科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

トウモロコシ価格高騰 バイオエタノール悪役説は短絡的

白井 洋一

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 1年先どころか半年先を予測するのも難しい。今年(2012年)6月29日、米国農務省はトウモロコシ栽培面積は前年比5%増、9640万エーカー(約3860万ヘクタール)となり1937年以来の史上最高になると予測した。面積あたり収穫量は当時より増えているので、今年の収穫量は史上最高になるはずだった。

 しかし、この発表直後から、米国は高温、乾燥被害に見舞われ、1956年以来最悪の大干ばつとなった。トウモロコシやダイズ価格の記録的高騰をうけて再び高まってきたのが、トウモロコシを利用した燃料用バイオエタノールへの批判だ。 

 世界銀行やFAO(国連食糧農業機関)は「食料・飼料用作物を燃料に使うな」と警告し、日本のメディア(毎日新聞社説日本農業新聞論説など)も「米国はトウモロコシの4割をエタノールに使用している」、「これがトウモロコシ価格高騰の大きな要因」、「当面、食用・飼料用を優先すべき」とほぼ似たような論調だ。

全米トウモロコシ生産者協会反論 燃料用は40%ではなく28%

 トウモロコシのバイオエタノール利用への批判は、米国内でも高まっている。特に飼料高騰の影響を受ける家畜生産者団体は、エタノールをガソリンに混合することを義務付けた再生可能燃料基準(RFS)を中止するか、一時凍結するよう環境保護庁に要求した。

 これには石油業界や一部自動車産業も荷担するなど、賛同団体の構図は複雑だ。エタノール業界側も「RFSを中止しても、トウモロコシ価格の値下がりは期待できない」、「エタノール混合はガソリン価格安定の効果がある」、「われわれもトウモロコシ高騰の被害者。原料高で操業を停止した精油所も出ている」と防戦する。

 全米トウモロコシ生産者協会(NCGA)も、政府やメディアの流す誤情報に対し反論している。

 反論した情報は5つある。
1. トウモロコシの40%がエタノールに使われている。
2. 飼料用よりエタノール用に多くのトウモロコシが使われている。
3. 1ブッシュル(約25キロ)8ドルの超高値(シカゴ商品取引所、8月21日)が食品価格全体を押し上げた。
4. エタノール利用がなければ、その分飼料に回り、飼料、畜産品価格は安くなる。
5. トウモロコシ価格高騰が、世界の貧しい国の人を飢えさせている。

 いずれも「そうではない、間違った情報だ」という反論で、根拠は以下のとおり。

1. 農務省発表の統計データがおかしい。燃料用のうち、3分の1は副産物のしぼり粕として飼料に回る。これを考慮していない。
2. しぼり粕を飼料用に換算すると、燃料用は28%となり、飼料用の方が多い。
3. 1ブッシュル8ドルはシカゴ取引所の先物相場で、今季の売り渡し価格はすでに決まっている。食品価格があがるとすれば来年になってからのはず。
4. ガソリンへのエタノール混合義務付け制度ができたため、新規需要に応じて栽培面積が増えた。エタノール利用がなければ、そっくり飼料用に回るという仮定がおかしい。
5. 価格高騰が途上国を飢えさせているのではなく、むしろ逆。穀物価格高騰に刺激されて、ブラジル、インド、タイ、南アフリカなどでは自国での穀物生産が増えた。貧困者の多くは農村に住んでおり、彼らは利益を得たはずだ。

 3と4の根拠は正しいだろう。5は微妙な問題だ。途上国が比較的安い穀物飼料を輸入できたため、自国で主食作物や換金作物を生産でき利益を得たのは事実であるが、トータルとしての検証は難しい。途上国の生活レベルの上昇とともに、乳畜産品の需要が増えるため、飼料はさらに必要になる。しかし、この飼料を他国からの輸入に依存し続けることのもろさもある。この問題は別の機会に改めて考えたい。

DDGS 蒸留しぼり粕

 1と2は言われてみれば確かにそうだ。燃料用エタノールは多くがドライミル(Dry Mill)方式で生産され、副産物としてできるのがDDGS(Distillers Dried Grains with Solubles)と呼ばれる蒸留しぼり粕だ。デンプンは糖化されアルコールになるが、残りの脂肪、たんぱく質、繊維、ミネラル、ビタミンはDDGSに濃縮されるため栄養価は高い。価格もトウモロコシ穀粒飼料よりも約一割安いため、家畜業者の人気は高く、ダイズしぼり粕を飼料として売っていたダイズ生産者にとって競合相手となっている。

 農務省の統計(2009/10年度)では、米国内での使用のうち42%を燃料用としているが、その3分の1は飼料に回るので、42%の3分の2の28%が実際にエタノールに使用されているというのが、トウモロコシ生産者団体の主張だ。DDGS分を入れると、飼料用の割合は46+14=60%ということになる。

 飼料価格高騰はエタノールが原因と批判している畜産業界も安いDDGSを飼料として利用しているのだから、そのことも考えろというところだろう。一理ある反論だ。

因果関係は複雑

 今回の大干ばつによるトウモロコシ価格高騰の因果関係はなかなか複雑だ。政治も絡む。

 今年11月には大統領選挙とともに、国会議員、州知事選挙もある。上院(任期6年)は2年ごとに3分の1が改選、下院(任期2年)は2年ごとに毎回選挙で、米国は2年に一度、国政選挙年だ。RFSの中止・凍結を求める団体の声に押されて、7人の州知事、25人の上院議員、156人の下院議員が政府に請願書を出したが(8月末現在)、選挙を意識したパフォーマンスという声も聞かれる。

 食用、飼料用と競合する作物を燃料用に使うべきではないという意見は、不作や食料価格高騰時に限らず、以前からあった。

 経済的な理由や農業技術上の問題よりも、「食用作物を使うべきではない」という感情や倫理的側面が強いのかもしれない。そのため、食料、飼料価格が高騰すると、冷静な検証なしに、トウモロコシエタノールが批判のターゲットにされる。政治家も有権者向けにとびつきやすい。

 倫理や感情的理由はけっして悪いことではないが、マスメディアが「米国はトウモロコシの4割をエタノールに使用している」、「これがトウモロコシ価格高騰の最大の原因だ」と詳しい検証もせず主張するとしたら問題だ。他の出来事でも感情や世情に流されて、「すべて○○のせい」、「○○が諸悪の根源」と言いかねないからだ。メディア総掛かりで同じ論調のときは要注意だ。

 今回のケースでは、エタノールの副産物であるDDGS(蒸留しぼり粕)も考慮して評価すべきだろう。私もこのコラムの連載1回目(2012年2月29日)で、「米国のトウモロコシの使用内訳が、2011年度に初めて、エタノール用(44.8%)が飼料用(42.7%)を上回った」と書き、DDGSとして飼料用に回る分にはまったくふれなかった。注意したいと思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介