会議は今の時代に反する。学識経験者が自分の発言に責任を持つ上でも、議事概要ではなく、発言議事録を公開するべきだ。

 外部と遮断された密室で申請者(開発者)と学識経験者(検討会委員)だけでやりとりをしているから、世界でも例のない特殊なシステムになるのだ。わが国固有の生物多様性を守ることは大切だが、審査体制が外部と遮断され世界標準から離れてガラパゴス化するようでは百害あって一利なしだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介