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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

新登場 乾燥耐性トウモロコシ、干ばつ耐性というより水節約型のエコ品種

白井 洋一

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 米国の中西部、コーンベルトと呼ばれる穀倉地帯を中心に、大干ばつによる農作物(トウモロコシ、ダイズ)への被害が深刻化している。干ばつ被害は6月下旬から始まり、7月5日に1988年以来24年ぶりの規模と報道された。

 その後も、高温(熱波)、乾燥は続き、被害は全米の30州、農地面積の約55%に及び、1956年以来56年ぶりの大災害となっている。7月末現在、多少の降雨はあったものの、事態は改善していない。トウモロコシの約9割、ダイズの約6割を米国から輸入している日本では、関連食品の値上がりなど今後影響がでてくるだろう。

 日本経済新聞(2012年7月26日)によると、トウモロコシ価格が上がると、米国では最初に肉類や乳製品の価格に影響し、加工食品価格への影響は10~12か月後にでてくるという。円レート(対米ドル)にもよるが、日本の物価へも長期にわたって影響する可能性がある。

今年の大干ばつの特徴

 昨年も南部のテキサス州を中心に8月に大干ばつとなり、農畜産業に大きな影響がでたが、今回は中西部を含め範囲が広い。とくにトウモロコシへの影響が大きかったのは、雄花が開花し、花粉(おしべ)が飛んで雌花と受粉する6月下旬から7月上中旬に、猛烈な熱波(高気圧)が居座りつづけたためだ。

 トウモロコシは受粉期の高温・乾燥に弱い。花粉は7~10日間、雄花から放出されるが、この期間、高温・乾燥が続くと、受粉がうまくいかず、結実率が落ちる。米国の農業紙の報道では、水不足で枯れてしまった株とともに、枯れずに生き残っているが、まったく実をつけていない不稔株も多い。このような株では、これから雨が降っても手遅れだ。

乾燥耐性トウモロコシ 2社から登場

 Nature News (2012年7月25日)も、米国は世界のトウモロコシ輸出量の53%、ダイズの43%を担っており、収穫減と価格高騰が輸入国に与える影響は大きく、最も影響をうけるのは中国とメキシコだろうと推測している。最後は、科学誌らしく「このような事態に科学はどんな手助けができるのか?」と以下のように書いている。

 作物育種家は、従来の(遺伝子組換えではない)技術と遺伝子組換え技術の両方を使って、環境ストレスに強いトウモロコシの品種改良を進めている。パイオニア・ハイブレッド社(デュポンの子会社)は昨年(2011年)、非組換えの乾燥耐性品種を商品化した。モンサント社は遺伝子組換えの乾燥耐性品種をまもなく商業化する予定だ。

 デュポン社の乾燥耐性品種(商品名、AQUAmax)は、マーカーアシスト育種技術を駆使して、乾燥に強いトウモロコシ品種の形質を導入した通常育種(非遺伝子組換え)品種だ。マーカーアシスト育種とは、導入したい形質の遺伝子の塩基配列を目印(マーカー)として、交配、選抜の作業を効率化した技術で、ゲノム(全遺伝子)情報の解読器機と高速度コンピューターの進歩によるところが大きい。交雑可能な品種間での遺伝子導入、品種改良に利用できる育種技術だ。

 AQUAmaxは、かん水を制限しても、今までの品種とくらべて収穫量が約7%多い。つまり少ない農業用水でも収量を確保できる節水型エコ品種だ。2011年に商品化し、2012年は約100万ヘクタール、2013年はさらに倍増を計画しているが、デュポン社は組換え技術による乾燥耐性品種の開発も進めている(AGRINEWS, 2012年5月10日)。

 一方、モンサント社のMON87460(商品名、Drough-Gard)は、枯草菌の一種、Bacillus subtilis由来の低温ショックタンパクB(Cold Shock Protein B)遺伝子を導入した遺伝子組換え品種で、乾燥ストレス条件下でも、植物細胞の構造を正常に保ち、収量の減少を抑制できるという。こちらもAQUAmaxと同様、農業用水を節約できるエコタイプで、水のない砂漠で育つわけではない。

 米国で2011年12月に商業栽培が認可されたが、今年は約4000ヘクタールの一般農場で、試験栽培がおこなわれている。日本でも、この品種の食品と飼料安全性は2011年に承認されており、安全性評価書は食品安全委員会報告(2011年1月13日開催)の資料1に載っている。

 遺伝子組換え作物、食品に辛口のコメントを出すことで有名な米国の科学者団体、「憂慮する科学者同盟(Union for Concerned Scientists)」は、モンサント社の乾燥耐性組換えトウモロコシにも、「きびしい乾燥条件で効果は見られない」、「農業用水節約なら、かん水のやり方やカバークロップで保水力を高めるなど、他に工夫できる」と批判している(ロイター通信,2012年6月5日)。

乾燥耐性品種の開発方向

 2012年7月23日のGMOワールドIIで、宗谷敏さんが米国の乾燥耐性トウモロコシ品種について以下のように書いている。

 規制緩和を急ぐ開発メーカー側にとって、今年中西部を襲った未曾有の干ばつ被害は天佑となるかもしれない。トウモロコシの反収低下は既に確定的であり、8月の受粉期を控えたダイズも楽観を許さず、シカゴ相場は連日高値のレコードを更新している。このまま行けば、畜産・乳製品を中心として2008年の食料価格高騰が再来しそうな勢いにある。米国農家にとっては「反収こそ命」だから、干ばつ抵抗性(GM)作物の早期導入に対する要望が圧倒的な規模で高まるのは必至だろう(今年のような酷い干ばつにあってもパフォーマンスが充分発揮されるのかは別として)。干ばつ抵抗性作物を開発パイプラインに持つMonsanto社、DuPont社、Syngenta社などの株価は、既に注目を集めている。

 宗谷さんは、「今年のような酷い干ばつにあってもパフォーマンスが充分発揮されるのかは別として」とかっこ付きでさりげなく書いているが、モンサント社の遺伝子組換え品種(MON87460)の今年の試験結果とその報道のされ方を心配しているのではないかと思う。

 今年のような大干ばつ、しかも実をつけるのに重要な受粉期の熱波直撃では、モンサント社の組換え品種(Drough-Gard)でもおそらく太刀打ちできないだろう。デュポン社のAQREmaxも同様だと思うが、「乾燥耐性品種、大干ばつに効果なし」と攻撃されるとしたら、おそらく、組換え品種の方だろう。

 「組換え品種なんて大したことない」、[肝腎な時に役にたたないじゃないか]と溜飲を下げるのは勝手だ。「一割程度、節水できてもそれほどメリットはないのではないか」とつぶやく日本の農業学者もいる。

 そうだろうか? 比較的、農業用水の豊富な日本でトウモロコシを作るわけではない。米国でも今年のような異常干ばつは毎年は起こらない。だが、米国大陸の地下に貯えられた水源は年々減少し、農業用水のくみ上げに要するコストは上昇している。通常の気象条件でも、農業用水(水代)を10~15%確実に節約できるなら、生産者はメリットを感じるだろう。

 バイテク種子メーカーは今年の大干ばつを教訓に、開花・受粉期の高温・乾燥ストレスに強い遺伝子の探索や品種開発を強化するだろう。遺伝子組換え技術を使わずに開発できるなら、その方法で、遺伝子組換え技術でなければ不可能ならば、組換え技術も使う。世界のトップバイテク種子メーカーの開発方針は、総じてこの方向だ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介