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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

食料自給率 カロリーベースで39%  生産額ベースだと66%だが

白井 洋一

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 8月10日、農水省はこの時期恒例の食料自給率を発表した。

 2011年の自給率(カロリーベース)は39%で前年(2010年)と同じだが、小数点1けたでは38.6%で、大冷害でコメ不足となった1993年の37%に次ぐ2番目の低さだ。農水大臣は記者会見で、「小麦の生産が持ち直したが、大震災・原発事故の影響で、コメの需要と東北の漁獲量が減ったため、差し引きで昨年と同じになった」と述べている。

自給率が上がらない最大の原因

 確かに小麦の自給率は9%から11%に回復したが、2010年は主産地の北海道が不作だったためで、2000年代に維持していた13~14%の水準には戻っていない。

 政府は2020年までに食料自給率を50%に引き上げる(回復させる)ことを目標にしているが、小麦だけでなく、どの品目にもV字回復が期待できるものは見あたらない。自給率が50%だったのは24年前の1988年、ソウル五輪の年だが、8年後の2020年に50%達成はおそらく無理だろう(2020五輪は東京、イスタンブール、マドリードのいずれかで開催される)。

 食料自給率とは、輸入依存率の逆の数字あり、円レート(特に対米ドル)の問題を抜きにしては語れない。1970年当時の1ドル360円(固定相場)が変動制に移行し、180円(1978年)、120円(1987年)と円高は進んだ。

 今、1ドル約80円だが、これは360円時代に比べて、日本円が4.5倍の価値を持つと言うことで、4.5倍の買い物ができる。もし1ドル60円になれば、6倍の価値。海外から買った方が安いし、しかも良質のものがそこそこ安定して得られるという構造が続く限り、自給率は容易に向上しない。しかし、残念ながら、今年の農水省発表でも、この問題にはまったくふれていない。

カロリーベースと生産額ベースの自給率

 自給率の発表では、カロリーベースとともに、生産額ベースの数字も発表される。カロリーベースとは、ご存じのように、「1年間に消費する食べ物をカロリー(熱量)に換算して、国産農産物でどれだけまかなえるか」を示す。国産供給熱量÷総供給熱量で、2011年の数字(国民一人・一日あたり)では、941キロカロリー÷2436キロカロリー=38.6%(約39%)となる。

 問題は生産額ベースの方だ。単にカロリーを金額に置き換えたものではない。国内生産額合計÷国内消費仕向け額合計という式で計算する。2011年の数字では、9兆6573億円÷14兆5434億円=66.4%(約66%)になり、前年より4ポイント減少し、2008年(65%)に次ぐ低い値となった。

 注意したいのは、生産額ベース計算式の分子は生産額合計、分母は消費仕向け額合計ということだ。経済学の専門家なら当然のことかもしれないが、私は最初、その意味がよくわからなかった。

 国内で生産される農産物の総生産量、国内生産額合計が同じでも、輸出が増えると、その分、国内消費仕向け額が減ることになる。分母の値が小さくなるので、生産額ベースの自給率は上がる。今年はカロリーベースでは前年と変わらずだが、生産額ベースでは4ポイント減。逆に、2009年は、カロリーベースで1ポイント下がって、生産額ベースが5ポイントも上昇したように、両者の関係は一致しない。

 生産額ベースの算出式に問題があると言うより、この値は食料の自給率や輸入依存率を論ずる場にはふさわしくないように思う。国産農産物に付加価値を付けて輸出する戦略や、国産農産物の輸出割合などに使うべきものだろう。

 今回の農水省の発表では、「大震災などの影響で牛肉、魚介、野菜の国産単価が下がり、国内生産額が減少したため、生産額ベースの自給率が下がった」と説明している。メディアもそのまま報じているが、なんともわかりにくい。

 確かに、国内生産額合計(分子)が前年より3988億円減り、国内消費仕向け額合計(分母)が1399億円増えており、国内生産額の減少割合の方が大きい。しかし、これだけで国産単価が下がったため国内生産額が減少したと、説明できるのだろうか? 生産額ベース自給率の減少は国産農産物の輸出が減ったことも一因ではないかと思うが、このことにはふれていない。

 自給率のアップダウンに一喜一憂するのではなく、重要なのは自給力だという意見がある。おっしゃるとおりだが、自給力を示す明確な指標はない。目安となる数値がないとことは進まない。カロリーベースの自給率でも良いと思う。

 しかし、今の生産額ベースの自給率は食料自給体制を強化する上でのわかりやすい指標ではない。自給率として発表するのならば、その数値の意味するところもきちんと説明すべきだ。「カロリーペースでは先進国中最下位だけど、金額ベースではそれほど悪くはない」と気休めの材料に使われるようでは、本家本元のカロリーベース自給率も改善しないだろう。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介